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番外編8「守りたいもののために」

番外編更新です。68話「守るべきもののために」の続きの話になります!


 目を凝らせば気付けたであろうそれを、眼前に突きつけられて初めて思う。きっとずっと前から、少しずつ狭まっていた道の先に、今があるのだと。


「──聖女様を追い出すためだよ」


 魔法学校での潜入捜査終了から数日。あまりにも杜撰な計画や潜入理由についてイーザックに問いただしたところ、返ってきたのはこのような答えだった。


 異世界からの聖女召喚については、聖騎士団内部でも意見が割れた。この世界にゆかりのない異世界人に国の治安維持を任せるのは危険だという反対派、もはや手段を選んではいられまいという賛成派だ。


 私やイーザック、フランツェスカはどちらかといえば反対派だったが、中でもイーザックは普段の彼の印象を覆すほどに強い言葉と態度で意見を述べていたため、いざ聖女が召喚された途端、新聖女に擦り寄るような真似を見せた彼を揶揄する声も上がっているほどだ。


 イーザックの告白に驚くでもなく沈黙を守っていると、彼は重い空気を揺らすように肩をすくめて言う。


「殴られでもするかと思ってた」

「理由次第ではそうするが」

「弁明の時間をくれてるの? フィルも大人になったね」

「同い年だろう」


 意味のない問答は、イーザックの少し悲しげな笑みで打ち切られた。イーザックと話していると、時折兄のように思えることがある。それこそ同い年だというのに、おかしな話だ。


 イーザックは静かに「弁明」を始める。本人にその気がない以上、それはただの説明にしかならなかった。


「使者が来たんだ。グラストニアから。君と聖女様が魔法学校に行ってる間に。聖女様がこっちに来てすぐ起きた誘拐事件の件で、ネロトリア側の責任を追及するために来たみたい」

「元はといえば向こうが仕掛けてきたことだろう」

「向こうからすれば、一個人の暴走に対して聖騎士団総出で制裁を加え、基地を破壊した僕たちの方が悪いってことになるらしいよ。つまりあれは不当な侵略なんだってさ」

「聖女誘拐が個人の暴走だと?」

「普通に考えてありえないけど、軍事力で劣るネロトリアが反論してこないことを見越して言ってきてる。誘拐事件のときの出来事を侵略だと主張してるグラストニアは、あの一件をネロトリアからの宣戦布告として受け取ると言ってきた。これでグラストニアは、侵略戦争を仕掛けてきたネロトリアに対抗するっていう大義名分を得たわけだ」


 戦争とは勝ったものが歴史の正義になるものだが、まだ歴史になりきらない今の正義を決める上で、どちらが先に仕掛けた加害者であるかという点は明確にしておくべきなのだろう。詭弁にすら数えられない支離滅裂な理論だが、国と国同士のぶつかり合いは、口論でさえも軍事力がものを言うのだ。


 洗いざらい話す腹を決めたイーザックは、逸らした視線を再びこちらへ。


「ただし、下手にネロトリアに手を出すと他の国からも警戒されかねない。うちと同盟関係にあるのは現状コルトリカだけだけど、聖女様目的で戦争を仕掛けたとなれば他の国も黙ってない。だからグラストニアは初めに使者を送り、会談の機会を設けたんだよ。戦争を回避できる平和的な解決として、ネロトリアにある要求を叩きつけるために」


 イーザックの口振りは淡々としていたが、言葉の端からは堪えきれない感情が見え隠れしている。私にはその全てを読み取ることはできなかったが、しかしいい感情でないということだけは理解できた。


「……まともな要求をしてくるとは思えないな」

「実際問題、とんでもない要求を吹っかけてきたよ。実質脅しだったし。グラストニアからの要求は『聖女と生き神の交換』だった」

「生き神?」

「向こうが言うには聖女と変わらない役割を持つ人間のことらしいよ。記録を調べたら何件か生き神に関する記述は出てきたけど、千年前、大陸外の小さな島に存在してたってこと以外、ほとんど何も分からなかった。中身がだいたい同じなら取り替えても問題ないだろうって言いたいみたいだけど……」


 千年前、ひっそりと存在していた生き神。仮に長命種だとすれば現在まで生きていても不思議はないのかもしれないが、あちらが言うには人間だという。


 人間が千年も生きる仕組みは分からないものの、その扱いはまるで道具だ。古びた道具を新しいものに取り替えるような。


 グラストニアが聖女と同じ役割を持つ生き神を擁しながら、その権能を使用している形跡がないことからして、そう大きく外れてはいないのかもしれない。


 そのような国に礼央様を差し出せば、彼が一体どのような扱いを受けるのかは想像に難くない。最悪の未来を想定してしまうと、問いただす声はさらに沈み込んでいった。


「その要求を受け入れたのか」

「まさか。グラストニアからすれば、聖女様さえ手に入ればあとはどうとでもできる。極端な話、適当な場所から魔法が使える人間を連れてきて、交換材料とする手段もあるわけだから、そういう懸念を無視してまで戦力を手放そうとは思わないよ」


 嫌な可能性を淡々と口にしたイーザックは、仮にここで聖女様を差し出して戦争を回避したとしても、また適当な理由で戦争を起こされたら今度こそ打つ手がなくなる、と付け加えた。


 このような形で聖女を奪おうとしてくるグラストニアの言葉を信じるのは、あまりにも危険すぎる。礼央様を差し出さなかったのは妥当な判断だろう。


 だが、最善ではない。イーザックの険しい表情を見るまでもなく、それを理解した。


「でも、これでグラストニアとの戦争は避けられなくなった。周辺諸国の関係もあるし、今すぐ戦争勃発とはならないにしても、近いうちに必ず何か仕掛けてくるはずだよ」

「どうしてそう言い切れる。いくらグラストニアが軍事大国だとしても、聖女のいる国同士が団結する事態は避けたいはずだ」

「反撃を怖がって及び腰になってたら、敵国で人なんか殺せないよ」


 先ほどのイーザックの話を踏まえて反論するが、返ってきたのは、私の知らない事実。


 イーザックが口にした名前は、ハンス・ランメルツ。私と同じ実働部隊の所属で、一時期イーザックと共にグラストニアへ潜入していたこともあったと記憶している。


「まさか敵国、それも王宮の敷地内でことに及ぶなんてね。こっちの出方を見るためだったんだろうけど、グラストニアが大陸にある国全てが束でかかっても敵わないような国だったら、皆殺しにでもされてたのかな」


 そこにあるのは、力の抜けた、投げやりな笑みだった。


 交渉のため来訪した使節が他国で人を殺したとあっては、ただの人殺しでは済まされない。それでもその事実が表に出ていないということは、つまりそれだけネロトリアとグラストニアの力の差が明らかであり、かつあちらに何か強力な手札があるからなのだろう。


 グラストニアがその手札を切ったとき、この国は戦火に飲まれる。人も亜人も、異世界人も関係なく。


 重苦しい事実を吐き出し終えたイーザックは、いつも通りの笑みを浮かべて質疑応答の時間を設けた。


「これが、君たちが魔法学校にいるときに起きた出来事。それから君たちを魔法学校に送り込んだ本当の理由だよ。何か質問は? 文句でもいいよ」

「……礼央様は、ハンスの件を知っているのか?」


 答えはおおよそ想像がついたものの、念の為と思い尋ねてみる。イーザックは緩やかにかぶりを振って、私の懸念をそっと脇へと追いやった。


「何も知らせてない。自分の身近で人が死んで、平気な顔してられる方じゃないでしょ」


 分母が少ないとはいえ、礼央様と明確に面識がある聖騎士はそう多くない。今に至るまで礼央様がハンスの不在に気付いていないということは、特段関わりはなかったと見てよさそうだ。


「他に質問は?」

「一つ訂正だ。お前のそれは『追い出そうとした』ではなく、『逃がそうとした』だろう」


 イーザックの問いかけを無視してそう告げると、彼は一瞬時間が止まったかのように硬直し、それから意地の悪い笑みを浮かべた。


「追い出そうとしたんだよ。一時的にね。邪魔になったから追い出して、必要になったから連れ戻した。逃すつもりなら他の国か、大陸の外にでも向かわせてるよ」

「それでも、礼央様は楽しそうだった。また学校に通えるとは思っていなかったと」

「……嫌がらせ?」

「本心だろう」

「そうじゃなくて、何でそれを今……」


 心底嫌そうな顔で何かを言いかけたイーザックは、乱暴なため息でそれを打ち切った。


 苛立ちを隠しもしないあたり、相当追い詰められているのだろう。国の危機は誰かの家族にとっての危機。イーザックにとって、冷静でいられる状況でないことは明らかだった。


 窓枠から腰を浮かせたイーザックは、聖女の召喚について反対意見を述べていたときのような激しい口調で並べ立てる。


「僕は聖女様の家族じゃない。だから彼女を戦争の道具として差し出すことを躊躇いもしなかった。そうしないと自分の家族が戦火に晒される。僕は彼女のことを哀れには思っても、家族以上に大切だとは思えないんだよ」

「家族のことだけを考えていたわけではないだろう。礼央様をグラストニアの使節に引き渡し、戦争が勃発する前に、それこそ家族を連れて他の国や大陸の外に亡命する手段もあったはずだ。だがお前は聖騎士という立場を捨てることすらせず、礼央様のそばで戦うことを選んだだろう」

「……職も何も捨てて全員で逃げれば助かるかもなんて、そんな楽観的な考えで家族の命を預かれるわけないだろ」

「礼央様がこちらに来る直前まで、お前は異世界からの聖女召喚に反対していた。家族のことだけを考えるなら、諸手を挙げて賛成する方が自然なはずだ」


 そう反論した瞬間、イーザックの表情から殺意にも近い激情が抜け落ちるのが分かった。イーザックがどれだけ否定しようとも、この事実は覆らない。


 家族が最優先という言葉に嘘はないだろう。だからといって、礼央様のことをただの異世界人、ましてや国のための道具として扱うつもりもないのだ。そう考えるくらいならば、異世界からの聖女召喚に反対したりはしない。


 上官に対し、「誰かから奪った家族に国を守らせて、それを家族に誇るのか」と訴えかけていたイーザックの言葉が離れず、罪悪感の裏返しから彼を揶揄する者もいるのだろう。


 畳み掛けるように、言葉をかける。慰めにも救いにもならない、ただの事実を。


「お前はお前が思うほど非情にはなれていない。いくら自分を悪人のように見せたところで、礼央様には見抜かれているぞ」


 現状を後ろめたく思っているのは、きっと彼自身も同じなのだ。召喚された聖女が、家族や友人など誰もおらず、人生をやり直したいと望む大人だったならば、まだ救いがあったかもしれない。


 だが実際に召喚されたのは、他にいくらでも大切なものがある少年だった。挙げ句の果てに、私たちは彼を戦争へと駆り出そうとしている。開戦の可能性を以前から知っていたであろうイーザックの内には、後悔や罪悪感などという言葉では言い表せない感情が渦巻いているはずだ。人の感情の機微を読み取ることは未だに不得手だが、ここまで付き合いが長くなれば、多少のことは察することができる。


 もはやここまで来てしまえばそれを隠すことはできないと思ったのか、イーザックは細くため息をつき、それからこう呟いた。


「……そんなこと見抜いて、何になるんだろうね」

「自分にとって信頼できる人間を見定めることができる。礼央様はお前が自分を最優先にできないことを知った上で、そんなお前を信頼しているんだろう。お前のそれはある種の誠実さだ」


 礼央様は自分が周囲からどう思われていて、自分がどう動くべきなのかを理解している。その上で彼は客観的に自分の立場を見つめ、主観的に周囲の状況を見つめて手を貸すのだ。


 それができるほど聡明で、しかしあまりにも若いからこそ、彼はいつでも危うい。


 そんな彼との間に、イーザックは線を引く。ここから先には立ち入るまいと、線が綻ぶたびに引き直す。そのたびに、境界線が礼央様に近付いていることには気付かないままで。


 イーザックはくしゃりと顔を歪め、乱雑に前髪を掻き上げた。それから、不条理を呪うような声で言う。


「──聖女様は本当に、こっちが嫌になるくらい聖女様だよね」


 それは一種の諦めで、覚悟でもあった。礼央様がいつまでも変わらないことを受け入れて、変わりゆく世界で彼と共に戦う覚悟。


 もうすぐそばまで迫った、戦争の足音。それが大陸全土を巻き込む大戦へ発展することを、このときの私たちは知る由もなかったのだった。


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要人の拉致に、同要人の目の前で暗殺に、同要人を……と、グラストニアは軍事大国というよりまるでならず者国家ですね。
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