37話「まごころ爆弾」
「では先生、ご指導のほどよろしくお願いいたします」
「…………先生はやめろ」
今のこの状況では講師とも呼べる立場にあるイツキさんに軽く頭を下げれば、彼は心底面倒そうな顔をしながらそう呟いた。
聖女集会も三日目に突入し、私や礼央様にとって初めてとなる聖女集会も、残すところあと二日となった。礼央様たちは相変わらず料理教室に勤しんでおり、今日も今日とて昨日同様、円卓の間にて形ばかりの集会が行われている。
本来であれば私も厨房に赴き、礼央様が巻き起こすであろう何かしらの問題の対処に当たるべきではあるが、あまり過保護にしてしまっては却って窮屈な思いをさせてしまうのではないかと考え、昨日に引き続いて円卓の間に残ることにしたのだ。
幸いにして主不在のこの状況下でも、私がするべきことは既に決まっている。礼央様に贈る料理の作り方を教わり、精度の高いものを生み出せるよう鍛錬すること。礼央様が料理教室を終えて戻ってくるまでの間に、出来る限りの技術を頭に叩き込まなければ。
「それから念のため言っとくが、袖の下がどうこうってのはババアの冗談だからな」
「ええ、それは私も理解しております。ですが礼央様の故郷がシノノメに似た文化であったことは事実のようですし、うまくいけば礼央様の故郷の味を再現できるのではないかと思いまして。もちろん、この件に関しましてもまた改めてお礼をさせていただきますので」
「いらねぇよ。暇潰しで付き合ってやるだけだ。んなことより、いくら文化が近いっつったって、まったく見当違いのもん作っても仕方ねぇだろ。あの嬢が食いてぇ料理の目星くらいはついてんのか?」
「具体的な料理の名前かどうかは分からないのですが、『コメ』なるものが食べたいとおっしゃっていたことはありました」
礼央様から向こうの世界の話を聞くことはたびたびあったものの、彼が故郷を懐かしむ姿を目にすることは少なかったように思う。故郷への執着が薄いのかとも思ったが、彼の性格から考えるに、私たちに気を遣わせまいとしていたのかもしれない。
「コメって、確かシノノメの穀物でしたよね」
「米だけで作れるものってなると相当少ねぇが、握り飯くらいは作れるか。おい塔、炊いた状態の米、桶に入れて寄越してくれ。あとしゃもじと水と塩」
壁際に歩み寄り、料理をするにしてはあまりにも少なすぎるようにも思えるそれらの道具と材料を注文すると、イツキさんは先ほど桶と呼んでいた木製の容器を脇に抱えて戻ってきた。桶の中には何やら白い粒状の物体が大量にひしめき合っており、乱雑に放り込まれた木製の器具が不満げな顔でこちらを見つめている。
「何度か試しに作ってみろ。今回は炊いた状態のやつを用意したが、あの嬢に持っていくときには炊くところからやれよ。炊き方も後で教える」
「何から何までありがとうございます」
「料理の材料はこれだけなんですか?」
「本当なら中に具材を入れたり、海苔ってのを巻いたりするんだよ。ひとまず練習だから軽く塩振る程度にしとけ」
言うなりイツキさんはまず桶の中に敷き詰められたコメと思しき物体に塩をふりかけ、木製の器具でかき回し始めた。平たいスプーンのような形状をしたそれは、もしや先ほど彼が口にしていた「しゃもじ」なるものなのだろうか。
「しゃもじで手のひらに乗るくらいの米を取って、そいつを両手で包みながら丸める。途中で手に水つけながらやると握りやすい。米が足りなくなったら途中で足せ」
彼の手本を真似しつつ、しゃもじで米を手に取り、両手で挟むようにして形を整えていく。見たところ携帯食料のようであるし、塩を混ぜるのは保存の意味合いもあるのかもしれない。
イツキさんの手で握られている握り飯を参考にしつつ握っていると、いつの間にやら握り飯が小さくなっていたため、コメを追加した。
「シノノメの文化は独特だと聞いておりましたが、料理も同様なのですね。この粘り気のある穀物が主食とは……」
「おれらからすれば、あれこれ道具使って解体するみたいに飯食うお前らの国の文化の方がよく分かんねぇけどな」
大量の道具とは恐らくカトラリーのことだろう。解体とはまた独特な表現だが、シノノメからすれば食事の際にあれだけの種類の食器を使い分けることの方が不可解なのかもしれない。
コメが足りなくなったため、再び追加した。
「用途に応じて使い分けておりますので、解体というのもあながち間違いではないのかもしれませんね」
「ネロトリアはナイフとかフォークの使い方が難しいですよね。最近少し勉強し始めたんですけど、全然上手くいかなくて」
「さすがにネロトリア出身でない方に完璧な使い方を求めることはしませんので、学ぼうとしてくださったというだけでも十分ですよ」
ネロトリアと同じようにナイフとフォークを使うユーデルヤード出身のニーナさんからしても難しいというのなら、シノノメに近い食事に慣れているであろう礼央様がネロトリアでの食事に苦戦するのも納得できる。
コメを追加した。
「シノノメでは二本の棒のみを使って食事を摂ると聞いたことがあるのですが、本当にそのようなことが可能なのでしょうか」
「箸のことだろ。持ち方を覚えちまえば便利に使えるぞ。米粒掴んだり、料理を一口大に切ったり、柔らかいものも持ち上げたりもできる」
イツキさんは当然のようにそう言ったものの、二本の棒をどう使えばそのような芸当が可能なのか、私には見当もつかない。しかしイツキさんやシオン様、そして礼央様にとっては、ハシとやらを使う食事法の方が慣れたやり方なのだろう。
イツキさんのやり方を真似つつ、コメを三角にまとめていく。いざやってみるとすぐに形が歪んでしまい、イツキさんの握り飯のように綺麗な三角形にはなりそうもない。簡単なように見えて案外難しいものなのだろうかと思いつつ、追加のコメに手を伸ばしたところで、イツキさんが手を止めた。
「もうそろそろいいぞ。おれのやつと取り換えるから、ついでにどんなもんか見てみろ」
まだ納得がいく形にはなっていないが、このまま続けていても状況は変わらないだろうと判断し、イツキさんに握り飯を手渡した。どうやら私が一つの握り飯作りに苦戦している間にも、彼は手際よく三つの握り飯を作っていたようで、シオン様とニーナさんにも完成した握り飯を分けている。
イツキさんの食べ方を見ている限り、どうやら握り飯はハシを使う必要がない料理であるらしく、パンに近い食べ方をするらしかった。
彼に倣って握り飯を一口頬張ると、パンとは違う素朴な味わいが口の中に広がる。料理にしてはやや薄味なのではないかとも思っていたが、食べてみると香る程度の塩味が程よくコメの味を引き立てており、シノノメ料理らしい優しい味わいとなっていた。
「どうじゃ、イツキの握り飯は」
「とっても美味しいです。穀物そのものの食感が生きているのがパンとはまた違っていて面白いですね」
孫の料理を褒められたシオン様はどこか嬉しそうに握り飯を口に運ぶが、その隣のイツキさんは何やら渋い顔で手元の握り飯を見つめている。
彼の手に握られているのは、先ほど私が手渡した握り飯だ。少し形は歪んでしまったものの、まったく同じ材料で作っている以上、ベル様やベラ様が作る料理ほど酷い味にはなっていないはずだと信じたい。
「改善すべき点などありましたらおっしゃってくださいね」
「少し固いって以外には特にねぇし……直せってわけじゃねぇんだけどよ」
どこか言いにくそうにそう前置いたイツキさんは、私が作った握り飯を見つめながら、怪訝そうな面持ちでこう口にした。
「……お前の握り飯、どんだけ食っても減らねぇぞ」




