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101話「永遠の双六」

待っていてくださった方、本当にありがとうございます。第7章「亜人戦争編」開幕です!お陰様で長らく続いて7章目!ラッキーセブンが仕事をしません!

詳しいことは活動報告に書きましたので、前書きはこれだけ。目次の飾りと化していた残酷描写の注意書きが仕事をし始める章ですので、無理のないように、楽しめる範囲で楽しんでいただけば幸いです!


 日本生まれ日本育ち、異世界在住の十五歳は、こちらに来てから少し経った頃、誰にも知られないまま十六歳になった。


 この国では数え年に近いシステムを導入しており、生まれたときは零歳、年が明けると同時に一歳になるらしい。


 つまり俺はこの世界に来た時点で十六歳という扱いになってはいたものの、満年齢で数えるなら俺が十六になったのは数ヶ月前のことになるのだ。


 もはや誕生日ケーキやプレゼントに喜ぶ歳ではないにせよ、本当に誰からも祝われることがないまま過ごした誕生日というのは生まれて初めてで、少し寂しいような、しかし自分から言い出すのも気まずいような、複雑な思いで過ごしたことを覚えている。


 そんな八月三日から、早いもので四ヶ月が過ぎた今日。開戦から一ヶ月を経た魔法学校は、毛先がピリつくような緊張感を保っていた。


「結界で侵入を……」

「……こちらも攻め込まねば……」

「……捕虜を捕らえれば」


 伽藍堂となった食堂の中央、護衛に取り囲まれながら取る朝食というのは、体に栄養を運ぶ以外の役割をなしていない。楽しく談笑できる空気でないことに加え、合間合間に漏れ聞こえる物騒かつ剣呑な単語のせいだろう。


 とはいえ、ここからは恐らく長期戦になる。精神的に参ってしまっては持たないと思い、努めて明るく声を上げた。


「小さい頃、こういう場所で隠れんぼする想像とかしなかった?」


 呑気な発話に呆れた様子を見せつつも、向かいに座るアリーは何も言わず雑談に応じてくれる。


「縁のない遊びですわね。逃げ隠れようものなら引き摺り出される家で育ちましたもの」

「貴族って皆スパルタ教育なの? アリーのところが特殊なだけ?」

「コルトリカの貴族は他国からの侵略を受けた際、多くは武装し軍に協力すると決めていますわ。将来、誰が当主として家を守るか分からない以上、子に等しく教育を施すのは当然のことでしょう」


 アリーはそう言うものの、彼女の言動や魔法学校で見聞きした噂からして、ボールドウィン家というのはかなり武闘派な貴族という印象がある。これもボールドウィン家の常識であり、貴族の常識ではない気がするのだがと思いつつルイスさんを見やると、困り顔で肩をすくめられた。


「何でオレを見るんスか。家って呼べるものなんざボールドウィン以外知らないんスから、他の家がどうなんて知りようがないッスよ」

「私も貴族の生まれではありませんので、何とも。機会があればフランツェスカに聞いておきます」


 アンネさんの口から出た同僚の名前で、今ここにはいない彼らの現状を思う。


 フランさんは敵情視察のためか、ここ最近姿を見ていない。イーザックさんは作戦立案部隊に組み込まれているようで、こちらも最後に顔を合わせたのは何日前になるやら。


 一ヶ月前、開戦の知らせが届くなり、俺たちはアンネさんの師匠であるウィルバートさんが管理している教会から、まっすぐトリス学園へとやってきた。


 以前、俺がリオン・シーエルドという架空の学生として潜入したのもこの学校である。


 大陸にある五カ国のうち、北のユーデルヤード、東のシノノメ、南のグラストニアは亜人が統治している、または亜人しかいない国だ。


 対する北西のコルトリカ、南西のネロトリアは人間の国。今回は亜人国が同盟を結んだことから、亜人と人間の戦争という構図になるため、必然的にネロトリアとコルトリカの国境付近に位置するトリス学園が主要な拠点となった。


 とはいえ、戦争の拠点となったこの場所はもはや学舎としての役割を果たさない。在学生たちは多くが家に帰され、残ったのは貴族としての役割を果たさんと武器を取った者、もしくは家に帰る手段を持たない生徒、それから教師のみだ。


 潜入の際に顔を合わせた魔法学担当のヴァール先生や飛行術担当のワーグナー先生の姿は見かけたものの、身分が変わってしまった以上は気軽に声をかけて気を遣わせるのも忍びなく、ただ戦地の人となってしまった彼らを遠巻きに見守るだけに留まった。


 他人事のように眺めている俺も、今や戦場における主戦力として数えられ、主に結界や回復魔法などの魔法による支援を行う立場としてここにいる。


 食糧を必要以上に消費しないようにという意図からか、食事はパンとスープとサラダ、それからメインの肉料理か魚料理というラインナップ。元の世界の食事よりも豪華だが、こちらに来てからの日常的な食事と比べると見劣りするという程度である。


 日本にいた頃に何度も聞いた戦争の話を思い出し、最初の頃は身構えもしたものだが、今のところ食べ物に困ることも命懸けで敵兵を倒せと命じられることもなく、ただいつもより少し居心地の悪い日常が続いているという感覚だ。


 そう思えるのは、こちらが優勢にあるせいなのだろうか。もしそうなら、このまま何事もなく、できるだけ犠牲が小さいままで戦争が終結することを願ってやまない。


 戦争とは言いつつも、案外平穏に終わるのではという期待の裏で、得体の知れない不安が蠢いている。


 日本にいた頃、知らずとも忘れるなと言い聞かせるように、何度も繰り返し戦争の恐ろしさを聞かされてきた。あの悪夢のような誰かの記憶が、俺の記憶として刻まれない保証はないのだ。


 だからこそ、自分にできることを考えなければならない。始まってしまった以上、戦争を起こさないための工夫は意味をなさないが、それは完全に打つ手なしというわけでもなかった。今は元の世界にいた頃のように、幕を開けた戦争に翻弄されるばかりの無力な立場ではない。今の俺なら、この戦争を終わらせることもできるはずなのだから。


 いずれ戦争に終止符を打つ役目を発揮するときのためにも、今はしっかり食べて、力を蓄えなければ。


 そんな決意と共に、少し硬い肉にナイフを入れ、口に運んだ。



  ◇  ◆  ◇



 街が少し、もの寂しいような。


 よく目を凝らしてようやく見つけた変化というのはそのくらいだった。


 戦場に駆り出されたことで騎士が姿を消し、食糧もそこに集中するため流通量が減る。結果として街の光景は悪夢の十年よりはいくらかマシな、しかし数ヶ月前の街と比べると殺風景、という方向に傾き始めていた。


 店先に出てうんと体を伸ばし、腰を捻る。全盛期は過ぎてもまだまだ若い。これは単に座りっぱなしの店番で体が疲れただけだと言い訳をして、迫り来る老化から目を逸らしていると、静物だらけの街に揺れる人影が。


「よう、イーヴォ。順調か?」


 ポーション売りのオリヴァーだ。こう声をかけてくるということはよほど店が暇なのか、もしくは太客がついて余裕があるのか。今の情勢ではどちらでもあり得るのが怖いところだ。


「どこも似たようなもんだろう」

「その口ぶりは儲かってるな」

「お前ほどじゃないさ」


 そう軽口を叩けば、オリヴァーは肯定も否定もせずに鼻を鳴らした。魔具の材料となる魔石と、飲めば魔法が使えるポーション。それぞれ長所と短所があり、どちらも万能ではない。どちらが戦場でより役立つのかは、軍人や騎士が知っていればいいことだ。


 俺たちの関心といえば、何が起こるか分からない今の世を生き残るため、稼げるときに稼いでおくということのみ。少なくとも普段と同じ客層は見込めそうにない街に目をやり、小さくため息をついた。


「街はすっかり静かだな。騎士様がいないってんで、また治安が悪くなるとでも思ってるんだろう」

「そんな状況で店を空けていいのか? 仮にも戦争中だぞ」

「空けるっていっても、店主が店の中じゃなく店先にいるってだけだろ。これで盗るなら物取りじゃなく強盗だな」

「今ならそういうやつがいてもおかしくないってことだ」


息苦しい世の中、こうして軽口を叩き合える相手がいるのはありがたい。オリヴァーも同じ考えなのか、どこかほっとしたような顔で冗談を口にしていた。


 だが、これからどうなるか分からない状況下、気休めでも安心の担保がほしい。何か、俺たちの日常がまたすぐ元通りに戻るのだと思えるような保証が。


 そう考えた俺は、世間話ついでにこんな誘いを持ちかけてみることにした。


「なぁ、賭けをしないか。この戦争がいつ終わるか」


 俺が言うと、オリヴァーはあからさまに嫌そうな、というより不機嫌な、怒りを露わにするような顔をした。


「騎士様たちが必死に戦ってるときに何言ってるんだ。不謹慎にも程があるだろう。俺は半年に賭ける」

「こっちは一年だ。聖女様がいるとはいえ、そう簡単に収束はしないんじゃないか」

「とはいえ、そう長引きもしないさ。お前だってそう思ってるんだろう? 国が始まって最初の頃はそれこそ内戦や他国からの侵攻で細々と戦争が続いた時代があったそうだが、今は聖女様もいる。コルトリカの軍も。何も心配はいらない」


 先ほどとは一転、不謹慎という言葉を笑い飛ばしたオリヴァーの予測は、このような誘いを持ちかけた俺からしても、少々楽観的すぎると思えていた。


 戦争といえば、歴史を見ても一年では終わらないものばかり。下手をすると十数年続く戦争もあると聞く。聖女様がいる今なら或いは、という期待もあるのは確かだが、それにしても半年は戦争を見くびりすぎな気もする。


 とはいえ世間的には、オリヴァーの予想が的中する方が喜ばしいことに変わりはない。そのためなら俺は、こいつに賭け金を払っても構わないと思えた。俺が半年分損をするだけで国が救われるのだ。こんなにいい負け方はないだろう。


 大丈夫、勝っても負けても、未来は明るい。そう確認するように、既に勝ち誇ったような顔をしているオリヴァーに笑いかけた。


「何にせよ賭けに乗ったからには、うっかり死なれちゃ困るな。俺の取り分がなくなるだろ?」

「こっちの台詞だ。死に逃げだけはごめん被るぜ」

「商売人の金への執着を舐めるなよ」


 そんな冗談を言い合いながら、始まった戦争が未だ思っていたよりも穏やかであることに、密かに安堵していた。


 開戦から一ヶ月が経つ王都の、昼の出来事である。


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