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メイドと執事

天歴(テンレキ)991年 人間領 スペリア王国 マンテ村 孤児院跡*


 半月の月が天頂から下り始めたころ、マンテ村の孤児院跡に近づく二つの……正確には一人と一羽の影があった。

 その影たちが今はもう使われていない孤児院の前にたどり着くと、小鷹のほうはご主人である女性の肩に止まり、大人しくなる。

 その一連の動作の自然さは、彼女たちが共に過ごした月日を表していた。


「……グルル、体のほうは大丈夫?」


 ネーブ辺境伯の屋敷のメイドであるステアは、自身の肩にいる愛鳥、小鷹のグルルを撫でながら尋ねると、短くキーという鳴き声が返ってくる。

 天職が飼う者(テイマー)である彼女は、そのスキルである共感(シンパシー)を発動することで、人以外の動物に対してもその鳴き声から考えを理解する能力を持っていた。


「うん。じゃあ、いこっか!」


 ステアは月の白い光が照らす扉を押し開け中に入っていくのであった。




 廃墟となった孤児院には、入ってすぐのところに広間があった。

 空間を形成している木製の壁や床には、そこに住んでいた人たちを匂わせるように落書きや傷の痕が残っている。

 そして埃っぽい床は、歩くたびに音を出し、広間にギシギシという音を響かせた。


「……」


 久しぶりに入った、いや、帰ってきたステアは、孤児院の変わり果てた姿を無表情に眺める。

 以前彼女が住んでいた場所だからといって、脱走するほど孤児院自体の生活に未練がない彼女にとって、現在こうして孤児院自体がなくなったところで、今更気にかけるようなことはなかったのかもしれない。


「来ましたか……申し訳ないですね、こんな時間に呼び出して」


 広間の奥から、先に来て待っていたセンバスは、いつもの柔らかい物腰で話しかける。


「いえ、センバスさんからのご用事であれば、来ないわけには行きませんから」


 一方の呼び出された側であるステアは、肩に乗せたままのグルルを撫でながらやや緊張した面持ちをしていた。


「あ、あの……どうして私を呼び出したんですか?」


 呼び出された側ではあったが、沈黙を恐れてか、ステアはさっそく要件を聞き出す。


「……」


 しかし、センバスは反応することなく、ただ物憂げな表情を浮かべつつ、窓の外を見ているかのようだった。


「センバスさん……?」


「あっ、すみません……オルター様が今どうしているのかと考えを巡らせていました」


「っ! そ、そうですか……そうですよね! センバスさんは、オルター様のお目付け役ですし」


 オルターの名前が出た瞬間、ステアの目に負の感情が映る。


「オルター様のことは、嫌いですか?」


「……」


 いくらセンバス相手といえど、さすがに今仕えているオルター辺境伯の息子に対しての嫌悪を口に出すことははばかれた。

 だから、過ぎ去った日々を噛みしめるかのようにステアは述懐する。


「十六年前のあの日、盗みで捕まった私はセンバスさんとルノールさんに救ってもらいました。

 そして、どこの馬の骨かもしれない私をレイダー様の屋敷で働かせていただく面倒まで見てもらって以来、私はあなたたちの下で働けることが、幸せでした……十五年前、ルノールさんがレイダー様の嫡男を、オルター様を身籠られて、お二人が屋敷を出るまでは……」


 オルターの母親であるルノールは、騎士の位は持っていたものの、もとは平民の出ということと、ネーブ辺境伯の正室ではない(側室だった)ことが原因で、オルターを妊娠した後は、現在のオルターが住んでいる屋敷に移ることになった経緯があった。


「それでも、いつかはお二人ともレイダー様のお屋敷に戻ってこられると思って待っていました……けれど、その願いは叶わず、ルノールさんは出産を機に体調を崩されがちになった結果、帰らぬ人になり、センバスさんもいつまで待っても戻ってこない。

 結局、私の大切な人は皆私の前からいなくなって、私に残ってくれるのはグルル(この子)だけ……」


 ステアはグルルを慈しむように撫でる。


「センバスさんはどうお考えになっているのかもしれませんが、私はオルター様(あの子)をルノール様の代わりなんて思えません。

 だから、私は、あの子を見るたびに思うんです……どうして、ルノールさんだったんだろう。あの子じゃなく、ルノールさんが生きていれば私は……」




 ステアの独白を聞いたセンバスは後悔をしていた。

 それは、屋敷を離れて以降、ステアのフォローが不十分であったこと。


 ルノールが妊娠後、彼女とセンバスがネーブ辺境伯の屋敷から外れのほうの屋敷に離れるときにステアを連れていくことはしなかった。

 それは、彼女がネーブ辺境伯の屋敷で働き始めて日数が浅かったこともそうだが、そもそもの屋敷を離れた理由がルノールとそのお腹にいたオルターを他の正室や側室、およびその関係者から狙われることを危惧したからである。

 もちろんその事情はステアには説明し、ステア自身も聞き入れていたし、その後の彼女の働きぶりは良好で、問題ないとの報告を受けていたが、それを鵜呑みにして本人と落ち着いて話をすることはなかった。


(……私が一年ぐらい前に屋敷に戻っていれば、何か変わったんでしょうか?)


 だが、そう思ったところで過去は変えられないし、気づいてしまったことを見過ごすことはできない。

 せめて、彼女に対して、自分は誠実にあろうと思うと、センバスは口を開いた。


「正直な気持ちをお伝えしてくれてありがとうございます……おかげで、犯人がわかりました」


「犯人?」


「ええ、モンテ村をこんな風にした犯人です」


「! そ、それは……茶猪(グランド・ボア)じゃないんですか……?」


「たしかにモンテ村を襲ったのは茶猪です。

 ですが、茶猪がこの村を襲ったのは、偶然ではなく、誰かが糸を引いていたのだと思っています」


「……どうして、そう、お考えになられたんですか?」


「今日の襲撃には、いくつか腑に落ちない点がありました。

 初めに違和感を覚えたのは、茶猪がマンテ村を襲ったと聞いたときです。茶猪は、同族の群れをつくる魔物。集団を形成する魔物は、そうそう人里に来ることはありませんから。

 ですが、誰かが……いや、何かが人里に来るように手引をすれば、容易く人里に来ることができます」


 茶猪は、凶暴性こそ高いものの、知能自体は高くないため、目の前に標的が現れるとその標的を追わずにはいられない習性を持っている。そしてそのことは、多少魔物に対する知識を持っている者ならたいていは知っているような常識だった。


「次に気づいてしまったのは、私たちが帰って来た後、グルルがあなたの肩に止まる直前に普通ではない量の羽を散らしたことです。

 鳥の羽は、それなりに無茶な飛び方をしないと散ったりはしません。それなのに、グルルの羽が散ったということは、そういう無茶をしたのでしょう。

 それにも関わらず、あなたはその件に関する報告を私にしていない」


「……センバスさんは、私が茶猪をマンテ村におびき寄せた……とおっしゃりたいのですか?」


「可能性がある、ということです。少なくとも、私たちが戻ってくる間、グルルが何をしていたか、あなたは隠している」


「い、いくら私の、テイマーのスキル(シンパシー)といえど、魔物を操ることは無理ですよ……!」


 ステアの言う通り、シンパシーでできるのはあくまでテイマー自身が動物の気持ちをわかるようになるだけである。

 それゆえに動物にこちらの命令を聞かせるためには、時間をかけてこちらの意図を理解してもらい、心を通じ合わせる必要があるのだ。しかし、


「茶猪を直接操る必要はありません。先ほども言った通り、茶猪を手引すればいいんです。

 ……あなたの鳥なら、グルルならそれくらいはできる、いや、わざわざ村にまで引き寄せたうえで、自らも茶猪から逃げる必要を考えると、グルルにしかできない芸当ではないかと私は考えています」


「センバスさんの言ったところが本当だとして、何で私がそんなことをする必要があるんですか……!」


「……そのことについては、私もずっとひっかかっていました。

 オルター様や私、もしくはそれ以外の誰かの命を狙ってという線も考えましたが、それではあまりにもやっていることが遠回り過ぎる」


 センバスがわざわざオルターに対するをステアに尋ねたのもその確認のためだった。

 彼女がオルターのことを嫌っているのは確実であるが、それでも彼女から感じられるのはオルター自身への憎しみより、ルノールを失った悲しみだ。

 そして、そうであるならステアの個人的な怨恨は今回の事件を起こす動機には足りない。


「だから、あなたにはマンテ(この)村を襲う理由がないと思った、いや、信じていました」


 それゆえに、ステアを犯人から外そうとしていたセンバスだったが、夕食直後にカドルから受けた報告が別の可能性(動機)を示していた。


「けれど、誰かという個人を狙うのではなく、襲うこと、人の命を奪うこと自体に意味があるとするのなら、話は別です…………ステア殿、あなたの愛鳥(グルル)、魔物化しているんじゃないですか?」

「センバスさん、ちょっといいですか?」


「カドル殿? どうかしましたか?」


「ちょっと報告しておきたいことが」


「! わかりました、少し場所を移しましょうか」





「……それで、話したいこととは?」


「夕食前、ちょっとモンテ村を見て回ったんですが、いくつか気になる遺体がありました」


「気になる遺体?」


「はい、遺体にカルマが残っていたので、魔物にやられたことは間違いないのですが、そのうちのいくつかは頭部だけが傷つけられていまして……」


「頭部だけ? それがどうしたと……! ……そういうことですか?」


「はい。茶猪は、人間より小さい関係上、人を殺す時でも頭部だけ傷つけられるような状況は普通ありえません。となると、考えられるのは……」


「他の魔物が潜伏している、ということですか?」


「まだ、可能性の段階ですが……けど、茶猪以外の魔物の目撃情報もありませんし、確定しているわけでは……」


「頭部だけを負傷した遺体、集まらない魔物の目撃情報……! ……っ、そういうことですか」


「センバスさん?」


「……カドル殿、目のほうはもう大丈夫ですか?」


「? はい、まあある程度は回復できましたけど……」


「少し見てもらいたい方……いや、鳥がいるのですが……」

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