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番外編20「未来への贈り物」

お久しぶりです!今回は総選挙キャラ部門1位を獲得したニーナのSSを投稿します!


新章準備はほぼ進んでおりません!8章前の番外編は番外編21が最後になる予定ですが、次回更新までに少しでも新章準備が進んでいることを願っていてください。

楽しんでいただければ幸いです!


 代表者と聞くと、大抵の人は「聖女集会の付き添い」という「楽な仕事」と判断する。実際にやってみるまでは、あたしも同じように思っていたし、何より付き添いどころか、友達ともう一度繋がりを得るためにちょうどいい立ち位置としか思っていなかったのだから、「思っていたのと違った」など言える立場ではないのだけれど。


 ないのだけれど。


 分かっていても、人の心というものはままならない。


「パルマ君、一昨日の実験結果ってどこにある? ……うん、忙しいのは分かるけどね、本業を蔑ろにされても困るから」


 朝は研究室に赴いて早々、上司からの痛い正論に始まって。


「商人からの荷物? ああ、代表者に取り次いでくれっていうのが来たな。代表者って、聖女様と一緒にいる白いエルフのことだろ? あいつのところに持っていってもらったよ」


 昼は商人にわざわざ──かなりの手間賃がかかった──研究所まで届けてもらった荷物が行方不明になり。


「アラベラ様のドレス、お披露目パーティー当日の髪型、アクセサリーの候補をまとめました。明日までに目を通しておきなさい。……そこまで手が回らない? 貴方ができないというのなら、早々に代表者の座を譲り渡した方がアラベラ様の」


 夕方、荷物を取りに聖女の住まいである聖所近くに向かうと、そこでマカリオさんからのありがたいお説教を受ける羽目になった。


 彼の手には、あたしが商人に頼んだ荷物がある。これがある以上、適当に話を切り上げて逃げるわけにもいかない。


 申し訳ないけれど聞き飽きてしまった「代表者の座を譲り渡せ」という話を聞き流しながら、聖所が国都にあると何かと便利でいいなと、ついそんな考えを頭の中で転がしていた。


 ユーデルヤードは、国土のほとんどがエルフの住まいである森や湖、崖地など。


 そこを間借りしている立場の人間は、政治、経済、とにかく国家の形を保つために必要な人工施設を置くべく、エルフとの交渉の末、国の中央の自然地帯を僅かに取り除き、国都を配置した。場所も役割も国の中心部。あたしが働く国立研究所も、あらゆる施設がひしめく国都の端に、ひっそりと位置している。


 国の中心とはいっても、ここにあるのはほとんどが人間のための拠点や家ばかり。聖女を含めたエルフの住まいは、もっぱら各属性のエルフたちの住処に根ざしていた。


 だから、今の聖所を国都に移すというのは、異例中の異例、それこそ歴史に残るような大事件だったのだ。


 それまで、聖所に向かう必要がある場面などでは、まず聖所近くまで数日かけて馬車を走らせ、気まぐれなエルフが住まいに招き入れてくれるのを待ち──気が向かないと、聖所へ続く道を隠されたり、魔法で追い返されたりする──、機嫌を損ねないよう慎重に用件を済ませる必要があった。


 国都のように人工物の多い場所であれば、エルフも以前のように環境を使った大規模な魔法は使えない。聖所を国都に置くというのは、それだけでエルフから人間への信頼が築かれたことを示すものなのだ。


 さらに聖所が国都に置かれれば、エルフである聖女が住む場所として、国都を広げる話も進めやすくなる。人間側にとっていいことずくめだ。


 聖所が国都に移されたのは、聖女集会から少し経った頃。当時の聖所があった森の奥深くに招かれ、ベルさん、ベラさんと一緒にお茶会をしていたとき、ふと「聖所が国都の近くなら気軽に会いに来られるのに」とこぼしたところ、数日後には聖所移転の計画が持ち上がっていた。


 いつもならば非協力的なマカリオさんも、このときばかりは喜び勇んで力を貸してくれたのを覚えている。「白いエルフ」だと思われている彼も、実際は人間。エルフの住まいに赴くのには、かなり苦労していたのだろう。


 おかげで聖所を国都へ移す話はとんとん拍子に進み、計画立案から一ヶ月経つ頃には、聖所が国立研究所から目と鼻の先に置かれることになったのだった。


 とはいえ、あのときの協力体制はあくまで利害の一致があってのもの。聖所移転が済んだ後のマカリオさんは、すっかり以前の彼に戻ってしまった。


 研究所から聖所へ続く渡り廊下で長々とお説教を続けるマカリオさんは、ようやく気が済んだのか、三十分ほど喋り倒したのち、話を締め括る。


「……ですから、貴方が代表者でいられるのは、あくまでアラベラ様のご厚意によるもの。決して、貴方に代表者の資格があるというわけではありませんので、勘違いしないように」


 お説教が終わって一安心、ではない。ここでの受け答えによっては、話がさらに長引いてしまうのだ。


「そうですね。助言ありがとうございます。マカリオさんみたいに上手くできるかは分かりませんけど、頑張りますね」


 いつも通りの回答に、毎回少し手を加える。あくまで謙虚に振る舞っていれば、マカリオさんの機嫌を損ねることはないのだ。


 現に、マカリオさんはゆったりと頷きながら、満足げに鼻を鳴らした。


「ふん、人間にしてはいい心がけですね」


 いつもの通り、自分を棚に上げたような発言を、苦笑いで受け流す。


 自己否定の塊のような彼は、必死に自分と人間との間にある境界線を保とうとしている。エルフへの執着と、人間への拒否反応。彼の場合、どちらが先に生まれたのだろう。


 仮にも学者として、かつベルさんとベラさんの友達として、彼が姉妹に向ける執着の正体を知りたい気持ちはあるけれど、今日のところは話を早く済ませることが先決。我慢我慢、と自分に言い聞かせたところで、マカリオさんは得意げにこう続けた。


「それなら、今日は特別にアラベラ様を支える者としての心得を教えて差し上げましょう」

「えっ」


 思わぬ申し出に、つい「まだ続くの?」と言いたげな声が漏れてしまった。慌てて何事もなかったかのように装い、恐縮した様子でこう返す。


「いえ、そこまでしてもらう必要は……マカリオさんも議員としてのお仕事が忙しいでしょうし」

「先ほど、私のように上手くやれるよう努力すると言ったはずです。一分一秒、アラベラ様のために尽くすのが代表者の務め。貴方はそれを放棄しようというのですか?」


 怪訝そうなマカリオさんが口にしたのは、他でもない数分前のあたしの言葉。使うべき手札を使うべきときに使ってくる、この抜け目のないやり口を見るたび、彼が歴とした人類院の議員であることを思い知らされる。


 あたしが代表者でいられるのは、ベルさんとベラさんがそう望んでくれているからだ。そうでなければ、あの手この手で隙を作り、それを押し広げてくるマカリオさんの思惑のまま、代表者の役目を下ろされていただろう。


 それでマカリオさんが代表者になれるのかといえば、それはまた別問題だと思うけれど。


 これは気をよくしたマカリオさんの善意なのか、それとも単なる嫌がらせなのか。


 どちらにしても、彼の長話を受け入れる他ないのだ。もう少し続く助言の群れをやり過ごしながら考えることにしようと思い、妙に自信ありげなマカリオさんの話に耳を傾け続けた。



  ◇  ◆  ◇



 そうして、夜。


 一通りの助言を終え、満足したらしいマカリオさんから荷物を受け取ったあたしは、一人で夜の廊下を歩いていた。


 エルフである聖女が住むこの場所は、人工物が可能な限り取り除かれている。建物である以上、基礎部分は他の建造物と同じような材質になるけれど、廊下の脇に見える小さな森めいた庭に、月明かりを受けてうっすらと光る床などは、やはりどことなく精霊の住処めいていた。


 あたしにとっての聖所は、聖女が住む神聖で厳かな場所というより、どこか懐かしい思い出を呼び起こさせるところだ。ベルさんとベラさんも、あえてそうしてくれているのかもしれない。


 あたしにとっては昔の思い出に散らばるかけらたちを、彼女たちは大事に取っておいてくれている。そうして今、自分たちの住まいに散らばすことで、あたしたちに見せてくれているのだ。


 ここを歩くたび、彼女たちの宝箱を見せてもらっているようだと、誇らしいような気持ちになる。あたしはここに招かれる数少ない客人であり、そしてそこに収まる宝物を共有する友達でもあるのだから。


 同世代が周りにいなかったために、人間の友達など全くいなかったあの頃。あたしの遊び相手は、もっぱらベルさんとベラさんだった。


 朝ご飯を食べて、ベルさんとベラさんに「おはよう」を言いに森へ。足をくすぐる朝露の冷たさを感じながら、彼女たちに話すことをあれこれ考えた。


 森に来られなかった日に起きたこと、食べたご飯、見た景色、名前を知らない花や鳥。あたしの話を珍しそうに聞いてくれたり、知らないことを教えてくれたりする二人との時間が、何よりの楽しみだったのだ。


 遊んでいるうちに、昼。母に持たせてもらったパンを二人と分けて──三人で同じものを食べることが目的だったため、大部分をあたしが食べていたけれど──、眠たくなったら原っぱでお昼寝をする。


 必ずしも睡眠が必要ではない二人も、あたしに付き合って一緒に寝転がってくれて、時には昔話や歌を聞かせてくれた。


 そして夕方。遊べるだけ遊んで満足する日も、長引いたお昼寝のせいで、木々の形にくり抜かれた夕焼けを見上げて帰る日もあったけれど、帰りはいつもベルさんとベラさんと手を繋いで、二人の歩幅に合わせてゆっくりとおしゃべりをしながら森を歩いた。


 約束になりきらない「またね」を残して、あたしは家に、「秘密の友達」との思い出を持ち帰るのだ。


 思い出の中のあの森の夜は、いつも夕方から少しはみ出した程度のもの。すっかり暗くなった聖所は、まるであたしの知らない夜の森のようだったけれど、不思議と怖いとは思わなかった。ここにはあの二人がいる。あたしがどこで迷ったとしても、必ず見つけてくれた二人が。


 むしろ、夜の森へ立ち入ることをようやく許されたような気さえしていて、足取りも少しずつ軽くなってきた。


 商人から受け取った荷物のいくつかは、ベルさんとベラさんへの贈り物。本当であれば仕事が終わった後に渡すつもりだったけれど、時間を取られて今日は渡せそうにない。また後日出直す必要があるだろう。


 それでも、二人への贈り物があるうちは、上司からの嫌味も、マカリオさんからのお説教も、乗り切れそうな気がするのだ。あの二人が、あたしの贈り物を受け取ったときにどんな顔を見せてくれるのか。それを考えるだけで、頑張れる。


 ひと気のない廊下を進み、出口へと向かっていると、月明かりに照らされる中庭に、ひときわ見覚えのあるものがぶら下がっていた。場所は違えど、物はほとんど同じ。思わず時間帯も忘れて小さく声を上げ、足は自然に廊下脇の中庭へ向いていた。


 縦に割られた丸太の両端に、太い蔓を繋げて作ったブランコだ。小さい頃、ベルさんが森に作ってくれたこのブランコに乗って、お昼ご飯を食べたり、二人と遊んだり。わざわざ持ってきてくれたのか、それとも同じものを作ってくれたのか。


 座面を撫でると、滑らかな手触りを返してくれる。子どもだったあたしは当たり前に遊んでいたけれど、あのブランコには細かな気配りがちりばめられていたのだろう。


「このブランコ、懐かしいなぁ」

「乗らないの?」

「乗りたいの?」


 背後から突然、子どものような可愛らしい声をかけられて、思わず飛び上がりそうになりながら振り返ると、そこには不思議そうな顔が二つ並んでいた。小さい頃からずっと変わらない、見知った友達の顔に安堵しながら、おかしな疑問を口にする。


「ベルさん、ベラさん……何で」

「ここはベルたちの住むところ」

「ここはベラたちの住むところ」


 不思議そうに返された答えは、至極真っ当なものだった。家主が家にいることを咎める資格など、あたしにはない。当然、他の誰にも。


 聖所は日々様々な人やエルフが行き交うため、ベルさんとベラさんも来客の全てを把握しているわけではない。となると、二人の疑問はあたしが今ここにいる理由に落ち着いたようで、二人揃って問いかけを放つ。


「「ニーナこそ、何してるの?」」


 そう問われ、手の中の荷物へ目を落とす。緑の大きな包みが二つ、水色の小さな箱が一つ。包みは二人の、箱の方はあたしのために買ったものだ。


「届け物をと思ったんですけど、遅くなっちゃったので、今度にしようと思って」

「誰に届け物?」

「……マカリオ?」

「いえ、違います。ベルさんとベラさんに。手違いでマカリオさんのところに届いたみたいなので、取りに来たんですよ」


 ベルさんは純粋な疑問を、ベラさんはやや嫌そうにマカリオさんの名前を口にしたけれど、あたしが説明すると、二人とも納得してくれたようだ。


 時間帯は遅いものの、今を逃すと次はいつ会えるか分からない。二人がよければ今ここで渡してしまおうと思い、近くのブランコに目をやった。


「あのブランコ、もう三人乗りは難しそうですか?」

「魔法で少し強くすれば大丈夫」

「ニーナ、大きくなったから」


 はっきりとした口調でベルさんが言い、惜しむでも喜ぶでもなく、単に事実としてベラさんが続けた。


 そうしているうちに、ブランコの蔓はベルさんの魔法で補強され、ベラさんが確認のためにとブランコの右端に腰を下ろす。傾くこともなく安定しているそれを見て、あたしも中央にそっと座った。それに続いてベルさんが左端──あたしから見て右──に腰掛けて、聖所の片隅に、あの頃と同じ光景が出来上がった。


 あたしはずいぶん大きくなっていたし、場所もここまで開けてはいなかったけれど、それでも思い出を二人と共有できるというのは、一人で記憶を懐かしむよりもずっと温かい気持ちになる。


「それで、届け物って?」

「あっ、こっちの緑の包みの方です。少し濃い方がベルさんで、淡い方がベラさん。開けてみてください」


 包みをそれぞれに渡し、鏡合わせのように開けていく二人を見守っていると、やがて包みの中から、丁寧に包まれた太いリボンが姿を現した。


「これって……」

「どう使うの?」

「腰に巻いたら可愛いかなって思ったんです。少し借りてもいいですか?」


 まず最初に、ベラさんに贈った水色のリボンを手に取り、立ち上がったベラさんの腰に巻き付ける。そうしてきつくならないよう気をつけながら、蝶々結びにしてみせた。


 ベルさんにも同じように、橙色のリボンをふんわりと巻き付け、形が綺麗になるよう整えながら結んでみる。腰に広がるリボンはまるで蝶の羽のようで、思った以上に可愛らしい。


「わぁ……とっても似合ってますよ!」

「ニーナの髪の色」

「ニーナの目の色」


 思わずはしゃぐあたしに対し、二人は冷静にお互いのリボンを観察していた。


 二人で一人、一つの名前を分け合う二人は、まるで違う個体であることを許さないかのように、小物の一つに至るまで全く同じものを使ってきた。


 本人たちも納得しているであろうエルフのしきたりに口を出すつもりはないけれど、あたしの中にはベルさんだけとの思い出も、ベラさんだけとの思い出もある。できることならそれをいつまでも残しておきたくて、今回は二人に別々の贈り物を選んだのだ。


 あたしの目を、瑞々しい木の実のようだと言ってくれたベルさんには、橙色のリボンを。


 あたしの髪を、よく晴れた青空のようだと褒めてくれたベラさんには、水色のリボンを。


 二人が覚えているかは分からないし、口に出すのも何となく照れくさいから、色の由来はいずれどこかで聞かれたときに──と思った矢先、二人が何でもないことのように呟く。


「ベルのリボン、美味しい木の実の色に似てる」

「ベラのリボン、気持ちいい空の色に似てる」


 夜風が吹く。あの頃のは違う、知らない森の風。

 それでも、あのときのあたしたちが、ここにいた。

 景色も違う。見た目も違う。けれど、確かに。


「そっちの箱は誰にあげるの?」


 ベラさんに尋ねられて、ようやく我に帰ったあたしは、手元に残った小さな箱に目をやった。本当に小さい、あたしの手のひらに収まる程度の箱だ。


「こっちは自分用に。連絡用の魔具を買ったんです。代表者をやる上では、あった方が便利ですから」


 笑顔を携えて口にした言葉に、嘘はない。ただ少し、隠していることがあるだけ。


 これを注文したときの、商人の怪訝そうな顔を思い出した。


──「変わった作りだな。うちの職人なら問題ない……が、それだけ値段も張るぞ」──


 箱を開けると、そこには微妙に色の違う黄緑の三角が、底辺を突き合わせるようにして収まっていた。ループタイ型の魔具は、他者と連絡を取り合うための音響の魔具。聖女集会のときには持っていなかったせいで、大変な思いをする羽目になったのだ。


 値段はかなりのものだったが、有意義な買い物だったと思う。この魔具が果たす役目と、使う時間を思えば、むしろ安い買い物だ。


 何かを確かめるように、商人は言った。これは何かの間違いではないのかと、念を押すように。


──「何たって、実質的に魔具を『二つ』作ることになるんだからな」──


 そう、この魔具は二つで一つ。同じ機能を持つ魔具を二つ組み合わせ、着脱可能にしているのだ。もちろん、それぞれを個別の魔具として使うこともできる。


 一つの魔具を二人で分け合うことができるようにと、注文したのだから。


 きっと遠い未来、あたしの死後にでも、ベルさんとベラさんが誰かと繋がっていられるように。


「……でも、いずれはこれもベルさんとベラさんにあげる予定なんですよ」


 そう告げると、ベラさんはよく分かっていない様子だったけれど、ベルさんは神妙な面持ちで、あたしの手にある魔具を見つめた。


「これはニーナが自分に買ったもの」

「はい。しばらくはあたしが使うので、お下がりになっちゃいますけど」

「それでもいい」


 きっと真意を分かっているベルさんの言葉を、少しだけ押し留めて、それでもなお突き返されてしまった。あたしがいなくなった未来の話をするのは悲しいけれど、それでもあたしは、あたしの友達が二人ぼっちにならないよう、残せるものを残しておきたいのだ。まだ未来の楽しみが残っている、今のうちに。


 不自然な会話が終わると、ベラさんが待ちかねたように言葉を発する。


「ニーナ、これから家に帰るの?」

「はい。マカリオさんと話してたらこんな時間になっちゃいましたけど……渡せたのでよかったです」

「もう暗いから危ない。泊まっていって」

「えっ」


 それじゃあまた、と切り上げようとした瞬間、ベラさんから発せられたのは、幼い頃には聞いたことのなかった誘い文句。もう暗いから家に帰るようにとは言われても、森で寝泊まりしろと言われたことはなかったのだ。もっとも、ここは決して森ではないけれど、そうなると別の問題も出てくる。


「でも……あの、代表者とはいえ、聖女と一緒に寝泊まりするのは……」

「どうして? ベラたちは友達と一緒に寝るだけなのに」


 本当に心の底から疑問に思っているらしいベラさんから畳み掛けられ、助けを求めるようにベルさんを見やる。すると、ベルさんは少し考え込んだのち、助け舟を出してくれた。


「マカリオなら心配いらない。ベルたちから言っておく」


 あたしではなく、ベラさんの方に。


 二人からこう言われてしまえば、反論の手段はない。結局あたしは、友達からのお願いにめっぽう弱いのだ。


「……じゃあ……朝、誰かが来る前にお暇しますね」


 とうとう観念してそう言うと、ベルさんとベラさんはほんの僅かな表情の変化で喜びを分かち合い、あたしの手を引いて聖所へと招き入れた。


 次の日の朝、あたしは寝心地のいいベッドで見事に朝寝坊をかまし、部屋の入り口で繰り広げられるベルさんとマカリオさんの攻防に胃を痛めながら、ベラさんから慰められる羽目になったのだけれど──このときのあたしは、当然それを知る由もない。


次回更新予定日《6/29 20:00》*番外編更新

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