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100話「白」

聖"女"として召喚されましたが、俺は"男"です!(聖女男)は、お陰様で100話に到達いたしました!ヒュ〜〜〜〜!!!!!!!!!!ドンパンドンパンイェーーーー!!!!!!!!!!!!!!!

読んでいただける方々のお陰でここまで続けられています。本当にありがとうございます!

引き続き地道に頑張っていきますので、これからも応援いただけると嬉しいです!


「荷物はこれで全部か?」

「フランツェスカがまだだ。子どもらに絡まれてる」

「荷台に積んでいけ」


 教会での静養期間も終わりを迎え、変わらない日常の足音が迫る朝。外に運んだ荷物を片っ端から馬車に積み込んでいき、あとはもう人が乗るだけになった。


 子どもたちのほとんどはフランさんとの別れを惜しんでいるため、俺たちの見送りに出てきてくれたのはウィルバートさんと、その他の教会関係者のみである。


 そうは言ってもシスターたちは聖女を前にすっかり恐縮してしまっているため、まともに挨拶してくれるのはそれこそウィルバートさんくらいだ。


「またいつでも遊びに来てちょうだいね」

「ありがとうございます。お世話になりました」


 この三日間、ウィルバートさんにはお世話になりっぱなしだった。食事の支度だけでなく、普段はなかなか確保できない自分の時間まで作ってもらえたのだから、ありがたいという言葉だけでは足りないほどである。


 社交辞令だとしても、こうして聖女の滞在を好意的に受け取ってもらえるというのは有り難い話だ。そんなことを思いながら礼を述べると、ウィルバートさんは何やら疑わしげな眼差しをこちらに向け、それから少し不満げに唇を尖らせてみせる。


「レオちゃん、今の社交辞令だと思ってるでしょ」

「えっ、いや、そんなことは……」


 手遅れと知りつつ慌てて否定すると、ウィルバートさんは仕方なさそうに笑ってこう続けた。


「そんなに礼儀正しくできるくらいなら、最初から敬語を使ってるわよ」


 思えば確かに、先代と友人関係にあったというウィルバートさんからすれば、聖女というものは気を遣うべき存在でもなければ、美辞麗句の応酬を繰り広げる相手でもないのだろう。


 ということは、今のは社交辞令でも何でもない、心からの言葉と受け取っていいのだろうか。


 聖女として生活していると、嘘と断ずるほどでもないものの、本気に捉えるべきではない言葉にいくつも遭遇する。そんな中、こうして純粋な好意を向けられるというのは稀で、嬉しいやら照れ臭いやら、そういう気持ちをどう伝えたものか分からず口籠もっていると、荷物を全て運び終えたかの確認をしていたらしいアンネさんが戻ってきた。


 当然のように俺の隣へやってきたアンネさんを見やり、ウィルバートさんは何かを言いかけて、口を噤む。それから不意に真剣な表情になったかと思うと、子どもに何か大切なことを教えるときのように、俺たちと目線を合わせてこう告げた。


「二人とも、よく聞いて。貴方たちは望まれてここにいる。たくさんの人が繋いだ願いの先に、貴方たちがいるのよ」


 二人だとか、貴方たちだとか、飛び出すのはどれも複数形。俺がそこに含まれている理由は分からないが、アンネさんがこう言われている理由は想像できる気がした。


 家族を失い、自分の望みも捨ててしまったアンネさんの中には、きっと未だに幼い頃の自分が蹲っている。手足を伸ばすことも、確かに愛されていた過去も忘れて、縮めた腕の中に刃を忍ばせ、自分に向け続ける小さなアンネさんが。


 ウィルバートさんは、何度もその腕を解こうと、刃を取り上げようとしてきたのだろう。そうしてそれが叶わないたび、祈るように語りかけてきた。ちょうど今、俺たちにしているように。


「何があってもそれは本当のこと。絶対に消えないわ。忘れないでちょうだいね」


 どこか苦しげな笑みを向けられ、アンネさんの代わりに、かけられた言葉を記憶に刻む。


 ウィルバートさんが俺にも声をかけてくれたのは、お披露目パーティーでグステルを助けられなかった俺に、幼い頃のアンネさんの影を見たからかもしれない。


 大切な人を失った彼とは違い、俺の方はそこまで深刻な事態に陥っているというわけではなく、せいぜい簡単には割り切れないという程度である。だがいつか、アンネさんのようにこの先ずっと自分を許せなくなる事態に遭遇しないとも限らない。そういうとき、ウィルバートさんのこの言葉は俺の助けになってくれるはずだ。


 今の俺を、そして未来の俺を救ってくれるかもしれない祈りに一度だけ頷いて、それから先ほど言い損ねた返事を口にする。


「三日間、お世話になりました。また来ますね」

「ええ、待ってるわ。体には気をつけてね」

「では師匠、次は年末年始に伺いますので」

「それより前に来てもいいのよ。それから、業務連絡以外に近況報告の手紙くらいはくれてもいいんじゃない?」

「報告すべき近況があればそのように」


 別れを惜しむウィルバートさんとは対照的に、アンネさんの受け答えはあまりにも淡白で、どうにかしてちょうだいと言いたげな顔がこちらに向けられた。


 俺が命令すれば毎日でも手紙を出すかもしれないが、ウィルバートさんもそれを見越して、言いつけではなく提案という形に留めたのだろう。あくまでアンネさん自身の意思で手紙を出させるとなると、一朝一夕では難しそうだ。


 仕方なく苦笑いで誤魔化し、簡単な挨拶を経て馬車へと乗り込んだ。荷運びを終えた馬車は程なくして走り出し、こちらに手を振るウィルバートさんや子どもたちの姿をみるみる小さくしてしまう。


 彼らの姿がすっかり見えなくなる頃、ようやく俺は馬車の窓から身を離し、座席に腰を落ち着けた。ウィルバートさんや教会の関係者が歓迎してくれる限り、交流を続けられたらと思う。


「ウィルバートさん、いい人でしたね。第一印象は結構強烈でしたけど、会えてよかったです」


 アンネさんの師匠だからではなく、心からの本音としてそう言うが、アンネさんは何やら神妙な面持ちで膝の上の拳を見つめるばかりだ。


「師匠と離れて寂しくなっちゃいました?」


 重たい空気に耐えかね、ついウィルバートさんを真似て茶化すように言うと、アンネさんは少し呆れたような顔で言う。


「私をいくつだと思っていらっしゃるのですか」

「イツキさんからすればアンネさんも子どもだそうですよ」


 イツキさんから見ても子どもなら、ベルさんやベラさん、シオンさんからすればもっと子どもだろう。俺が勝手に隔たりを感じているというだけで、実際には俺と彼の間に差などないのかもしれない。


 そんな意味合いで言うと、何故かアンネさんはまたも何か思い詰めたような顔で俺を見つめ、それから静かに目を伏せた。ほんの一瞬垣間見えた逡巡は、瞬き一つする間に何かを決心したような顔に変わっている。


「……礼央様に、お伝えしなければならないことがあります」


 やはり重苦しい声でそう切り出され、返事の代わりに背筋を伸ばす。話し始めてしまえば後には引けないと思ったのか、アンネさんは言い淀むこともなく、淡々と話を続けた。


「今回の礼央様の静養、魔法学校への潜入、お披露目パーティーの開催、聖騎士団関係者への復帰の呼びかけ、本来処分されるはずの者の残留などの様々な事柄には、礼央様にお伝えした以外にも、もう一つ別の経緯がありました」


 言いつつ、アンネさんは視線を下へ。どう説明すべきか悩んでいるようなその仕草に不穏なものを感じ、少しでも空気を明るくできないものかと窓の外へと目をやった瞬間、俺の視線は縫い止められたようにその一点から動けなくなった。


「それは、以前から持ち上がっていたある懸念に繋がるもので……」

「──アンネさん」


 声が震える。景色を切り取った窓の中央、割り込んだ異物は覆しようもなくそこにある。どうか、俺の見間違いであれと願いながら、声を絞り出した。


「……あれ、なんですか」


 それは黒い塔だった。大陸の中央、黒々と光るそれは、数日前に汚れの一つも知らぬ白を携えていたはずの、五色の塔。


 彼の答えを確かめようとアンネさんを振り返ると、ちょうど見計らったようなタイミングでアンネさんの魔具に連絡が入った。無言で連絡を受けたアンネさんの表情が、みるみる険しくなっていく。絶対に吉報ではないと知りつつも、尋ねずにはいられなかった。


「何かあったんですか?」


 今度の声は思いのほか冷静だった。次の瞬間には泣き叫んで取り乱している可能性も捨てきれない。だからこそ今は落ち着いていようという心理が働いたのだろうか。


 告げられた事実は、俺が思っているよりずっと重く、そして暗いもの。


「……グラストニア──いいえ、『亜人連合軍』が、ネロトリアに宣戦布告を行いました」


 耳馴染みのない言葉に、不安ばかりが募る。平和な日本ではいつまでも無縁でいられると、何の確証もなしに信じていられた。


 何度も何度も、突きつけられる。ここは日本ではない。世界一の平和はない。平和どころか、一番を保証する世界すらも姿を変えてしまったのだ。


 それでも俺は忘れてしまう。忘れている間、俺の世界は平和なままだから。耳を塞いでいる間は、世界は姿を変えていないと信じられるから。


 そんな無意味な信頼を両断するように、アンネさんの口はただ事実を紡ぐ。


「これよりユーデルヤード共和国、シノノメ国の二国は、グラストニア帝国と協定を結び、ネロトリア王国およびコルトリカ連邦共和国と敵対する形になったということです」


 いくつも出た国の名前は、この数ヶ月を経て、そこに暮らす人々と結びついている。浮かぶ顔の分だけ、横たわる事実が重みを増していくようだ。


「大陸にある国って、五つですよね。五分の三が敵に回ったってことですか? それに、宣戦布告って……」


 狼狽が声に乗るのを感じながら、俺はまだ悪い夢を見ているのだと言い聞かせる。そうだ、夢を見ている。現実の俺はまだ教会にいて、数分後に朝寝坊をしたことに気付くのだ。


 そうでなければ、そうでないのだとしたら、こんなものが、現実なんて。


 未だ、平和な空気をかき集めるように走る思考を、アンネさんの声が断ち切った。


「──開戦です」


 俺にとっては、この一言が始まり。


 大陸全土を巻き込み勃発した、亜人と人間による戦争──後に「大陸亜人戦争」と呼ばれる大戦が幕を開けた瞬間だった。


次章「亜人戦争編」準備のため、しばらく更新を休止いたします。更新再開までお待ちください!

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