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97「転ばぬ先の」前編

新章「帰省編」開幕です!

待っていてくださった方、ありがとうございます!引き続き楽しんでいただければ幸いです!


 医者からは本当に、本当に本気の大目玉を食らった。


「一日に二回も魔力を切らす馬鹿があるかっ! どんな冗談だ! 長らく医者をやっているがこんな大馬鹿は見たことがないっ!」


 医者曰く、魔力欠乏というものは体に相当な負担をかけるものらしい。俺がこちらに来たばかりの頃、魔力を全放出して倒れたときには、完全に回復するまで数日を要した。それを今回はギリギリのところで魔力を補給して無理やり瞬時に回復させた上、すぐ空にしたのだから、ただ倒れるだけで済まないのは当たり前なのだそうだ。


「大体、聖女ってのは常人よりも魔力の器は大きいはずだ! どうやったらそれを枯らせる! あ? 異世界人? 知るかそんなことは!」


 俺はグステルに向けて回復魔法を放った瞬間に魔力を使い果たし、前回の魔力切れから回復し切っていない体にさらなる負担をかけた。その結果があの大量出血であり、魔力欠乏と貧血のダブルコンボにやられた俺は今、めでたくベッドに放り込まれている。


「体には触るなだと? 何度も言わなくても分かる。前回こいつが熱出したときにも言ってただろうが。……お前らはこんな餓鬼に何やらせてんだ。これだから気に食わないんだよ」


 医者は吐き捨てるように言うが、イーザックさんもフランさんも、俺が事件の捜査や魔物の討伐に関わることがないように散々忠告してくれていた。それを無視して突っ走ったのは俺の判断であり、彼らに非はない。


 頭ではそんな反論が浮かんでも、俺の口からそれが飛び出すことはなかった。


 体が動かないのだ。指一本持ち上げられず、声も出せない。薄く開けた目から、すぐそばにアンネさんがいることは認識できたが、それ以外は声を拾うことでこの場に誰がいるのかを想像することしかできなかった。


「最低でも一週間は公務も何も全て休ませろ。魔法は絶対に使わせるな。結界もだ。十年できたことが今さらできないなんて言わせないからな」


 お披露目パーティーの翌日は、医者の怒号と、重たい体から出る抗えない眠気を浴びるだけで過ぎていった。


 腕を持ち上げられるようになったのは、お披露目パーティーの二日が経った頃である。一言二言、呻き声めいたものを出すのが限界だったが、声も出せるようになったため、その辺りで俺が倒れた後のことを聞くことができた。


 大量の鼻血を出して倒れた俺を助けてくれたのは、影属性の精霊だったそうだ。影のお陰で、俺は魔力欠乏の状態から多少なり回復できたのだという。次に会うときはお礼を言わなければと思いながら、その日もほとんどを眠って過ごした。


 お披露目パーティーから三日後は、寝返りを打てるほどには回復した。頭痛と吐き気がひどいせいで、その日も一日ベッドで過ごすことにはなったが。


 お披露目パーティーから四日後は、多少自由に体を動かせるようになってきて、起き上がる程度はできるようになってきた。


 依然として体のだるさは抜けず、頭もすぐさま気絶させてほしいくらいには痛んだが、口から食べ物を食べられるようになったのは大きかった。転移魔法で胃袋に直接食べ物を送られるというのは、かなり変な感覚なのだ。


 お披露目パーティーから五日後、何かに掴まれば立って歩けるようになった俺は、数日ぶりに自分で風呂に入った。


 それまではフランさんの水属性魔法とイーザックさんの風属性魔法で体を洗っていたのだが、そのやり方はかなりくすぐったいので、動けるようになった日にまずやりたいことというのが一人での入浴だったのだ。


 アリーと魔具で連絡を取ったのもその辺りである。聞くところによると、帰り際に何やら慌ただしい様子の聖騎士たちを目撃したルイスさんは、状況確認のため聖騎士の制止を振り切って城に侵入、アリーも追いかける形で彼に続き、血塗れの俺を目撃したらしい。


 そうとは知らずに連絡を取った俺は、アリーからもありがたいお説教を受ける羽目になった。


 お披露目パーティーから六日後、その頃にはかなり普段通りのコンディションに戻ってはいたものの、ドクターストップがかかったこともあり、そろそろ結界を張ってみようかと提案した瞬間、アンネさん、イーザックさん、フランさんから三人がかりで止められた。


 魔力回復のために祈りを捧げたり、影から魔力を受け取ったりはしていたが、次に魔法が使える日というのは遠そうだ。


 お披露目パーティーから七日後、医者から言いつけられた一週間が経過した。


 次の公務についてはまだ知らされていないが、察するにまずは結界の張り直しから始まるのだろう。一週間のブランクを経て、俺の魔法が一体どのようなことになっているのか、知るのは少し怖い。以前よりも攻撃的になっていないといいのだが、などと考えていたところで、控えめなノックと共にアンネさんがやってきた。


「お加減はいかがですか」

「もうすっかりいつも通りですよ。一週間ずっとベッドの上で、体が鈍ったくらいです」

「それだけの状態だったということですよ」


 元気をアピールしようと思い力こぶを見せると、何とも言えない笑みを返された。アンネさんはそのまま自然な流れでベッド脇の椅子へ腰を下ろす。彼はこの一週間、幼児化という枷がなくとも俺のそばにいてくれた。ベッドの脇に置かれた椅子はすっかりアンネさんの固定席になってしまっている。


「ですが、かなり回復されたようで安心しました。この様子であれば、問題はないでしょう」

「次の公務の話ですか?」

「いえ、近いうちに師匠の元へ帰ろうかと思っているのです」


 思わぬ一言に、沈黙のみが彼の言葉に応じた。問題ないというのは、つまりは俺の看病が不要になったということで、つまりはアンネさんの手が離れても問題ないということで、つまりはつまり、こういうことになる。


「…………『実家に帰ります』?」

「実家としていいものかは分かりませんが、そうなるでしょうか」


 アンネさんの師匠は、アンネさんの両親が亡くなった際に彼を引き取り、ここまで立派に育て上げた、まさに育ての親に当たる人だ。アンネさんは歴とした大人とはいえ、さすがにここ最近の状況を知れば地元へ帰るようにと言われてしまうのも仕方がないことである。


「そ……そうですよね。今回、あんなことになったわけですし……戻ってこいって言われるのも無理はないっていうか……」


 無理やり納得の言葉を引っ張り出すが、言葉は次第に沈み込み、ベッドの上で握りしめた拳に落ちていく。


 今生の別れでもなし、むしろアンネさんが毒を飲んだり、魔物や亜人と戦って怪我をしたり、そういうことがなくなるというなら、俺にとっても喜ばしいことだ。


 そうだ、歓迎すべきことなのだ。元より他人の俺が口を出せることではない。傷ついてほしくないなら、死んでほしくないなら、遠ざけるのが最善ではないか。分かっていても、俺がいつまでもその選択肢を遠ざけていただけで。


 これ以上何を言えばいいのか分からず、アンネさんの言葉を待っていると、不意に扉が開き、イーザックさんがやってきた。重たい空気を見たイーザックさんは一瞬で何かを察したらしく、責めるような目でアンネさんを見やる。


「……フィル、説明」

「師匠の元に帰るとお伝えした」

「だから説明……ちゃんと全部話したの? どうせ今言ったことしか伝えてないんでしょ。ウィルバート氏のところにいつからいつまで、誰と帰るのかは伝えたの?」


 まるでアンネさんが実家に帰るのが限られた期間であるかのような物言いに、希望が差し込むのを感じて顔を上げる。するとアンネさんは俺の勘違いにたった今気付いたという顔で説明を付け加えた。


「明後日から数えて三日間、礼央様や護衛の者たちと共に師匠の元を訪れようかと思っておりました。本日はお医者様の診察がありますので、その際に公務再開の許可と併せて、外出の許可をいただく予定です。師匠はかねてより礼央様にお会いしたいと申しておりました。いい機会ですので、静養も兼ねて公務から離れた環境に身を置いてもいいのではないかと」


 アンネさんが何やらありがたい申し出をしてくれているような気がするものの、話し終える頃には体から力が抜けてしまって、頭を枕に埋めながらため息をこぼす。


「聖騎士、辞めるのかと思いましたよ……」

「何故そうなるのですか?」

「君の説明が足りてないせいだよ」


 心底不思議そうなアンネさんを見て呆れた様子のイーザックさんは、手本を示すように明後日以降の詳細について説明を始めた。


「今回、僕は同行しませんけど、フランツェスカだとかメイドさんだとか、できるだけ聖女様に近しい者を同行させます。休暇だと思って、ゆっくり羽を休めてくださいね〜」

「フィリップさんの師匠……ウィルバートさんでしたっけ。どんな人なんですか?」

「師匠は元聖騎士で、かつては実働部隊の隊長も務めていた方です。公務中の負傷が原因で聖騎士団を去って以来、王都郊外にある教会を管理しています」


 不意に馴染みのある単語が飛び出してきたことで、思わず目を丸くする。


 俺自身はクリスマスを祝った数週間後に初詣で神社に行くタイプの典型的な日本人だったが、母は自分の国の宗教を信仰していた。俺にそれを強いることこそなかったものの、何度か母についていく形で教会を訪れたことがあったのだ。


「この世界にも教会があるんですね」


「ええ。聖女は神に最も近い立場にありますので、神への祈りを捧げるための窓口と認識されてしまうことも多くあります。それによって聖女の役目が妨げられることがないように、国民が神へ祈りを捧げる場所として作られたのが教会なのです」


 アンネさんの説明を聞く限り、教会という施設そのものの存在は同じでも、その趣旨は元の世界と異なるらしい。こちらの世界の教会は、神に祈りを捧げる場所を分散させるための一地点という意味合いが強いようだ。


「聖女が神様に頼み事を聞いてもらうための足がかりにされないために、別の窓口として作られたのが教会なんですよね。そこにわたしが行くのって、教会の目的に反してませんか?」

「その点は心配いりませんよ〜。教会は聖職者によって管理され、神へ通じる玄関口のような役割を持ちますけど、それでも神への距離でいえば聖女様ほどの強い印象はありません。教会に聖女様が赴くことで、教会の価値も高まるので、結果的に聖女様経由で神に祈りを捧げようとする人を減らせるんですよ〜」


 イーザックさんの話は少々難解だったが、要するに神から存在を認識されている俺が行くことで、神の目がその教会に向けられるという感覚らしい。その地の出身であったり、名前と地名が同じという理由でご当地クッキーやら何やらを作られるアスリートの気分だが、何にせよこちらに害が及ばないなら構うことはないだろう。


「そういうわけなので、今日明日はちゃんと体を休めてください。間違っても結界を張り直そうなんて考えないように。そちらは僕たちでどうとでもしますから」

「どうとでもって、隣にはグラストニアがあるじゃないですか。前に張った結界だってそろそろ補強しないと」

「補強くらいなら僕たちでどうにかします。聖女様の結界は強力ですから、一週間そこらで綻びたりしませんよ〜」


 イーザックさんが言うように、結界の強度を疑っているわけではない。しかし以前グラストニアに連れて行かれたときには、体調不良があったとはいえ、俺の結界は容易く破られてしまったのだ。さすがのグラストニアも直接侵攻を試みる気配はないようだが、それでも懸念は拭えない。


 俺の不安げな顔を見たイーザックさんは、懸念を残したままでは静養にも差し支えるとでも考えたらしく、ため息をついてからこう付け加えた。


「……心配なら、お医者様がいる場で張り直してください。許可が降りなければそれもなしですからね」

「分かってます。ちょっとしたリハビリ……回復後の準備運動みたいなものですよ」


 結界ならば多少強くても問題はないだろうという意味合いで言うと、アンネさんとイーザックさんからは俺よりも不安げな顔が返ってくる。それが果たして俺の体調を案じてのものなのか、それとも結界に触れて黒焦げになる荷物の増加を案じてのものなのかは、考えないことにした。


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