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番外編24「約束の朝」

エイプリルフールです!今年も入念に準備してきましたよ!

嘘です!前日になって思い出した挙句に書き終わらず20時に間に合いませんでした!


200エピソード目です!いつも読んでくださりありがとうございます!

本当です!ド重番外編が200エピソード目じゃ何だし、めでたくてきりのいい話を挟もうとしたら間に合わずエイプリルフールが割り込んできました!


何一つ予定通りといきませんが、これが長編を書くということだと思うことにします。読んでくださる方々のおかげで、200エピソードまで辿り着きました。引き続き楽しんでいただければ幸いです!


 小さい頃、僕には特別な友達が二人いた。


 といっても、他に普通の友達がいたわけではない。ユーデルヤードは人間が少ない国だ。ここでは、小さな子どもがそこらの草木や動物たちを友達にするという話は珍しくもない。本当に。


 そう考えると、きっと僕はすごく幸運だったのだ。言葉を交わすことができて、森のことをたくさん知っていて、僕の話を真剣に聞いてくれる友達なんて、他にいないだろう。


 楽しい日々の記憶が、苦い別れを経て思い出として切り離されてからも、時折彼ら──双子のエルフ、エルナンと過ごした日々を思い出す。


 たとえ彼らの存在が、僕たち人間にとってごくありふれた存在だったとしても、僕はこの先何度だって、あの美しい思い出を振り返るのだろう。


 だから──諦めるわけにはいかなかった。


「……やっぱり、ここしかないか」


 覚悟を孕んだ呟きを、夜の森が飲み込んでいく。

 職場である研究室、食材を揃えるべく歩き回った帰り道、ほとんど寝に帰るだけの自宅。眼鏡をかけて、目を皿のようにしながらあちこち探し回っても、落とし物は見つからなかった。


 そうなると、必然的に日々足を運んでいるこの場所以外にないということになる。


──「夜の森は危ない。エルの言うこと、ちゃんと聞け」「夜の森は危ない。エラの言うこと、ちゃんと聞け」──


 脳裏に蘇る、友達の言葉をそっと封じ込め、侵入者を飲み込まんとする森に足を踏み入れた。


 友達の忠告を聞き入れられない理由、それは失くし物がその友達に関わるものだからだ。


 幼い頃、共に森を駆けた二人とは、もう長いこと会っていない。あるとき、僕が彼らとの約束を破ってしまったことをきっかけに、僕たちの関係は決定的に壊れてしまったのだ。


 大人になった今でも暇を見つけては、二人が住む森を訪れる。エルフの約束は絶対、それを破った以上、もはや関係の修復は見込めないだろう。


 それでも足掻けるだけ足掻いてみようと思い、森に通い詰めては二人に会えずを繰り返した結果がこれである。事態を解決するどころか、二人にもらった宝物まで落としてしまった。このことを知られたら、いよいよ失望されてしまうに違いない。


 つい募る焦りを押し留め、細く息を吐いた。水を打ったように静まり返る森の中で、僕の呟きだけが聞こえている。


「落ち着け……闇雲に探してもダメだ。目星をつけないと。でもどこに? この森は形を変えられる。動物が持ち去った可能性だって──」


 いくつもの可能性が浮かぶ頭から、血の気が引いていく。考えるまでもなく状況は最悪、発見は絶望的だろう。


 せめて日が昇ってから探すべきだと、頭では分かっている。森に詳しい友達の忠告を無駄にすべきではないとも。


 だが、僅かな可能性を捨てきれないまま、結局は当てもなく夜の森を歩いてしまうのだ。


 どれくらいそうしていただろう。森の奥深くまで入ったかもしれないし、実際には入り口のすぐ近くに留まっているのかもしれない。


 森の暗さと静けさに少しずつ慣れてきた頃、遠くの方に、ある一点が淡く光っている場所が見えた。


 木々の隙間にちょうど円形の隙間が空いて、そこから月光が注いでいるのだろう。探し物で疲弊した心が束の間癒されていくのを感じながら、脇を通り過ぎようとしたそのとき、覚えず「あっ」と大きな声が出る。


 丸く切り取られた月光の淵に落ちている、紐に繋がった小さな腕輪。到底見つかるはずもないと諦めかけていた探し物が、月の光に照らされて控えめに存在を主張していた。


「あった! よかった、ここに……」


 首にかけていた紐が切れて落ちたらしいそれを拾い上げ、ほっと息を吐いた──のも束の間、割り込む物音。


 ばきり、という耳障りな音が、一度だけ聞こえた。それきり森はそれまで通りの静寂を取り戻したが、僕の胸に収まった心臓は、周囲に鼓動を轟かせんばかりに動き回っている。


──「夜の森は危ない」「静かな森も危ない」「会ってはいけないものがいる」「見てはいけないものがいる」──


 鼓動に混じってよぎる、友達の忠告。ああ、やはり友達の忠告は聞いておくべきだった。


 お守りのように、友達のくれた腕輪──二人が魔法で作ってくれた、大切な宝物──を胸の前で握り締める。


 月明かりの陰から、じっと僕を見つめているのは──僕よりも一回り大きい、毛むくじゃらの獣だった。


 相手を刺激しないように、眼鏡を押し上げる。この暗さだ。眼鏡を落としてしまえば何も見えない。


 オオアライグマ、だろうか。木の実や小動物を縄張り付近に置き、獲物を誘き寄せるという。動きが遅く、体も大きい人間は格好の餌食だ。そう簡単に逃しはしないだろう。


 独り言さえ許されない状況下、頭は忙しなく回り続け、玉のような汗が顎を伝って地面に落ちた。


 落ち着いて友達の助言を思い出してみても、危ない場所には近寄るな以外のことを言われた記憶がなかった。必要ない助言だったのだろう。彼らがそばにいる限り、森は僕にとって世界一安全な場所だったのだから。


 オオアライグマと思しき獣が、音もなくにじり寄る。周囲を包む異様な静寂が、足元の枝が折れる音を目ざとく拾い上げているからいいものの、それがなければ食い付かれるまで存在に気付かなかっただろう。


 もはや、考えているだけの猶予はなかった。


 オオアライグマが躍り出るのと同時に、腕輪をしっかりと握り締めながら全速力で走る。


 速度では敵わない。それならば木々の隙間に分け入って、障害物の多さで撒くだけだ。


 だが、小柄とはいえ小動物ほどの体躯というわけもなく、通れる道は驚くほど少ない。


 夜の森で細い道を探しながら駆け抜け、後ろにはオオアライグマ。一体なぜこのようなことにと、今さらな自問が頭に浮かぶが、答えが出るより先に眼鏡を枝に攫われ、いよいよ何かを考えている余裕はなくなってしまった。


 とにかく走る、走る。少しでも距離を取ろうと、獣道を潜り、潜り、転がり。オオアライグマの息遣いが耳にこびりついているのを感じながら、とにかく必死に森を駆けていると──不意に、地面が消えた。


「う、あ」


 体が浮き上がる感覚。本当に驚いたとき、思いのほか大きな声は出ないものらしい。自分の体が崖に飛び出していると悟った瞬間、強く目を閉じると、次の瞬間には崖下から夜空を見上げていた。


 さして痛みを感じないのは、実感が追いついていないからか、それとも致命傷を負ったせいか。恐る恐る確認してみるが、どうやらさほど大きな怪我はないようだった。


 低木ほどの高さの崖から落ちたらしいが、幸いオオアライグマは獲物の消失によって僕への関心を失ったらしい。


 二重の安堵から、つい目を閉じて崖にもたれかかる。ここからどう森の外へ戻るかという問題はあるが、今はとにかく生き永らえた事実を喜びたかった。


 彼らがどれだけ僕にとっての脅威を遠ざけてくれていたのか、知るには十分すぎる一晩である。


 平穏な静寂と甘い安堵を噛み締めていると、どこからか足音ではない声が聞こえてきた。


「生きてるか」

「生きてるな」


 息が、止まりそうになる。

 つい気絶したふりをしてしまったが、聞こえてきた声は間違いようもなく二人の友達の声。


 言葉から手がかりを得られればと思ったのだが、二人は双子ならではのやり方で意思疎通を図っているのか、無言でどちらともなく魔法で僕の体を持ち上げ、どこかへ運ぼうとしているようだった。


 どうやら僕は、蔓でできた大きな籠のようなもので運ばれているらしい。


 二人が僕を運べるはずはないから、そうなると籠の底に蛸のような足を這わせて移動しているのだろうか。その見解が正しいかどうかも含めてかなり興味を惹かれたが、今それを考えている暇はなかった。


「ウサギ」

「リスだ」

「……あの」


 必要最低限からさらに少ない言葉のみで構成されたやり取りに割って入ると、二人の動きがぴたりと止まる。さすが双子、立ち止まるときも息ぴったりだ。


 だが、このままでは二人とも息を揃えて僕の目の前から姿を消してしまうだろう。二人が僕を助けた理由も、二人が僕の前から立ち去るのも同じ理由だ。僕が、二人の友達だったニーノだから。


「どなたか分かりませんが、助けてくださったんですよね。眼鏡を落としてしまって、よく見えなくて。知り合いの方でしたらすみません」


 一か八か、二人に気付いてないふりをしてそう続けてみると、ややあって二人は顔を見合わせ、何事もなかったかのように再び歩き始めた。


 約束を破った相手とは、言葉を交わすことすら許さないはず。こちらが気付いていないという状況をどう捉えるかが懸念事項だったが、ひとまずよしとしてくれたようだ。


「もしかして、出口まで運んでくれるんですか? ありがとうございます」


 あくまで二人が自分の友達であることも、エルフであることにも気付いていないという体で、勝手に世間話のようなものを続ける。


「僕、聖都から来たんです。ここにはよく来るんですけど、今日は探し物に。エルフの友達からもらった腕輪を落としちゃって。見つかってよかった」


 言いつつ、手の中に収まった腕輪に目を落とす。色合いの異なる木を組み合わせた腕輪は、僕を運んでくれている彼らが友達の証として贈ってくれたもの。


 成長して大きさが合わなくなってからは、ずっと首飾りとして使っていたのだ。


「その友達とは、もう随分前に喧嘩別れみたいになっちゃったんですけどね。僕が約束を破ったから……たぶんもう、許してはもらえないと思うんですけど、話がしたくてここに来てたんです」


 頼まれてもいない思い出話のついでに、少しずつ話題を本題へ移す。


 エルフは約束を破った相手を絶対に許さない。顔を合わせることも、言葉を交わすことも許さず、徹底的に拒絶する。


 万が一、エルフ本人が相手のことを許していても、精霊やエルフを取り巻く約束や契約の強さを思えば、軽々しく許すこともできないのだった。


 だから、あくまでたまたまエルフに助けられた者を装い、語れなかったあの日の事情を明かすことにしたのだ。許しを乞いたいわけではない。ただ、二人には話しておきたかったから。


「忘れてたわけでも、行きたくなかったわけでもありません。ただ、あのときは父の病気が突然悪くなって、母がお医者様を呼びにいくまで、僕は家で父を看病する必要があったんです」


 水属性の回復魔法など子ども騙しのようなものだったが、必死に魔法をかけ続けた甲斐あってか、父はどうにか助けることができた。


 たとえ過去に戻っても、僕は同じ決断をするだろう。もしあそこで友達を選んで父が助からなかったら、それは約束を守ったのではなく、父の命をその友達に被せたことになってしまうから。


「……許してもらえるとは思ってません。でもせめて、誤解は解いておきたいんです。悪意があったわけでも、嫌いになったわけでもないって。思い上がりかもしれませんけど、僕たち、本当に仲良しだったんですよ」


 二人は、何も言わなかった。声を出しては僕に気付かれてしまうと思ったのかもしれないし、あるいは言葉を交わしたくもなかったのかもしれない。友達として、最後の情けをかけてくれただけで。


「彼らを残して逝ってしまうなら、せめて、綺麗な思い出にならないと。二人に苦しい記憶を残してしまうのが、どうしても心残りだったんです」


 ずっと吐き出せなかった気持ちを吐き出し終えると、最後に残ったのは自分でも気付かなかった本音だった。


 許してほしい、以前のような関係に戻りたいという気持ちはある。けれど、それは何より優先したいことではなくて、僕はただ、二人に傷跡を残したくなかっただけなのだ。


 そうでなければ、友達から無言を突きつけられている今、どうしてこうも晴れやかでいられるだろうか。


 森の入り口近くまでやってくると、二人は月明かりに照らされない位置でそっと籠を下ろし、静かに暗闇へ姿を消した。


 ぼやけた輪郭を頼りに籠を出て、二人が消えたであろう方角めがけて声をかける。


「ご親切に、ありがとうございます。本当に助かりました」


 返事はない。そのことを確かめてから、ほとんど自己満足のような別れの言葉を付け加える。


「……伝えられてよかった。エルさん、エラさん、どうかお元気で」


 それだけ言い残して森に背中を向け、いよいよ街へ戻ろうとした、そのとき。背後から僕を呼ぶ声がする。それも二人分。


 弾かれたように振り返ると、そこには幼い頃から何一つ変わらない姿の少年たちがいた。


 癖毛の短い髪で吊り目の少年はエルさん、まっすぐな少し長い髪で垂れ目の少年はエラさん。やっと会えた僕の、友達。


『明日の朝、森で待ってる』


 声を揃えて言うと、いつの間にか二人は姿を消していた。ただでさえぼやけた輪郭が、さらに滲んで揺らいでしまう。


 宝物の腕輪を胸に抱きながら、僕は苦い教訓と共に呟いた。


「僕、もう約束はできませんよ」


 使い分ける、本音と建前。

 心の中で伝えた「必ず行く」は、明日の朝、二人に直接伝えることにしよう。



  ◇  ◆  ◇



「ニーナ?」

「大丈夫?」


 尋ねられて、頬が濡れていることに気付いた。いつの間にか、妙に豪華なベッドに寝かされている。昨晩、自分の部屋に戻った記憶はないから、研究室で眠りこけていたところをベルさんとベラさんの部屋まで運ばれたのだろう。


 運搬手段は、恐らく以前人に見られて大騒ぎになった緑の蛸だ。草籠の底に蛸のような触手をつけて動かすため、見た目も乗り心地も独創的なのである。そのせいか、何やら妙な夢まで見たようだ。


「ニーナ、熱があるなら休んで」

「ニーナ、具合悪いなら寝てて」


 表情まで同じ顔が並ぶのがおかしくて、心配してもらえているのが嬉しくて。


 たまらなくなって二人を抱きしめると、小さな体が不思議そうに身じろぐのが分かった。


 夢の内容は、よく思い出せない。それでも何故か、目覚めて二人のいる朝が、とても愛しいもののように思えたから。


「大丈夫ですよ。おはようございます。ベルさん、ベラさん」


次回更新予定日《未定》*番外編更新

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