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29話「得手不得手と好き嫌い」


 長らく聖女不在の状況が続いていたとはいえ、長いこと聖騎士団に所属してきただけあり、ある程度の武術の心得はあるつもりだった。魔法が使えない時点で、実力を示す手段は武術しかない。完全実力主義の聖騎士団において、私が生き残るすべはこれしかなかったのだから、当然といえば当然だ。


 だからこそ、たとえ魔物と遭遇しようとも、通常の大きさの魔物ならば片手で戦うことも不可能ではないだろうと高を括っていたのである。


 だが、実際に現れたのは建物と見紛うほどの大きさの魔物。いくら武術に自信があろうとも、あれだけの大きさともなれば攻撃がまともに通るかどうかさえも分からない。ここはひとまずベル様を安全な場所へ連れて行くべきだろうと判断し、周囲に視線を走らせた次の瞬間、地面に落ちる影。


 もはやその影の正体を確かめることもしないままに逃れようと駆け出すが到底間に合わず、蔓が地面に振り下ろされた瞬間、体が宙を舞い、視界が目まぐるしく回転した。


 しかし地面に叩きつけられるかと思われた体は何やら植物で出来た網のようなものに受け止められ、そのままゆっくりと地面に下ろされる。木属性の魔法だ。となるとベル様が発動させたのだろうか。


「だらしがないのう」


 呆れたような声に顔を上げれば、そこには涼しい顔で魔物を見つめるシオン様と、魔物と私たちを隔てる結界がある。強度からして、結界を張ったのはシオン様だろう。


「申し訳ございません。油断しました」

「怪我人はすっこんでろ。邪魔になる」


 乱暴なようでいてどこか気遣いを感じるイツキさんの言葉で、ここにいる全員に私が隠していた怪我の存在が知れ渡っていたことを思い知る。どうやら誤魔化せていると思っていたのは私だけだったようだ。


「お気遣いありがとうございます。ですがそちらは先ほどベル様に治していただきましたので、挽回の機会をいただけませんか?」

「生身の人間が敵う相手じゃないッスよ」

「仮にも代表者としては情けない姿ばかりをお見せできません。それに、あの魔物の腹に主がいる可能性があるとなった以上、引くわけにもいかないのです」

「レオがいるならアレクサンドラも中にいるはず。それからニーナも」


 ニーナさんの名前が出たことで私の目は無意識にベラ様へと向けられたが、その背中から彼女の感情を読み取ることはできなかった。


 しかし少なくとも、私と同じく主が魔物の腹の中にいるであろうルイスさんは事態を重く捉えてはいないようで、結界の外で暴れる魔物を見つめながら退屈そうに頭を掻く。


「ウチのお嬢はあの程度の魔物にやられるようなタマじゃないッスよ。そのうち腹でも破って出てくるんじゃないッスか?」

「その点について疑っているわけではありませんが、礼央様をお守りするのが私の役目ですので」

「騎士サマも大変ッスねぇ。他人のために命懸けなきゃいけないなんて」

「私の命だけで足りるのなら喜んで差し出したいところですが、残念ながらその手は既に封じられているのです」


 苦笑いを浮かべつつそう返せば、ルイスさんは怪訝そうな顔で私を見つめた。


 あの魔物の腹の中にいるであろう私の主は、今のこの状況下でもかつて下したこの命を覆そうとはしないのだろう。聖女らしいというべきか、底抜けにお人好しというべきか、判断に苦しむところだ。


「命に代えない程度に守ってほしい。それが礼央様からの命令です。主からの命とあれば、守らないわけにもいきません」


 命に代えない程度にとは言われたものの、彼は私以外の誰かの命が犠牲にされることもよしとはしないだろう。つまりは誰も犠牲にすることなく、この場にいない全員を助け出さなければならないということだ。


 できるできないに関係なくやるのだと、珍しく強い口調で放たれたその言葉が、彼の優しさで構成されたものだと知っている。だからこそ出来るだけのことをやりたかった。


「とはいえ、責任感のみで為せることというのも限られてくるじゃろう。お前さん、魔法が使えるようには見えなんだが」

「ええ。かといって物理攻撃が通用する相手ではなさそうですし、外からの攻撃が通らないようであれば、或いは中から……」

「死ぬぞ。外よりは多少攻撃が通りやすいってくらいで、倒せるかどうかは別問題だろ」


 最もな意見だ。しかし彼らにばかり任せているというのも忍びない。こうなれば私が囮となって魔物を引き付けるという案を提示するほかないだろうかと考えていると、不意にシオン様が声を上げた。


「ふむ、中にいるのはコルトリカ聖女と新米研究者、それから新人聖女の三人じゃ。シノノメとしては、少なくとも身を危険に晒してまで助ける義理はないが……」


 言いつつシオン様は私の顔を一瞥し、それから意味深長な笑みを浮かべてみせる。


「まぁ、お前さんの顔に免じて、支援くらいはしてやっても構わぬよ」

「──お心遣い、痛み入ります。ベル様とベラ様にも、できればご助力を賜りたいのですが……」

「勝負の相手が魔物に食べられて終わりなんて納得できない」

「勝負を魔物に邪魔されたままで終わるなんて納得できない」


 やや遠回しではあるものの、どうやら助力を得られるということでよさそうだ。


 礼央様でもない限り、基本的に聖属性魔法を攻撃に転じることはできない。そのため攻撃に用いることができるのはベル様とベラ様の木属性魔法、シオン様の土属性魔法くらいのものだが、元より攻撃に特化しているわけではないこれらの属性の魔法では決め手に欠ける。物理攻撃遮断魔法で無理やり打撃を与えるというのも手ではあるものの、発動したところでやはり礼央様の魔法ほどの威力はないだろう。


 普段こそあの聖属性魔法らしからぬ攻撃力に悩まされてはいるものの、いざこうして攻撃手段が必要となる場面に出会すと、どうしてもあの方の魔法を頼りたくなってしまうから困ったものだ。


「土属性魔法というと、具体的にどのようなことが可能なのでしょうか」

「空中から岩を降らせることくらいならば可能じゃな。発動したが最後、塔もろとも崩壊するが」

「……他の方法を探しましょう」


 攻撃力に関しては申し分ないが、それでは当初の目的ごと塵になってしまう。もしそれを選ばざるを得なくなったときには、私が魔物の腹に飛び込むことにしよう。


「直接的な攻撃ができるわけではないが、石壁を出現させることはできるぞ。高さにしてちょうどあの魔物の背ほどはある」

「防御壁……いえ、跳躍時の足場としての利用が可能ですね」


 空中での方向転換が可能となれば、少し攻撃の幅が広がった。工夫次第ではうまく立ち回ることもできそうである。


「木属性はいかがでしょう」

「植物の蔓を伸ばして魔物の動きをしばらく封じることくらいはできる」

「弾き飛ばされても受け止められるから、安心して弾き飛ばされていい」

「……そうならないよう努力いたしますね」


 戦闘の際の手助けとなる魔法は揃っているが、これでは本当に本当に攻撃の手段がないということになる。植物となれば火属性の魔法が効きそうではあるものの、火属性魔法の使い手がいないこの状況では手の打ちようがない。


 イツキさんとルイスさんは種族的な性質から器を持っていないはずであるし、彼らには魔法を用いない戦闘で協力してもらう他ないだろう。


「木属性と土属性ってなると決め手に欠けるッスねぇ。オレはそもそも器がない時点でどうしようもないッスから、今回は大人しくしてるッスよ」

「魔物の注意を引き付ける囮の役が空いておるが」

「勘弁してくださいよシオリさん。ベラさんたちが動き封じてくれるって話じゃないッスか。それに囮役っていうならイツカくんでもいいんスから」

「魔物の腹にシノノメの者はおらぬゆえ、イツキが体を張る理由はないぞ。そうでなくともイツキには別の役割がある。そうじゃろう?」


 シオン様の言葉でイツキさんを振り返ると、そこには何やらとてつもなく嫌そうな顔のイツキさんがいた。


「イツキさん、もしや魔法が使えるのですか?」

「……使えなくはねぇけど」

「でしたらぜひ、お力添えを」

「……いや、精霊から魔力受け取れねぇし」

「器があるならポーションが使えるじゃないッスか」

「……そんなに上手く扱えるわけでもねぇから」

「吾が直々に鍛えただけあって、そこらの魔物よりは使えるはずじゃ」


 ポーションから魔力を得られるとなれば、不足している火属性の魔法を発動することも可能かもしれない。主を救う手立てが見つかるかもしれないという状況を前に、つい前のめりになって頼み込むが、対するイツキさんの反応はこれまでの彼からは考えられないほどに消極的である。


「塔からの調達にはなりますが、こちらで何かご用意できるものがあれば持ってまいります。遠慮なくお申し付けください」


 何か魔法を使いたくない事情があるのかもしれないが、しかし彼の力なくして魔物の撃退は叶わないだろう。どうにか説得を試みようと物資の調達を申し出れば、返ってきたのは彼にしては珍しいほどに小さな声。


「……子」

「何でしょう」

「……団子」

「団子?」


 聞いたことのない名前である。この状況で必要になるものというと、武器か何かなのだろうか。


「シノノメの菓子じゃ。丸くて柔らかい食べ物が三つ四つ串に刺さっておる」

「はぁ……食べ物でしたらすぐに用意してまいりますが、何故そのようなものを?」


 単純に疑問に思って尋ねてみるが、不機嫌そうな横顔が返ってくるばかりで返答はない。


 今回使う魔法は火。精霊から受け取れない場合にはポーションを使うことになるが、ポーションは精霊の力なしに魔力を受け取ることができるという利便性の割に、そこまで多く用いられているというわけではない。


 何故ならポーションは属性の特徴を反映した味になっており、木属性は草同様苦味が強く、土属性に至ってはほとんど泥の味がする。ちなみに火属性は口から火を噴きそうなほどに辛味が強いが、辛いものが好きな私の友人などは飲物として楽しんでいた。


 先ほどからやけにポーションを飲みたがらないイツキさんの様子と、さらに要求された「団子」という菓子。ここから導き出される答えは一つしかない。


「イツキさん、もしや辛いものが苦手……」

「うるっせぇ! 悪いかよ!」

「意外と可愛いところあるじゃないッスか~。甘いものがないとポーション飲めないんスね~」

「器もねぇやつは黙っとけ!」


 どうやら頑なに理由を打ち明けたがらなかったのはこのためだったらしい。さほど気にすることではないようにも思うが、ルイスさんの前では明らかにされたくない秘密だったのだろう。


「これ、あまりいじめてやるでない。イツキは単に辛いものが不得意なのではなく、甘いものに目がないだけなのじゃ」

「いちいち全部暴露すんなババア!」

「でしたら魔物討伐と宝探しが無事終わった暁には、ネロトリアの甘味をご用意いたしますね」

「物で釣ろうとしてんじゃねぇ!」


 良かれと思って提案したが、どうやら気に障ってしまったようだ。シノノメの食べ物の味は独特であると聞くし、ネロトリアの食べ物は彼の口に合わないかもしれない。ここは余計なことをせず、彼の要望に応えることに集中するべきだろう。


「差し出がましいことを申しました。では団子とポーションを用意してまいります」


 そう言い残して背を向けると、背後から控えめに声をかけられた。声こそ普段より大きくはないが、確かにその声はイツキさんのものである。


 しかし当の本人は相変わらず背を向けたままであるし、聞き間違いだったのかと思ったそのとき、小さな一言がこぼれ落ちる。


「……いらねぇとは言ってねぇぞ」


 向けられた背中から確かに聞こえたその一言は、素直になれない彼なりの精一杯。天邪鬼なその物言いに思わず笑みがこぼれるのを感じながら、彼と同じように小声で答える。


「では、落ち着けるときにご用意いたしますね」


 下の階へと降りる前に、一度だけ結界の中で暴れる魔物へ目をやると、魔物は結界に蔓を打ち付け、地を揺らしながら怒り狂っている。


 もし礼央様たちがあの中にいるとすれば、外の状況も分からないままに振り回されているのだろう。追手は来ないにしても、安定した足場がないことを考えればグラストニアよりも過酷かもしれない。


 足の怪我を抱えた状態では守るどころか足手まといになるかと思い、礼央様の意見を押し切ってまで同行することはしなかったが、先の誘拐事件同様、それが仇となってしまった。


 後悔は尽きないが、過ぎたことは何をしても覆せない。それならば今はできることをやるべきだと自分を納得させ、痛みの消えた足で階段を駆け下りていった。


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