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平将門公異聞

『こんにちは、ノムーラはん』外伝~夏のホラー兜駅平将門奇譚

作者: すのへ

「ノムーラはん、こんにちは。おや、お出かけでっか」

「モルーカスはん、こんにちは。ちょうどええとこへ。ちょち、つきおうてんか」

「へ? どこ行きまんの。また個人だまくらかし勧誘でっか」

「ちゃう。上からのお達しでな、下見に行くんや。倉庫の」

「倉庫でっか。そんなもん、三井やら三菱に頼めばよろしがな」

「そんなたいそうなもん預けるんやないんや。流通もせんし」

「なにを入れるんでっか」

「株やがな。個人がぶん投げた塩漬け株、板に放置やん。それが腐って悪臭が」

「そんなもん穴掘って埋めときゃ済みまんがな。わざわざ倉庫なんか」

「いや、それが。個人の怨恨が詰まった株やから、無下むげにもでけんて」

「わかりま。恨みは恐ろしいでっからな。くわばら桑原」


ト、てくてく二人が向かう先は、表の大通りから二つ三つ入った路地である。賑やかで華やかな雰囲気は一転、放置され荒れ果てた板が軒をつらね、よもぎやドクダミが生え散らかし、蔓草が板をがんじがらめに覆い尽くしていた。


「なんでっか、ここ。二部板のはずれも外れの僻地でんがな。こんなとこに倉庫なんか」

「いまはまだ倉庫やない。リフォームするんや。ほら、あれや」

「え。あ、あれは」


ト、モルーカスが見上げた先には、形こそ円筒と長方形を組み合わせたオーソドックスなつくりながら、贅沢なレンガの外壁やドーム型の天井が目を引くモダンな建物が立っていた。中央のドームは兜鉢かぶとはちを、左右の斜めになった円筒はくるりとめくれ上がった吹返ふきかえしを、つまり武将の兜のかたちを現している。


「ここって、かぶと駅でんがな。廃駅なって以来、久しぶりやわ」

「わても廃線以来、来たことなかったけど、あまり変わってないな」

「管理が行き届いてま。鉄オタのボラでも来てるんでっしゃろか」

「上からの話では、ほったらかしやから気ィつけぃ言われたけど」

「このヘルメットもいりまへんで。でも、いちおうかぶりまひょか」


ト二人は太い鎖の鍵や門扉のカギを開け、ぐぁぐぁぐぁと軋む戸をひらいて駅舎の中へ入った。高い丸天井の窓から日が降りそそぎ、舞い上がるほこりがきらきらと光った。ほこりはきらめいて浮遊し、やがてそろそろと降りてくる。ほこりや塵は、昔日の面影をのこす太い柱にまとわりついたり、ゆうゆうと宙空をさまよったのち、柱を取り巻くベンチやリノリウムの床に降り積もっている。


「げほ。ごほ。へっくしょい!」

「わ。マスク、マスク」

「だいじょうぶや。ここ、以前のまんまやな」

「時計もかかったままやし。動いてぇへんけど」

「これなら、このまま倉庫に転用でけるな。ふんふん」

「そうじして、ベンチやら除ければイけまっせ」

「せやな。この柱の周りのベンチ取っ払って」


ト二人が太い柱に歩み寄ると、なにか気配があった。おや、とモルーカスがのぞき込むと、目がふたつ、じっとこちらを見ていた。思わず背筋に冷たいものが走る。


「(げ)」

「うん? どないした、モルーカスはん」

「そこ、そこそこそこォ!」

「なにをそないにびくびくと。え? だれかいるて。ここ立入禁止やでェ」


ト言いながらノムーラは、モルーカスが指さす柱の陰をのぞき込む。ベンチにはだれもいなかったが、ふわりとほこりが、小さな渦を巻いて立ち上っていた。


「だれも居らんでぇ」

「え。そんなバナナ」

「ここボケるとこちゃう」

「へ? あ、すんまへん。つい。けど、おかしいな」


トもういちどモルーカスが柱の向こうをのぞき込むと、やはり宙空に目が二つギラリと、人の形をした影のなかにくっきりと光った。「わ」と叫ぶやモルーカスは腰がぬけ、へなへなと尻もちをついた。


「なにしてんの。モルーカスはん、疲れてるんちゃうかァ」


ト言うなり、ノムーラはさっさと改札へ向かって歩きだした。駅舎だけでなくホームも使えそうか検分してくるよう上から言われているのだ。ホームは地下にある。もちろん電車の運行はない。廃駅と同時に迂回路は閉鎖され、本線通行に戻ったからだ。


「待ってぇな、ノムーラはん。おかしィな。たしかに目ェが二つ。あ、待ってェな」


ト二人は改札を通って地下への階段を降りていく。照明は手にした懐中電灯とヘルメットに装着したLED電灯だけである。交錯する光の輪のなかに階段が浮かび上がる。


「こんなとこまで倉庫に使うんでっか」

「この先のホームな。線路とこ埋めて隅々まで有効活用しよ言うんや」

「ふ~ん。ま、温度が一定やろから保存にはええんでっしゃろ」

「せやで。いかに塩漬けやいうても温度によっては腐るからな」


ト二人はホームに降り立ち、懐中電灯を頼りにそろそろと歩みをすすめる。真っ暗な闇がいっそう深みを増し、空間の感覚が怪しくなる。そこへぽとりと水のしずくが落ち、モルーカスの背中を襲う。


「ひ」

「どないしたん。おどかさんといてや」

「いや水が、たぶん水が。雨水か地下水、もれてま」

「どれどれ。ほんまや。そこ、水たまりになってるわ」

「これ、ほんまに水でっか。どす黒く見えまっせ。血ぃやないでっしゃろな」

「あほ言いな。なんぼテーマがホラーやから言うて、こんなとこに血だまりなんぞ」


ノムーラが靴で突っつくと、べとり、ぬらりと靴底に感触があって、気味の悪さにあわてて床にこすりつける。鉄のようなにおいが鼻をつく。


「あかん! 血ィのにおいや」


トふと天井をライトで照らすと、そこには無数の目が光ってこちらを見下ろしていた。


「ぎゃ」


モルーカスが叫ぶのと同時に音もなく光る目が飛び交いはじめた。


「わ。わあああ、て。あれ」

「なんや、コウモリやん。脅かすない。」

「糞尿でっか、これ。わぁ、ばっちいなぁ。駆除せんとあきまへんで」


二人はやれやれと安堵して検分に戻る。ホームの奥へ向かうほど闇は濃くなって、呑まれそうな圧力があった。耳にふわりと風を感じてノムーラはぞぞぞと身震いをする。


「ここヤバいんちゃう。へんな空気っちゅうか、血生臭いでェ」

「ノムーラはん。あんさんも知ってまっしゃろ。この駅、自殺の名所なってたの」

「え。ああ。まぁな。知ってるわい。廃駅になった一因やし」

「わてら外資が空売り三昧、それで大暴落すると決まってここへ飛び込むヤツが」

「樹海行きのバスが待てんのな。衝動もあるやろし、連鎖もあった」


ノムーラは電灯の光を線路のほうに向ける。気のせいか、ちょうどそこには黒っぽい塊が点々と落ちていた。まさか拾い忘れられた内臓の一片では。ノムーラは痛ましい連想に頭を振る。


「そのうち株に関係ないやつまで来て、飛び込み動画もアップされるに至って」

「警備員増やそうが、白色ブルーLED設置しようが、焼け石に水やったな」

「SNSで申し合わせて集団で事に及ぶに至り、これはいかんと当局と営団が相談して」

「廃線に廃駅、決めよった。でもってお祓い済ませて封鎖したんや」


それでも『出る』という噂は後を絶たず、それどころか官憲まで出張って来たことでますます箔がつき、自殺志願者の聖地になってしまった。電車が来ないので飛び込みではなく、ロープや薬、刃物を持参してそれぞれのスタイルでこの世にケリつけて逝った。


「いろんな事情あるやろから気の毒やけど、迷惑な話にはかわりありまへん」

「ほんに。せやから、このままにしとくより倉庫でもなんでも使うたほうがええんや」


ト二人が話していると、遠くで声がした。おやと耳をかたむけると声はいっきょに近づき、闇のなかから群衆が押し寄せる気配がした。はっとしてホームの入り口あたりを見ると、どどどどと地鳴りがして、怒気がみなぎる集団が突進してきた。


 「お、ノムーラとモルーカスがいるぞ!」

 「空売り外道だ! つかまえろ」

 「こいつら道連れに冥土の旅と洒落込もうじゃねえか」


「わ。なんや!」

「へんなヤツら来まっせ。逃げまひょ」

「ここ入られへんはずや。あいつら、ひょっとして」

「亡者とかお化けのたぐいでっしゃろか」


 「電車が来るぞ! 追い込め!」

 「飛べえええええ」


廃線なので電車が来るはずはない。当たりまえである。ところが前方の暗闇から一条の光がほとばしり、あっという間にホームに入ってきた。走りながらノムーラもモルーカスも声を失う。とっさに頭に浮かんだのは、これはすべて幻のまやかしではないかということだ。


「おかしいやん。だれも居らんはずやのに」

「だいたい電車が怪しおま。線路、塞がってまっせ」

「よっしゃ。止まろ」

「ほい。と。あ、わああああああ」

「ぎゃ。ぐああああああ」


ト二人は追いついた群衆に腕をつかまれ、足を引きずられ、拉致されていく。向かう先には電車が轟音とともに迫って来ていた。ホームに入ってもスピードはゆるめていない。停車しないらしい。


 「行くぞぉおおおお!」

 「さらば!」


ト集団はノムーラとモルーカスを担ぎ上げてそのままの勢いで線路へダイブする。警笛が耳をつんざき、ギイイイィーーとブレーキが炸裂した。


「わあああああああ」

「ぎゃあああああああ」


骨がきしる音がした。あらがえない力を前に無力である身をつくづく呪って轢死れきしする覚悟を決めた。意識が遠のいていく。痛みはあったのか、よくわからない。意識が飛んでいたのかもしれない。願わくば五体がそろっていますように。そう思うと体の力がぬけた。同時にふっと意識がとぎれた。


「ううううう」

「痛ててててててて」


トうめく二人は、体と体がたがいにめり込むほど凝集した集団のまっただ中にいた。どこが体やら手やら足やら頭やら、詰め込まれたなかでゴトンガタンと全体が揺れていた。光が、車内灯のような白々とした光が見えた。


「ノムーラはん、これ、電車のなかやおまへんか」

「モルーカスはん、わてら死んだんや。電車の下敷きや」

「下やのうて、これ車内でっせ。詰め込まれてまんのや」

「こいつらみんな株亡者かい。かなんなー。ぐあ。ぐふ」


酸欠もあって二人は気をうしなった。暗闇のなかで眠り、息苦しさで目を覚まし、不快な状況に絶望してまた意識をうしなった。やがて振動が止み、さーっと新鮮な空気が流れ込んでまわりを埋めていた群衆が離れていった。電車が止まってドアが開いたとみえる。


「ノムーラはん。ノムーラはん! 目ェ覚ましなはれ。着いたみたいでっせ」

「う。うーーん。着いたて。え? どこ。ここ」

「わかりまへん。とにかく出まひょ。苦しいわ」

「わ。なんや、ここ。野っ原のまっただ中やないけ」

「しっ。だれか居ますわ。みな、集まってますな」

「行てみよか」

「へ。あ、待ってェな」


ト二人が行ってみるとそこには武者姿の者が何人もいて、やって来た株亡者どもを迎えていた。ロケかなと思ったが、なんだかようすが変だ。カメラも音声もいない。メガホンもディレクターズチェアもない。ほったらかしの仮装集団だろうか。株亡者どももいぶかしげに武者をじろじろと見ている。やがて、話のかみ合わない問答が始まる。


 「そのほうら、よう急ぎ戻った。合戦に間に合ったぞ」

 「戻った? 合戦? ここはどこでェ。こんな野っ原に用はねえんだ」

 「ここは幸島さしまの北山じゃ。おお、新皇のお出でである」

 「しんのう?」

 「しんのう、てェと。新皇? まさか!」

 「新皇と言えば」

 「将門!?」

 「ええええ、平将門かい。ホンモノか?」

 「祟りかぁ! 将門の祟りかあああ」

 「おれっちはよぉ、株やってただけなんでぇ。それが将門に障るのかい」


そこへぬうと現れたのは誰あろう、新皇平将門である。憔悴してはいるが板東武者の威厳をみなぎらせ、人品骨柄卑しからず、凡俗を超越した物凄まじさである。ほんらいなら株の亡者どもが相対できる人物ではない。しかし、ここは将門の死地である。どんな輩でも手勢に引き入れたい、そんな切羽詰まった事情が垣根を吹っ飛ばしたのかもしれない。


 「お。わ。あ」

 「うわあああ」

 「これは!」

 「ナンマイダブ、ナンマイダブ」


さすがに亡者どもにも将門の威光は強烈に身をつらぬき、ひたすら畏れ入ってひれ伏した。そして、ひしひしと迫り来る悲哀の情が亡者どもを満たすのだった。


 「わしは兵を郷里に帰したが、おまえたちが来てくれた。頼りにしようぞ」


そのことばを聞くと株亡者どもは、柄にもなく奮い立った。株で身を滅ぼしたのも、このノせられやすいたちのせいである。江戸っ子のおっちょこちょい気質は、どうしたって宵越しの金は持てないのだ。それはともかく、株亡者どもはこの邂逅かいこうを、『亡者』と呼ばれる名折れの恥をすすぐ機会だと考えてしまった。


 「将門さまなら身に余る光栄でェ」

 「おう。有無はねえぜ」

 「よし。兵の身替わりでもなんでもやってやろうじゃねえか」

 「いくさかい。これで身の置き場が決まった」

 「おれっちも江戸っ子でぇ。目に物見せてくれるぜ」


トすっかりその気になった株亡者どもは、死兵から剥ぎ取ったに違いない兜や鎧を分け与えられ、血糊が生々しくこびりついた胴や、刀傷や矢尻の刺さったままの兜を身につけるのだった。ノムーラとモルーカスはといえば、株亡者どもに見つかるとまずいので、木に登ってまばらな茂みに潜み、遠目にようすをうかがっていた。


「ノムーラはん、なんかようすが変でっせ」

「うん。時代がおかしィな。将門なら千年以上前や」

「ゆかりはあるんでっしゃろ。聞いたことありま。将門の兜を埋めたとこやて」

「兜町の由来な。お。こっち来るでェ。逃げよヵ」


ト二人はこそこそと隠れまわる。そんな二人のことはすっかり忘れた株亡者どもは颯爽と先陣を切って行進していく。行く手に立ち塞がるのは平貞盛たいらのさだもり藤原秀郷ふじわらのひでさとの両武将である。風上に立った将門の軍は馬で軽々と進撃し、矢もよく飛んで7倍以上に数で勝る敵軍を蹴散らした。ここで追撃して敵軍を壊滅に追い込めば歴史も変わったかもしれないのに、将門は悠々と自軍に引き揚げた。途中、風向きが変わって風下に立たされた将門は、馬も進まず、矢も勢いを失った。


 「それいッ! 将門の首を取るのだッ!」

 「天の利あらず、将門! これまでぞ!」


ト貞盛、秀郷がすくない手勢を奮い立たせ、矢をひょうと射れば、その矢は風を得てまっすぐ将門の額めがけて飛んでいく。


「わ。危ない!」


ト思わず声が出たノムーラに、株亡者どもが気づいた。


 「あの野郎! あんなところに」

 「おう。高みの見物たァ、ふてえ野郎だ」

 「降りて来やがれ。ええい、こっちから行くぞ」


「わ。あかん。ノムーラはん、逃げまひょ」


ト二人は木から下りると反対の方角へ一散に駆け、株亡者どもが追った。


「どこへ逃げまひょ。こんな野っ原、隠れるとこありまへんで」

「追いつかれんよう走るしかないでェ。えっさ、ホイサ。ホホイのホイ」


ト駆けに駆けてへとへとになり、もうダメかと諦めかけたとき、どこをどう巡ったものか一本杉の陰に掘っ立て小屋があった。戸を引き破るように入って息を殺し、追っ手が遠ざかるのを確かめてからようやく一息ついた。そこは野良仕事の休憩小屋のようだった。うすい日が戸のすき間から差し、埃の粒子をキラキラと輝かせてたいる。やがてどのくらいの時間が経ったか、外のようすが慌ただしい。


「だれか来まっせ。隠れまひょ」

「隠れるて。こんな狭いとこで」


トあたふたとしているところ、いきなり戸が乱暴に開けられた。戸口には武者が何人か立っていた。その一人がギロリと目を剥くとノムーラもモルーカスも震え上がって立ちすくんだ。


 「近在の者か。ちょうどよい。近う」


ト手招きするのでおそるおそる近寄る。ほかの武者は板に載せたなにかを小屋に運び入れ、部屋の真ん中にそれを置いた。武者どもが取り囲んで見下ろす視線の先には、人の体らしきものが、むしろをかぶせられて横たわっていた。ノムーラもモルーカスも思わず「ひ」と叫んだ。


 「このむくろの始末を頼みたい。ねんごろに葬ってくれい」

 「無縁の者としてな。これで線香でも手向たむけてやれ」


トいくらかの銅銭を手渡すと、それぎりぷいとみな出て行ってしまった。モルーカスがへなへなと座り込むと、銅銭を手にしたままのノムーラもひざをついた。むしろの下から血のにおいがただよって心細さに恐怖が入り交じる。ノムーラとモルーカスは呆気にとられて顔を見合わす。呆然としているうちにも日暮れが迫ってくる。


「どないしまひょ、ノムーラはん」

「どないもこないも、日ィが暮れては万事休すや。明るいうちに出よ」

「これどないしまんの。ご遺体でっせ。敵方の大将かいな」

「知らんがな。わてらじゃどないもならん。とにかく人家さがそ」

「そうでんな。埋葬たのみまひょ。腹もへりましたわ」


ト二人はそっと小屋を出ようとする。そろりそろりと戸をあけて外のようすをうかがう。ひょうと冷たい風がしきりに吹いている。こちらは夏ではないとあらためて気づいた。


「出よか。だれもおらんわ」


ト顔を突き出し、足を一歩すすませようとすると襟首に、じとと生ぬるい感触があって冷たい戦慄を覚えた。「なにすんね、モルーカスはん」と肩越しに見ると、手があった。防具から出た指先は赤黒く見え、それは血だろうと直感した。ぞぞぞぞと背筋が凍りつき、足がすくんだ。声を出そうとしたが出ない。金縛りにあったように全身が硬直する。


「(ひ)」


トそのまま襟首をつかまれて後ろへ引き倒された。すでに腰を抜かしていたモルーカスの上へ重なって転がる。むしろがあったが、その下に横たわっているはずの亡骸がない。勇をふるって見上げると、うす暗がりに鎧をつけた武者が仁王立ちになっている。


「(なんや、生きとったんや。とどめを刺さんかったんやな)」


トこの世の者であることにすこしほっとして体を起こす。と、戸のすき間からの光を受けて武者のシルエットが浮かび上がる。下から見上げる目にもそれは明らかだった。首がない!


「(げ)」


すでにモルーカスはそれに気づいたものと見え、泡を吹いて卒倒していた。ノムーラも、それが最善だと判断し、遠のく意識をそのままにした。気絶さえすればとりあえずは逃避できると思った刹那、鋭い声が呼びかけてきた。


「おい、貴様! わしの首はどこだ」

「(へ? あかん、首ないのに声聞こえるて。悪夢や、早よ気ィ失お)」

「答えぬか。わしの首を返せ」

「(あわわわわわ、殺される。せや、死んだフリしよ)」

「なにをいたしておる。お見通しぞ。起きよ。それとも力ずくが望みか」

「へっ! わ。あああああ、なにとぞご容赦を」


ト平伏するノムーラの上にずいと首のない体を傾けてきたから、たまったもんじゃない。血がしたたるわ、吐き気をもよおす臭いがするわ、なにより不気味さに押しつぶされる。


「答えよ! わが首は」

「いや、わて、居合わせただけで。仔細はさっぱり」

「わからぬと申すか。ふむ。雑兵ならばさもあらん。ふ~む」


ト武者はどっかと座り込む。首がないのでなんとも言えないが、思案するふうである。そんな首なし武者の人間くさい振る舞いに、ノムーラはすこし人心地がついた。ちらと見たその武者の風体というか、鎧の感じからそれが尋常ならざる人物であると知った。


「あのう、あんさん。ひょっとして。将門さまのとこの武将はんでっか」

「おぬし、上方の者であるな。旅の途上か。わしは平将門である」

「へ。わ。え。へへぇ~」


トあらためてノムーラは平伏したが、首がないのでとうぜん眼もなく見えてないはずで、いやそれよりも口がないのが問題だ。どうして声が聞こえるのか。平伏しながらノムーラは上目に将門を見た。甲冑に覆われた人体がそこにある。もうすこし眼を上げると首のあたりが見えるのだが、そこまで見上げる勇気はなかった。そのとき、となりで「ううう」とうめき声がした。モルーカスが息を吹き返したのだ。


「うう。あ、ノムーラはん。エラいこっちゃ。死体が。首が」

「し! そこに居はるがな。将門さまやて」

「将門? え。あ。わわわ。うーん」


ト顔を上げるなりモルーカスは再び失神した。


「おい、おぬし。わしは首をさがしに行く。眼がなく不便ゆえ案内せい」

「へ? (そら、首がないから見えんわな。しかし、声はどないして)」

「では明るいうちに行こうぞ。腹ごしらえもせねば」

「いや暗くなってからのほうが、あ、つかまんといて。わぁ」


ト有無を言わせず、ノムーラの襟首をつかんで武者は立ち上がった。ノムーラは反射的にモルーカスの頭を蹴った。ううと呻いてモルーカスは目をあけ、ひきずられていくノムーラの後をのろのろと追った。


「ここらに集落がある。手近な家へ参ろう」

「こんな山奥に煙りが。あ、そこらで声かけてみますわ」


ト井戸のまわりで女子衆に呼びかけると、気さくに振り返った女どもは首なし武者を見るや、あ、と息を呑んで蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。それぞれの家に飛び込むや、きつく戸締まりをするのが知れた。


「言わんこっちゃない。夜陰に紛れな、みな逃げまっせ」

「かまわぬ。そこの戸を開けさせよ。ええい、わしが行こう」

「あ、やめときなはれ。わてが」

「おい、開けよ。わしだ。将門だ」


その声を聞いて、空気が変わった。戸がおそるおそる開かれ、武者の首から下をじっと観察するや、半信半疑の表情なれど、一行を迎え入れてくれた。囲炉裏のまわりに座をすすめるや、ささやかながら饗応が始まった。ノムーラもモルーカスも箸を手にするも落ち着かない。首がないのにどうやって食ったり呑んだりするのか。しかし、それこそまさに疑心暗鬼ではないのか。その証に首のない武者は、話すと同様、むしゃむしゃ、ごぶりと飲み食いをしているようである。


 「ちょいと、あんた。こっちこっち」


ひょいとかわやに立ったノムーラを女房が呼び止める。


 「ありゃ、ほんとに将門さまかい」

「いや、本人がそうおっしゃるんで。だいいち、わてら、面識ないし」

 「ご家来衆じゃないんかね。わたしらも顔さえ拝めればはっきりするんじゃけど」

「え。ちがうかもしれへんのかい」

 「いえね。甲冑も背格好も、それに声もたしかじゃが。やっぱり顔が」

「せやな。顔がないとなんともおぼつかんもんな」

 「討ち取られなさって、首だけ京へとは聞きましたけど」

「首は京都か。七条河原で獄門やな。日本最初の獄門首にならはるんや」

 「けど、さすが将門さま。首くらいのうなってもああやって生き生きと」

「それ、おかしいわ。首なかったら動かん。首は、関羽もそうやけど飛んだりする」

 「なら、そのうち首が飛んできて、またつながると目出度いことです」

「そうなったらエエけどな。それ待ってたらエエのに、探しに行く言わはるんや」

 「京へ向かって途中で合流しなさい。善は急げですよ」


ト深夜にもかかわらず体よく追い出され、とぼとぼと山道を行くことになった。さすがに村の衆も首のない将門のあつかいに困ったのだろう。これが体のほうでなく首のほうだったなら、また話はちがったかもしれない。


「将門はん。せっかく借りたんやから笠かぶりなはれ」

「月夜なれば必要なかろう。先を急ぐぞ」

「いや月夜で明るいからかぶったほうが。ま、気味悪いのわてらだけやけど」

「首がないのにずんずん行きはりまんな。ほんまに見えてないんやろか」

「せや。さっさと先ィ行かせてトンズラしよか」

「あきまへん。さっき刀と弓矢、調達しはったから危ないでっせ」


「なにを謀議しておる。無駄口は無用じゃ。先を急げ」


ト山の中腹にかかったころ、ひそかに後をつけて来るものがあった。いち早く気づいたのは将門である。将門成敗のいまさら、追っ手がかかるはずはなく、明らかに夜盗の類いだ。将門が足を止めたころには四方を囲まれ、進退きわまった。そこへ正面からあらわれたのは首領らしい。


 「きさまら。夜陰にまぎれて通行しようなんざいい度胸だ」

 「おう。ここはわしら夜烏党の根城だ。よくも蹂躙じゅうりんしやがったな」

 「狼藉ろうぜきゆるすまじ。身ぐるみ置いてゆけ。ならばゆるしもしよう」


「その声は権左か。なにをいたしておった! いくさにも参らずに!」


 「その声は将門さま。討たれなさったはずでは」

 「われらが遅れなかったら・・げ おい! 見よ! 首が」

 「ほんとだ。首がねえぞ。さては魑魅魍魎ちみもうりょうにちげえねえ」

 「この化け物! 将門さまをかたるとは太え野郎だ」

 「やっちめえ!」


トかがり火を頼りにいっせいに打ち掛かる。ノムーラとモルーカスは草にもぐって手近の大木に登り、将門は仁王立ちのまま刀刃の下に身を置いた。首がないのだからなにも見えていないはずだ。てことは切り刻まれるのがオチだが、なんということか、手にした刀を鞘から抜かずに突きまくり、弓も手にするや夜盗どもを叩きまくる。その首からは血がほとばしり、先ほど食した酒食が逆流して食道から飛び散った。夜盗どもの驚くまいことか。叫びやら呻き声やらとともに闇の彼方へ逃げ去った。


「おい。下りて参れ。先を急ごうぞ」


木の上で固まっていた二人は観念して下りていく。夜盗どもが落としていったかがり火をひろって、道先を照らした。なるべく将門のほうは照らさないようにした。分かっていても見ればぎょっとするからである。心臓にわるい。やがて山を下りた頃、白々明けの空を見て一縷いちるの望みを抱いたが、首のない将門はなんの反応も示さなかった。この世の者でないならば日を浴びれば消え失せるかもと希望を抱いたのだが、将門の体は朝日の来光を気持ちよさそうに浴びていた。


「ううむ。これで首さえあれば申し分のない朝なのだが」


 「おや、あそこに」

 「あれは。もしや」

 「ちげえねえ。あの偉丈夫いじょうぶは」

 「あそこにおわしたぞ!」

 「将門さまァ~」


トわらわらと茂みから出てきたのは、株亡者どもである。貞盛・秀郷らの配下に追われ、這々《ほうほう》の体で逃げ去ったのち、村々をたどりながら将門のうわさを聞いて追いかけてきたのである。


「おお。おぬしらか。ようここが分かったのぉ。よし。共に参ろうぞ」


「わ。あいつら、なんでここに。ヤバいがな」

「あきまへん! 逃げまひょ」


 「あ、ノムーラにモルーカス。てめえらここでなにしてやがんでェ」

 「将門さまに無礼をはたらいてんじゃあんめえな」

 「ただじゃおかねぇぞ。おらァ。おとなしくばくにつきやがれ」


「これこれ、そのほうら。その二人は身内である。狼藉まかりならん!」


 「へへェー」


ト平伏する株亡者どもの背後でノムーラとモルーカスは事の成り行きに呆然とするばかりだった。将門はずらずらと付き人に囲まれて先を急いだ。ノムーラとモルーカスも渋々付き従った。株亡者たちは道々、将門に首の後日談を話した。いわく、京都の七条河原にさらされたが、カッと眼を見開いては高笑いに歯ぎしり、あげくは胴体を求めて飛び去った云々と聞いた将門はなんどもうなずいた。


「さもあらん。首から下がこうして息災なのだ。首になにごとかあろうはずがない」


 「しかし、美濃で祭神に射落されるという話もあります」


「なに! それはいかん。急ごう。なんとしても首が京にあるうちに探しださねば」


 「歩くより格段に早い方法があります。それでいきましょう」


「馬はこの体では乗れん。舟はみなとへ出ねばならん。輿こしをこさえて走るのか」


 「どれでもありません。皆が乗れて馬よりも速いものです」


「なんと。そのようなものがあるのか。なぜ早う申さんのだ。して、それは」


 「電車です」


「なに? 『でんしゃ』と。それはなんじゃ」


この会話を聞いていたノムーラとモルーカスは互いに顔を見合わせて首をひねった。ここに来た初手からヘンだとは思っていたが、やはりこれはだれかの夢の中か。


 「うまくすればリニアモーターカーに乗れます。さすれば京もあっという間に」


「リニアて静岡で頓挫してますがな。時間感覚がおかしィでんな」

「だいたい飛行機のほうが速いやん。電車て」


 「そうと決まれば、いざ、参りましょう。さあ」


ト株亡者どもは将門を取り囲んでどこへともなく進み始めた。ノムーラもモルーカスも脇をしっかり固められたため連れ去られるにまかせるしかなかった。景色がよく見えないのだが鳥のさえずりと木々の間から木漏れ日が差し、足下で落葉がかさこそと鳴って、えもいわれぬ香りが鼻を満たした。


「いよいよ覚めるんでっしゃろか」

「早よ覚めてほしィわ。かなんでェ、こんなわけのわからん世界」


 「来ました。あれを」


そこは古びた神社の裏手で、うっそうとした竹林がざわざわと風に揺れ、白日の下、はるかな荒野の彼方から近づいてくるものがあった。およそ時代に似つかわしくない猛スピードで突進してくる。電車である。レールもないのに、と下を見たらレールがある。神社の垣根に沿ってまっすぐに伸びている。しかし、駅ではないのでスピードはそのままである。


 「乗りましょう。みんな行くぞッ!」


トなにも見えていない将門を抱え込んで、なんのことはない、またも集団ダイブである。


「うむ、参ろうぞ。我が首よ、しばし待っておれ。いま行く」


「わわわ。わてらも巻き添えかい」

「わあ。いやや。こんなんいやや。早よ覚めてんかぁああああ」


線路になだれ込む一行をあっという間に電車は呑み込んだ。文字通り呑み込んだのであり、一行はまたも車内である。ううううううと呻く声があちこちでする。車窓の光は明滅をはじめ、しだいに真っ暗になった。ノムーラもモルーカスも皆と同じように気を失った。ガタンゴトン、ガタンゴトンと長距離列車の単調なリズムが耳元で響き、いっそう深い眠りに落ちた。


「う。うううう。うーん」

「げほ。がは。ぐううう」

「あわ~、ぐは。こほ。あ痛たたた」

「どこや、ここ。覚めたんかい」


ト気がついたところは固いコンクリートの上らしい。暗闇にひんやりとカビ臭い風がただよっている。


「ここ、兜駅のホームちゃいまっか。戻ってきたんかな」

「それとも寝てただけちゃうかァ。夢やったとか」

「うーん。そういや株亡者ども、姿ありまへんな。どこ行ったんやろ」

「わてらこんな目に遭わせて気が済んで昇天したんやろ。やれやれ」


「う、うううううう」


「だれや! そこに居るの、だれや」

「昇天しそこなった株亡者ですかいな」


ノムーラとモルーカスがうめき声のほうを懐中電灯で照らすと、そこにぬっと立っているのは、重そうな鎧をつけた武者である。


「まさか」

「ほんま。まさか」


トおそる恐る懐中電灯の光の輪を上のほうへ持っていくと、ない。首がない。


「げぇ」

「ぐぁ」


二人はとにかく走って改札への階段に向かった。その後を、どしんどしんとホームの床が揺れんばかりに足を踏みならしながら武者が追ってくる。


「首ないのに追ってくるううう」

「うわあ」


ト足がもつれてひっくり返ったのはノムーラである。モルーカスはしばらく走ってから気づき、あわてて引き返してみると、なんと武者がモルーカスの首を引っこ抜こうとしていた。仰天したモルーカスは我が身もかえりみず、武者の腕にしがみつく。


「やめなはれ! これ、あんさんの首ちゃう!」

「ぬぐぐぐぐぐ。はめてみれば分かること。止め立て無用じゃ!」

「わわわ。首がぁあああ、抜けるううう。うわ」

「落ち着きなはれ! あんさんの首は切り離されてるんでっしゃろ」

「は。そうか。この首は胴体に付いておるな。ならば、わしの首ではない」


武者が手をゆるめるとドサッとノムーラの体が落ちた。武者はその場にあぐらをかいて座り込んだ。思案するようすである。


「ノムーラはん。だいじょうぶでっか。首、ちぎれてまへんか」

「う~ん。ちょち伸びたみたいやけど、つながってるわ」

「うむ。その声は、おぬしらか。ここは京なのか。わが首はどこだ」

「あんさんの首、もう京にはおまへんで。首塚、京にはありまへんよって」

「ならば、どこじゃ。わしの首、戻せ、返せ」

「そない言われても。いちおう美濃に御首神社、大手町に首塚ならありまっけど」

「そこにわが首があるのか。即刻参ろう。案内せぇ」

「かなんな。モルーカスはん、なんとかしてェな」


を上げたノムーラに替わってモルーカスは諄々《じゅんじゅん》と将門に事の経緯を話して理を説き聞かせた。さすが自らを新皇しんのうと称し、天下に名を馳せた人物である。首もないのに飲み込みの早いこと、モルーカスは舌を巻いた。


「なに。ではわしの時代から千年以上経ていると申すか」

「へえ。せやから万に一つ、首あっても髑髏しゃれこうべですわ」

「ううむ。さすればいかようにすればよいか」


がっくりとこうべを垂れて思案しているようだったが、ふと顔を上げ、いや顔はないのだが、上体を反らして深呼吸を、いや鼻も口もないのだが、首の気管あたりからスースーと外気が取り込まれていく音が聞こえた。


「ここは土中だな。この臭いには覚えがある。わがよろいを奉納した辺りだ」


ト将門が述懐するとおり、ここらはかつての『鎧の渡し』の地下にあたり、この鎧の渡しこそ兜神社の前身である『兜稲荷』と『兜塚』があった場所である。


「うむ。近くで血の臭いがする。わが血を流した兜があるぞ」


これまた将門の言うとおり、藤原秀郷が兜をつけたままの将門の首を京に持っていく途中、この辺りで憐れを催したか罪滅ぼしか、将門の兜を埋めて塚として供養した。それが兜塚である。兜神社に『兜石』と称する石があり、その石に並んで安置されている大岩が兜塚ではとも言われている。


「まちがいない。わが兜だ。探そう」


ぬっと立ち上がった将門は、なにかに引き寄せられるように一直線に走った。あわてて後を追うと、懐中電灯の明かりに浮かび上がった将門は、そこで天井を見つめている。いや首がないのだからあれなのだが、首の付け根が反っているからわかる。そこはコウモリが巣くっていて糞尿がしたたり落ちていた場所である。


「ここだ。この上にわが兜があるぞ。あそこへ登る手立てはないか」

「えー! 天井の上かいな。ま、ここは地下ホームやから不思議はないけど」

「板の修繕チーム、呼びまひょか。ちょち待っておくれやす」


ト、モルーカスがスマホで呼び出すと、脚立やつっかい棒、ハンドドリル、探照灯などを携えた三人組がやって来た。将門にはホームの下に隠れているように言ってある。


 「おう。なんでェ。ここかい。あの巣のあたりな。よし。ちょろいもんよ」


天井をつっかい棒で支えて一人が脚立に上がり、ドリルとハンマーで天井板を破り、その上の土を掻き出しにかかった。ばらばらと落ちてくる土塊をよけながら見守っていると、やがて「バキッ」と異質な音がしたかと思うと、ドサッと落ちてきてたものがあった。箱である。半ば朽ちかけた箱からなにかが転がり出た。


 「これは!」と修繕屋が手に取ろうとするよりも早く、ドスドスどすと荒い足音が響いてすばやく手を伸ばした者があった。


「おおおお。これぞ、わが兜。千年経ても朽ちはせぬわ」


首のないその将門の姿が探照灯に浮かび上がる。修繕チームはそれぞれ「ぎゃ」と叫んだなり、そろって腰を抜かす。


「あ。出たらアカン言うたんに。言わんこっちゃない。あ~、この人はですね」


ト、モルーカスはその場を繕おうとするが、将門は欣喜雀躍きんきじゃくやく、人目にふれようとかまわず兜を、首のない頭に載せようとした。乗っかる支えも取っかかりもないのでその度、兜は空しく宙に舞う。恐怖と好奇心に駆られた修繕チームは、逃げたい衝動をこらえながら探照灯を将門に向けて眼は釘付け、しかし横からノムーラが「わッ!」と叫ぶと、我先に改札へ向かって駆けだした。


「見られてもォたな。だれも、あいつらの言うこと信じィへんやろけど」

「けどマズいでっせ。確かめに来るヤツ必ずおりまっから」

「うーん。露見するのも時間の問題やな」

「どないします。もう倉庫がどうこう言うてられまへんで」

「まず、あの人をどうするかやな」


ト懐中電灯で照らす先には将門がひとりバタバタ、兜と格闘していた。


「どないしまんの、あのお方」

「あないに格闘して気の毒や。まずは頭をこしらえて首つないであげんとな」

「へ? あ。そりゃまあ、ロボとか人形とかの手法で」

「考えてもみィや。あの人、ここ兜町だけでなく東京の鎮守の神さんやでェ」

「へ? ああ。そりゃまあ、兜神社の伝説やら帝都物語とかで」

「せやろ。なら、上場4千社の総力を挙げてお守りするのが筋や」

「へ? まあ。言うてみりゃ、文字通りの現人神の降臨でっさかいな」

「せや。へたに隠し立てしてもしゃーない。堂々としててもらお」


トいうことで倉庫の話から一転、将門記念館を創立しようということになった。兜が出たこの廃駅を改築し、将門にゆかりのある品々を全国から収集する計画である。開館まで将門はカブト神社で過ごすことになった。神主が身の回りの世話をするらしい。開館後は記念館に鎮座していただくとか。


「館長はやっぱ、ご本人がお務めになるんやろか」

「せやろな。けど。あの武者、ほんまのほんまに本人やろか」

「え? なんか怪しいとこありまんの」

「怪しいやん。首ないし」

「それ言うたら堂々巡りでっせ」

「胴体てアイデンティティ乏しいんやな。哀れなもんや」

「ちゃんちゃん、て。オチになってまへんでェ」

「ゲストが強烈すぎてオチ思いつかん」

「ちゃんちゃん、て。あきまへん。締め切り間に合いまへんで」

「締め切りオチやな、今回は」

「ちゃんちゃん、て。すんまへん。いや、ほんま」


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