妄想の帝国 その38 センキョイメージ番組放送30分前
選挙の候補者たちが出演する番組での裏話、スタッフの身も蓋もない会話の内容は…
「あと30分だ、カメラ位置大丈夫だな!」
とあるテレビスタジオ、番組本番に向けて走り回るコヤベシ。
「はい、オーケーです。出演者、全員ばっちり映ってます。個々人のアップもよし、皮膚表面の汚れまで…、ああ、ちょっとリハーサルだからって動かないで!どうせアンタらの毛穴なんて映んないよ、本番は政治家さんたちなんだから!」
リハーサル要員として駆り出されたタレントの卵たちは少し不服そうだが、エライ政治家の代役として、ふんぞりかえったり、スーツの襟をただしてみたり、まんざらでもなさそうである。
「よし、今回の選挙の盛り上げにもかかわるんだからな。他の局、ネットテレビなんぞに負けてられるか。政治家の先生方のプロフィールとか、趣味とかの情報は間違いないだろうな」
「はいコヤベシさん、本人はもちろん、ご家族の出身校、ペットの種類までばっちりです、しっかし、政治家のペットなんて、選挙に関係ない気がするんですけど…」
「何言ってんだ、スシザキ!同じ種類のペットなら親近感がわくだろうが、“何々首相の飼ってるワンちゃんと、うちのワンちゃんと同じ種類だわー”って支援者が増えることがあるんだ!」
「ペットが同じだから政治的意見とか、利害関係とかが同じってわけじゃないでしょうに」
「いいんだよ、テレビ好き、ネット好きの庶民はよ。ぶっちゃけ、イメージがよければいいんだよ。ホットケーキ好きとか、タピオカに凝ってますとかさ、身近に感じられる印象ってのが大事なの」
「ホットケーキ好きったって億ション住んでる大金持ちでしょ。中央の世襲政治家でないったって、地方の名士とか実業家の子弟とかさ、皆さん庶民ってのには程遠いでしょうに」
「まあ、あのオッサンらがアルバイトしつつ、国公立大学必死で受験とか、奨学金返済で苦労したってのはないだろうな。親の介護で離職して親が死んだら再就職もままならず孤独死なんてこともねえよ」
「結構聞きますよね、そういう話。ニュースにもなってるじゃないですか。そういう問題に真剣に取り組んでくれるんですかねえ。庶民の生活をちゃんとよくしてくれる人とかが首相とかになってほしいんですけど」
「そりゃお前のいうとおりかもしれないよ。けどなスシザキ、肝心の庶民てのが、そういうの選ばねえの。キラキラでカッコイイ、親しみやすーいイメージがお好きなの」
「まあ、そうかもしれませんね。だいたいネットの情報とか、誰がいってるのかわかんない話でも鵜呑みにして裏なんてとりませんし」
「そ、良いイメージも悪いイメージも拡散してしまえばいいってわけ。誤った情報訂正する場合もあるけど、間違った話いつまでも言ってるバカいるじゃねーか、ツジボン議員なんてそういうのばっかり、女傑はつれえな。オッサンどもの醜い嫉妬の的にされてよ」
「まあ、出鱈目の汚職話で散々叩かれてましたよね。本物の汚職政治家は金でやとわれてSNSに擁護する書き込みしたりする奴がいっぱいいるから、皆騙されて納得しちゃうんですよね」
「ああいうのもちょっと考えればオカシイ、辻褄が合わないってわかるのに、屁理屈やら矛盾だらけでも“俺が真実”みたいに言っちゃう奴を信じるんだよ、庶民様はよ」
コヤベシがため息をつくのを見て、スシザキはふと以前聞いた話を思い出した。
「あの、コヤベシさん、昔ドキュメントとか本気で作ってたそうですけど…」
「だからよ、いくら真実の追及ってのをやっても、食いついて続報とか期待するのは一部の奴等だけなの。大半は、わが国のここがスゴーイとか、次に流行するグルメがー、なんとか大会でニホン選手優勝とかを観たいの。下手したら何とか賞受賞したナニナニ国の人はニホン大好き、和食がお好みって情報を流すだけで喜ぶの」
「苦労して裏取って正しい情報流しても反応は薄いうえ、下手すりゃ上に睨まれる。それなら、いい加減でも視聴者の喜ぶのを流してた方が楽ですよね、予算もかける時間も少なくて済むし」
「そうなのよ。だいたい真面目であるはずの政治記者とかが政府の丸投げ情報を鵜呑みにして記事モドキにするだけで、読んでもらえるんだからさ。俺たち番組、バラエティと紙一重の情報番組なんて、それ以下でもほとんどの視聴者が気になんかしやしないさ」
「質の低い記事読まされたことを新聞社に抗議するとか、新聞購読やめるとか、新聞社にクレームがワンサカ入れば別でしょうけど。ニホンの庶民は当面の生活に影響がなけりゃ気にしないんですよねえ」
「そうなのよ、ホントは政治家の決定ってのが直に生活に影響するから、それがどういう意図が裏にあったのかとか、具体的に何が起こるのか、利権や依怙贔屓がないかってのをチェックしなきゃいけないんだろうけどさ。調べて考えるのが嫌なんだろ、大衆ってやつは。少し賢くなれば、もっと充実した生活が送れるってのに、目の前の菓子パンに食らいついちゃうんだよ、添加物、保存剤がたっぷりはいった生活習慣病になりそうなやつによ」
「で、おいしくて健康的なフルコースを逃しちゃうわけですか。そういうのは一部のお偉いさんとつるんだダケナカとか金持ち連中だけが食べちゃう。それでいいんですかねえ、ホントに」
「いいも何も、市民、庶民、大衆。呼び方はいろいろだけど、そういう連中の大半がきちんと考えて自分や家族、子や孫の生活や環境をよくする努力しないとだめだってことだろ。フワフワなイメージで固めた政治家の裏を見抜いて闘う覚悟ってのがないとどうしようもないさ」
「それで俺たちもイメージ戦略の片棒をかつぐわけですか、はあ」
「しょうがないだろ、俺たちにも生活があるわけだし、馘になりたくないだろ。まあ、原稿を棒読みしているシーンとかを、さりげなく映すぐらいのことはやってもいいかもしれないが」
「仮面が外れた一瞬の冷徹無慈悲な表情をカメラはとらえたとか、ですか」
「いいねえ、そのフレーズ。ま、実際はアホな言動がバレたってのが多そうだけどな、おっともうすぐ時間だ、政治家さんたちがご到着になるぞ」
「じゃ、代役は下がってもらって、準備しますか」
コヤベシとスシザキはそれぞれの持ち場につき、首相候補の政治家たちの到着を待った。
どこぞの国でもトップを決める選挙モドキがあったようですが、密室、一部にしかできない投票、マスコミの苦労人だの、何々好きだのの報道。そして原稿棒読み疑惑の方がトップになったようで。いや、ほんとにそんな国が民主主義っていうんでしょうかねえ、いやデモクラシーの翻訳を150年前から間違えたままなんでしょう、たぶん。