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4話「謁見」


 異世界召喚から五日が経過し、いよいよこのネロトリア王国の長たる国王陛下との謁見の日がやってきてしまった。


 ここまでの四日間の中で、アンネさんからある程度この世界の常識については教わったものの、ほとんど初めて家族以外の他人に女装を晒し、しかも相手はこれまで会ったことがないレベルの偉い人ときた。


 この世界に来たばかりということで、ある程度の粗相は見過ごしてもらえるはずだとはいえ──正直、緊張で吐きそうである。


「レオ様、顔色が優れないようですが……少し時間を遅らせますか?」

「いえ、緊張してるだけなので……」


 さらりと飛び出した恐ろしい言葉に内心震え上がりつつ、アンネさんの提案を柔らかく棄却した。


 この国における俺の地位が一体どのあたりにあるのかは分からないが、聖女だろうと平民だろうと、国王陛下を待たせて許されるはずがないことは確かなのだ。


 ここまで来たらいい加減、腹を括らなければ。


「ところで、今回俺は何をすればいいんでしたっけ」

「謁見といっても今回は陛下と直接言葉を交わすことはありませんので、レオ様のお役目は指示があった際に魔法を発動するというものになります。発動までの流れについては問題ありませんか?」

「えっと……まず神様から魔力をもらって、そこからは普通に何をするのか思い浮かべる形で魔法を発動、でしたよね」

「ええ。祈りは魔力供給の役割を担っておりますので、本来であれば一週間か一月に一度程度で構わないのですが、今回は対話の対象と魔法の内容で聖女の素質の有無を判断するため、そのような流れでの発動となります」


 魔力の供給が時間経過によるものでなく、ほとんどがポーションや精霊、或いは神との対話においてのみ行われるということには驚かされたものの、魔法発動の手法自体は元いた世界と何ら変わらないようで安心した。


 もっとも、情報源は専ら姉に読まされた創作物なのだが。


「何かあれば私が対処いたしますが、不安な点などはございますか?」


 聖女候補は謁見の場で初めてその素質の有無を確認するため、謁見までの期間、魔法の発動は禁止されている。魔法の存在しない異世界から招かれているのだから、少しは練習させてほしかったというのが本音だが、今ここでそれを言ったところでどうにもならないだろう。


 残る懸念事項といえば、このくらいだろうか。


「女装はよくさせられてたので慣れてるんですけど……この格好で外歩いて本当に大丈夫ですかね?」


 外とはいっても宮殿内なのだが、それでもここ数日、ほとんど部屋に篭りきりだった俺からすれば、宮殿内を女性の格好で──国王陛下への謁見ということで、露出の少ない最上礼装であるとはいえ──歩くこと自体が大冒険である。


 加えて今回は姉たちが施してくれる化粧やヘアメイクもない。魔法で多少は飾ってもらったものの、何かの拍子に男だということがバレるのではないかという不安は拭えなかった。


「どこからどう見ても素敵なレディです。何も問題はありませんよ」


 いつも通りの柔和な笑みと共に、嬉しくない太鼓判を押されてしまった。


 相手が女の子ならば文句なし花丸満点の回答なのだが、残念ながら俺は男である。うっかりトキめいてしまいそうになるから誰彼構わずその笑顔を振りまかないでほしい。


「……アンネさんって人誑しの素質ありますよね」

「はい?」


 自覚がないなら筋金入りだ。ため息を飲み込みつつ「何でもないです」と答えたそのとき、扉が軽くノックされ、聖騎士と思しき男性が顔を出す。どうやらいよいよのようだ。


「では、参りましょう」


 当たり前のように差し出された手をぎこちなく取って立ち上がると、ドレスの裾が足首の辺りを掠めて去っていく。この感覚にも早く慣れなければ。


 長い上に複雑な廊下を迷いなく進むアンネさんに手を引かれるままに足を進めていくと、いつの間にやら重厚な扉の前までやってきていた。


 どれも似たような扉ばかりで覚えられたものではないと思っていたが、さすがに謁見の間ともなると明らかに他とは雰囲気が異なっている。最後の最後、深呼吸を一つすると、俺の左後ろに控えるアンネさんに声をかけられた。


「よろしいですか?」


 その言葉に頷くと、重々しい扉が使用人と思しき人たちの手で開けられていく。


 開かれた扉の向こうには、部屋の奥の方に国王陛下と思しき人物が玉座に腰掛けており、その脇には高そうな服を着た人たちが横一列に並んでいた。


 いかにも謁見という空気に緊張しつつ足を進め、国王陛下から数メートルほど手前で立ち止まると、そこから先の挨拶や俺の紹介についてはアンネさんが簡単に済ませてくれる。


 数分ほどかけて一通りの挨拶が終わったところで、陛下は徐に立ち上がり、こちらへ数歩歩み寄った。陛下の隣にいる男性──役職はよく分からないが、歳からして王子ではないだろう──を伴っていることもあり、王の威厳が横殴りの雨の如く頰を打つ。


 声を出せない俺の通訳代わりなのか、アンネさんが謁見中は始終そばにいてくれるらしいことが不幸中の幸いだった。俺一人だったとしたら早々に尻尾を巻いて逃げ出しているところである。


 内心震え上がる俺に対し、陛下はあくまで落ち着いた様子で立ち止まり、口を開いた。


「──突然お呼び立てしてしまって申し訳ない。異なる世界における生活を余儀なくされたことで、一時的に声を失われたと聞き及んだ。こちらにも事情があったとはいえ、本来であれば関わりのない貴方を巻き込んでしまったこと、深くお詫び申し上げる」


 淡々と述べられる謝罪の言葉の中に、さりげなくアンネさんがついたと思しき大嘘の姿が見えた気がする。


 慣れない異世界暮らしで喉を痛めたとでも言ってくれればそれでよかったというのに、どうやらアンネさんは随分と大胆な嘘をついた様だ。念には念を入れてくれたのかもしれないが、出来ることなら事前に知らせておいてほしかったところではある。


「貴方にそのような重責を背負わせることになり、大変心苦しくはあるが、今のこの国に聖女の存在が必要なことは疑いようのない事実。どうか我々に、力を貸していただけないだろうか」


 この頼みを拒否したところで、元の世界に帰れるというわけではない上に、その選択によって迷惑を被るのは俺よりもアンネさんの方だろう。


 どういうわけか突然呼び出されたこの世界にさほど執着はないにしても、ここまでお世話になったこの人の迷惑になることはしたくなかった。


 実質的に、俺に選択する権利などないだろうと思いつつ頷くと、陛下はどこか安堵した様な表情を浮かべてみせる。


「ご協力、誠に感謝する。この世界での貴方の生活がより良いものになるよう、最善を尽くすことを約束しよう」

「それでは、レオ・ウサミ様。お力をお示しいただきますよう、お願いいたします」


 ここまでの問答はいわば俺が正式に聖女候補となるための通過儀礼。俺にとっての本番はここからだ。


 成功すれば聖女として性別詐称生活がスタート、失敗すれば国王公認のニート生活がスタート。どちらにせよろくなものではないが、選ばなければならないというなら後者の方がマシである。


 頼むから答えてくれるなという見当違いな祈りを神へと捧げるために、左手で右手を包むような形で手を組み、目を瞑ってみた。中身が伴うかどうかはともかく、これなら一応は聖女らしく見えるはずである。


 神様仏様精霊様というよく分からない呪文を心の内で唱えつつ、応答らしいものを待ってみる。


 しばらくそうして呪文を繰り返していると、不意に体の芯が一瞬だけ陽だまりのような暖かさに包まれるのが分かった。これが神からの応答なのか、精霊からの応答なのかは分からないが、とにかく魔力の供給には成功したようだ。


 となると次はいよいよ魔法発動。聖属性魔法というからには回復魔法でも発動するべきなのかもしれないが、少なくとも謁見の間には回復が必要そうな人は見当たらなかった。


 対象がどこにいるのかは分からないものの、とにかく回復魔法を広域に発動してしまえば誰かしらの怪我は治るはずだと判断し、自分を中心に波紋が広がるイメージを頭の中に思い描く。与えられた魔力を波紋として広げ、その中にいる人たちの怪我が癒える様子を想像すると、頭の中に広がる景色に呼応するように、自分の中から何かが抜けて広がっていくのが分かった。


 もしや成功したのではないかと目を開けた次の瞬間、全身から力が抜け、視界が明らかな重力を伴って沈み込み、体はなすすべなく床に叩きつけられる。


 状況を掴めないまま力の入らない腕を持ち上げて、気付く。


 体が異様に重いだけではない。喉も焼けついたように熱を伴い、どれだけ息を吸ってもまともに呼吸ができないのだ。


 急速に熱を失っていく体と、止まらない冷や汗。いつだったか一度だけ、夏に熱中症で死にかけたときの感覚に似ている気がする。


 これは、もしかしなくてもまずいのではないか。


 そう自覚するなり暗くなる視界、冷たい床、珍しく取り乱した様子のアンネさんの声。それらを綯交ぜにしたような不協和音が遠ざかる頃にはもう、俺の意識は音が届かないほどに深い場所へ沈み込んでいた。


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