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番外編12「商人オリヴァーと戦前」

お久しぶりです。新章準備の間、穴埋め的に投稿を続けた番外編も、これが最後になります。途中で礼央の誕生日番外編を入れた上に、後書きで番外編更新を入れ忘れたのでややこしくなりましたね。新章開幕前の番外編はこれが最後です。

現在、新章準備は5週分の原稿の下書きが終わった状態ですので、何事もなければ9月に新章開幕予定です。よければもう少しお待ちください。

本編ともども楽しんでいただければ幸いです!


作者のTwitter(@MiitsukiKurage)にて、裏話やら進捗やら息抜きSSなどを上げています。よろしければこちらもどうぞ。


 歴史は、文と数字でできている。


 十九代目国王は、異世界からの聖女召喚という前代未聞の偉業を成し遂げ。

 これは文。


 ネロトリア王都の人口は数千から一万。

 これは数字。


 今が歴史に変わるとき、俺がどちらに振り分けられるかと言えば、言うまでもなく後者だろう。そのくらいの諦めはつく年齢だ。


 歴史の中でこそ数字に押し込められてしまうとはいえ、そこにある命や暮らしというものは千差万別。俺はその中でもそれなりにいい暮らしをしている方に数えられるだろう。


 商人として褒められたことではないが、俺は現状に満足していた。ポーションを売る商売はほどほどに上手くいっており、妻と子どもを養うにもそこまでの苦労はしない。二月に一度はこうして昼時に飯屋を訪れ、家族への土産を買って帰れるだけの余裕がある者が、この国にはどれだけいるだろう。


 待望の聖女を迎え、景気が多少なり上向いてきた中とはいえ、十を百にすることはできない。せいぜい八十を百にするのが限界で、聖女なき国でそこまで上手く立ち回れたというのは、運と実力の両方が備わってこそだ。


 安定という陳腐な言葉とは縁遠くとも、自分が商人を続ける未来を思い描くのは容易かった。だがここにきて、青天の霹靂が。


「おい、聞いたか? グラストニアが戦争をけしかけてきたらしいぞ」


 安っぽいが家庭の料理とは少し違う食卓に舌鼓を打つ傍ら、テーブルを斜めに一つ挟んだ別の席からそんな声が上がった。目をやれば見知った顔が並んでいる。


 果物屋のアーベル、魔石売りのイーヴォ、鍛冶屋のエルマーだ。売るものは違えど同じ商人、お互いの情報を共有することで得られるものは多い。かく言う俺も、彼らとは何度か顔を合わせたことがあった。


 となればここは挨拶の一つもしておくべきなのだが、せっかくの一人の時間をもう少し楽しみたい気もする。そういうわけで、俺は彼らに気付かなかったふりをしながら、その会話に耳を傾けてみることにした。


「いよいよか。前々から妙な動きをしてはいたからな」


 鍛冶屋のエルマーは仕事柄、戦争の足音には敏感なのだろう。今立っているこの地が戦場となる可能性を提示されたところで狼狽えることはなく、むしろ納得を示していた。


「俺たちには聖女様がついてるんだ。心配いらないさ」


 楽観的な意見を述べるのは、魔石売りのイーヴォ。聖女様が来る前と来た後では、戦争に対する捉え方も違ってくるだろう。俺がこうして呑気に飯を食っていられるのも、聖女様のおかげだ。


「ああ、聖女様の魔法はすごいぜ、あの結界で一体いくつの積み荷がダメになったことか……」


 悲劇めいた涙を見せるのは、果物屋のアーベルだ。しかし俺は知っている。彼が以前、積み荷がダメになるたびに騎士団が弁償してくれるため、むしろ余裕が出てきたくらいだと漏らしていたことを。


 アーベルへの慰めもそこそこに、話題は自然と件の聖女様へと向けられた。


「向こうの畑から空に届きそうな野菜が伸びたときは驚いたなぁ。人参は向こう一年見たくない! あれから一月は食卓中が人参になった!」

「王都中の食卓が人参だらけになった月だったな。輸出するにも一本単位じゃなく細切れにされたんじゃ、コルトリカも買いたがらない」

「あれから子どもが人参を見るたび皿をひっくり返して暴れるんだよ。俺もそうしたいくらいだ……」


 各々の嘆きをよそに、俺のテーブルに運ばれてきた料理にはオレンジ色の野菜の姿が。目につくそれを片端からフォークで突き刺し、視覚情報と感情を排してから、それを一口に頬張る。舌が拒絶反応を示すより早く、最低限の咀嚼もそこそこに喉の奥へと放り込んだ。


 続け様に別の具材を口に運びながら、再び意識を彼らがいるテーブルへと向ける。彼らはしばらく人参の大量消費に悩まされた話題を転がしていたが、ややあって再びあの話へと帰着したようだ。


「相手が馬ならまだ人参を差し出すことで平和的に戦争を終わらせる手もあるが、今回はそうもいかないだろうな。相手は亜人国が束になってかかってくるらしいぞ」

「こっちにはコルトリカがついてるだろ。コルトリカの軍は強いし数も多い。そこに聖女様が二人もいれば、百人力どころの話じゃないぞ」

「そうだそうだ。シノノメとユーデルヤードの聖女様のことはよく知らないが、あちらはそもそも数が少ない。力で押し負けることがあっても数で圧倒してやればいいだけの話さ」


 誰も彼も、戦争に対して不安がないわけではない。だが先代の聖女様が凶刃に倒れて以来、低迷し続けた景気と治安を一挙に解決したのが今の聖女様だ。


 そしてこの十年間、グラストニアからの侵攻を防ぐことができたのは、同盟国であるコルトリカが保有している軍の影響が大きい。両者の力があれば、自分たちの生活圏にまで戦火が及ぶことはないはずだと、ひとまず安心できた。


 向こうのテーブルの意見もおおよそ同じなようで、俺の考えとそう外れていない声が上がっている。


「まぁ、どのみち戦うのは騎士様やお貴族様たちで、俺たちは結界の中にいるから安全だがな」

「戦時中は武器商が儲かるらしい。食糧なんかの物資を供給するっていう手もあるぞ。鍛冶屋や果物屋なんかは戦争でむしろ得をする立場じゃないか」

「魔石で商売をしてるお前ほどじゃないさ。魔具の需要もこれから高まるばかりだろうからな」


 戦争は儲かる。情勢に目敏い商人の間で、それは共通認識のようだ。かくいう俺も恩恵を受ける立場にある。


 戦争が始まれば、精霊から魔力を受け取れない騎士や貴族がこぞってポーションを求めるようになるだろう。現状は騎士団の備蓄、もしくは生活に余裕が出てきたことで、仕事を楽にこなそうとする平民への需要が主だが、消費量が増えればその比ではない。


 まるで戦争を望んでいるような意見だが、決してそうではなく、俺はむしろ戦争の早期終結に貢献できればとさえ思っている。ポーションが出回り、戦力差で相手を圧倒できれば、あちらもすぐに降伏してくるだろう。


 人間側の強みは訓練された軍や聖女などの戦力、数の多さという種族の利だけではない。力に物を言わせることしか知らない亜人と違い、俺たちには魔具にポーションといった道具を使いこなす頭があるのだ。


 開戦による商機の話で盛り上がるテーブルに、乱暴な音を立てながら料理が置かれた。あの恰幅のいい後ろ姿に伸びる太い三つ編みからして、飯屋の店主だろう。


「まったく、どいつもこいつも自分の商いのことばかりじゃないか。あんたたち、少しは自分の国を自分たちで守ってやろうっていう気概はないのかい」


 店主の言葉で、三人はお互いの顔を見合わせ、ややあって「まさか」と言いたげな顔を並べて笑みを浮かべる。


「自分の家と胃袋を守るので精一杯さ」

「そうそう、国の安全は聖女様と騎士様、それにお貴族様に任せるよ」

「俺たちは物資の支援で国を守ることにする」


 商人たちは口々にそう言い、運ばれてきた料理に感嘆の声や悲鳴を上げ始める。おおかた、肉料理に人参でも混じっていたのだろう。


 戦前のネロトリアはこんな具合に、恐ろしいほど平和だった。誰もが利己的で、無関心。明日が今日と変わらぬ形で訪れることを疑いもしなかった。


 それは目指すべき平和の姿であり、同時に平和を壊す呼び水ともなり得る日常。戦争が見せる甘い顔以外の表情を、俺たちはまだ知らなかった。


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