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11話「決壊」


「おはよ~。三週間ぶり」


 馴れ馴れしい挨拶に振り返れば、そこには騎士学校時代から知っている深緑色の頭が揺れていた。彼とは何かというとよく顔を合わせていたが、確かに言われてみればここ最近はまともに会っていなかった気がする。


「どこか行っていたのか?」

「うわ冷たい。三週間ぶりに会った友達に対する対応とは思えないねぇ。ちょっと隣国関連の調査に行ってた。近頃やけに静かだからね」


 周囲を他国に囲まれたところにあるネロトリア王国において、隣国と呼ばれる国はいくつかあるが、わざわざ調査に赴く必要がある国といえばグラストニア帝国だろう。たびたび領土拡大のため他国へ戦争を仕掛けている軍事国家であり、近頃も遠方の小さな島を占領したことが問題となっていた。


 そのような危険な国ということもあり、こうして定期的に調査員を送り込んでは不審な動きがないかを確かめてはいるのだが、軍ではなく聖騎士が調査員として派遣されていたということは、聖女関連の問題に繋がりそうな気配があったということなのだろうか。


「何か気になる動きでも?」

「今のところはいっそ不気味なくらいに何もないけど、向こうの国は聖女が生まれにくいし、召喚したてのうちの国に何かちょっかいかけてくるんじゃないかって。まだ調査の段階だから何とも言えないけど、何かあれば伝えるよ」


 魔導師としてはかなりの腕であるイーザックとしても、そんな隣国の調査は疲れると見えて、早々にそう締め括ってから次の話題へと移った。


「それより聖女様、最近どう?」

「今のところは問題なくやれている。結界の強度についても申し分なし、作物も……少し育ちすぎるところはあるが、国民からも喜ばれているよ」

「やっぱりあの嘘みたいに成長した野菜って僕の幻覚じゃなかったんだ~。疲れすぎて白昼夢でも見たのかと思ったよ。あの聖女様なら納得だけど、魔力制御に関しては相変わらずみたいだね」


 先日のコインといい、野菜といい、やはり向こうの世界になかったものを制御するというのはそれなりに難しいらしく、魔力制御に関しては上達する気配がない。元の魔力量の上限が常人のそれとはかけ離れているということも関係しているのだろうか。


「まぁでも、変わってないところもあるみたいで安心したかな。最近じゃすっかり聖女様らしくなってきたから、前の話しやすい感じが懐かしくて」


 言われてみれば確かに、以前よりも形式的な物言いをすることが増えたような気がする。来たばかりの頃はもう少し砕けた話し方をしていたはずだというのに、今ではどこの国の聖女よりも聖女らしくなってしまった。


 こちらに来て一か月が経つとはいえ、それほどの短期間で別人のような話し方というものは身につくものなのだろうか。向こうの世界でも聖女をしていたわけではないどころか、性別さえも向こうの世界とは違ったものを自称しているというのに。


「…………」

「何、心配事?」

「いや、最近少しお疲れのようだから、少し気分転換になるものをと思っているんだが、具体案が思い浮かばないんだ。何かないか?」


 食事の誘いは断られ、好きな食べ物についても結局聞きそびれてしまった。こちらで何か考えようにも、思えばレオ様の好きなものや嫌いなものについて何一つ知らないままここまで来てしまっている。


 イーザックならば或いは何か知っているのではと思ったのだが、返ってきたのは期待通りとは言い難い言葉。


「向こうの世界から来たんじゃ気分転換の方法だって違うかもしれないし、本人に聞いてみるのが一番だと思うけど、疲れてるならそう言ってくるんじゃないの? フィルには特に懐いてるみたいだしさ」

「犬猫とは違うんだぞ。それに好かれてもいない」


 唯一嘘をつく必要のない相手ということであれば、私以上に話しやすい人間はいないかもしれないが、それ以外となるとわざわざ私に打ち明ける理由はないだろう。好かれているなどもってのほかだと思い否定すると、イーザックは思いのほか真面目な声色で言った。


「好かれてるかどうかは置いておくとしても、こっちに来て一番付き合いが長いのは君だろ? 君以外の誰を頼れって言うのさ」

「……最近は他の聖騎士と話している姿も目にするぞ」

「じゃあ聞くけど、他の聖騎士と話すとき、僕や君にしたみたいな話し方はしてるのかい?」


 鋭い指摘に思わず言い淀みながら記憶を辿ってみるが、確かに私やイーザックの前以外で砕けた物言いをしているところを見た覚えはなく、それどころか最近は私の前でさえも聖女然とした話し方しかしなくなっていた気がする。


「君は自分にも他人にも無頓着だから、何かと細かい変化を見逃しがちだけど、そんな君でも気付くくらい疲れているように見えたんだろう? 聖女様にとって、ここは元居た世界とは違う場所。家族も友達もいない、当たり前だと思っていた常識もない。一か月と少しで詰め込める知識には限りがあるし、あの方にとってのこの世界は、まだまだ知らないことばかりのはずだ」


 忘れていたわけではない。だがこの一か月の中で一度たりとも元の世界が恋しいという趣旨の言葉を口にする様子がなかったのをいいことに、もしや元の世界への執着が薄いのではないかという希望的観測を抱いていたことは事実だ。


 自分や他人への関心が人より薄いらしい私の判断はあてにならない上に、たとえ元の世界に対して何の未練もなかったとしても、それは彼が異世界での生活に何の不安も抱かないという理由にはならないのだと、イーザックのその言葉で思い知らされた気がした。


「……そんな世界を一人で迷いなく歩くには、あの方はあまりにも幼すぎるよ」


 異なる世界から呼ばれたあの方が今、何を思い何に悩んでいるのか、別の世界を知らない私には知る由もないが、それでもそんな察しの悪い私から見ても、彼の表情に疲労の色が見えたことは紛れもない事実だ。


 私の数少ない友人からもそのことを指摘された今、放っておくという選択肢はもう存在しなかった。


「……そうだな。認識が甘かった。今日にでもまた食事に誘ってみるよ」

「またって、もしかして何回か振られてるとか?」

「そのまさかだ。昨日も食事に誘ったが断わられた」

「へぇ、珍しい。君、女性にはモテる方なのに」


 仮にも女としては少し複雑な上に、今回の相手は男性だ。レオ様は未だ私のことを男と思っているようであるし、同性から誘われたところで嬉しくないのだろうか。


 聖騎士にも女性はいるが、別の仕事があるとかで近頃は顔を合わせる機会すら減っており、そもそもレオ様と面識があるかどうかさえも分からないとなると、他の案を考えるほかないだろう。


 イーザックの言うように、直接本人に尋ねた方が早いことは明白だが、尋ねたところで答えてもらえるかどうかは微妙なところだ。先日のように断られる前にこちらから何か提案したいところだと思案していると、前方から何やら切羽詰まったような声が聞こえてくる。


 顔を上げると、そこにいたのはレオ様の身の回りの世話を担当している使用人だった。確か名前は、ハナといっただろうか。


 彼女がいるのはレオ様の部屋の前。様子からして何か問題が起こったらしい。


「何かあったのですか?」

「アインホルン様……」


 ただならぬ気配を感じて声をかけると、ハナさんは不安げな目で我々を見つめたのち、動揺しながらもはっきりとした口調で状況を報告した。


「支度をするお時間になっても、聖女様が出ていらっしゃらないんです!」


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