仮面と釣り合い
クレアがそれを編み出したのは、五回目のやり直しの時だった。
そのやり直しの中でクレアは、パーティーを組むことなく、一人で、教会で天職を授かることすら行わず、魔王討伐の旅に出た。
誰とも関わらず、誰にも知られずにいれば、必然の結末を回避できるのではないかと思ったからだ。
結局、その願望は外れてしまい、一人で誰にも知られることなく魔王を倒したとしても必然の結末は避けられなかったクレアだったが、そのやり直しの経験は彼女に生きる術を編み出させた。
五回目の旅ともなると、行った場所で起こるイベントはだいたい予測できるし、戦う魔物の特徴については、嫌というほど知っている。
だが、それでも一人で旅をすることは辛く、孤独な旅を続けるほどクレアは肉体的にも精神的にも摩耗していった。
だから、彼女には必要だったのだ。肉体的制約と精神的制約を無視し、敵と定めた相手を殲滅するだけの都合のいい自分、奴隷人形が。
*天歴991年 人間領 スペリア王国 ランディア村*
「トゥリエ、ちゃん……今日は、ありがとうございました……」
夜の回復魔法を終え、自宅に帰ろうとするトゥリエをクレアは家の壁に手をつきながら玄関で見送った。
「クレアちゃん、辛いなら見送らなくて大丈夫だよ?」
「いえ……トゥリエちゃんのおかげで、だいぶ……良くなりましたから……いつも、ありがとうございます」
足取りが覚束なく、声も掠れ気味であるクレアを心配するが、気にしていないかのように本人は笑う。
痛いだけの痛みであるなら、クレアはいくらでも耐えられた。
「ううん! わたしがやりたいからやっているわけだし、お礼なんていいよ! ……でも、カドルはタイミングが悪かったよね。こんなときにオルターさんのところに呼ばれるなんて」
「……そう、ですね…………」
この日の前日、トゥリエの回復魔法のおかげでようやく体を動かせるようになったクレアに、カドルはその日のうちに魔物狩りに行かせてほしいとお願いしていた。
クレアとしても、最低限自身のことぐらいはできるように回復できたので、下手に看病されるよりも狼の災禍の一件で僅かになってしまった当面のお金を工面する必要があったため、特に反対はしなかった。
だが、最初にクレアが話を持ってきたときには乗り気ではなかったカドルが、急に向こうから参加すると言い出したのは、お金だけが理由ではないと彼女はわかっている。
(まったく、あいつは何を焦っているんだか)
猪の厄災に狼の災禍という二つの戦いは、両方ともカドル自身に力不足を痛感させ、二日前に強くなる方法をクレアに尋ねたのだろう。
そして、クレアに無理を言われたことで、焦燥感に駆り立てられたために今回の行動に出たのだとクレアは予想していた。
(あんた程度じゃ一人で頑張ったって無理、とは言ったけど、あんたには無理だって言ったつもりはないんだけどね。
……一人で抱え込もうとするところは、変わらないというか、成長していないというか……)
クレアは、こちらの意図を理解していないカドルに呆れる一方、それでもカドルが魔王を倒すのを諦めないでいてくれることに本人も気づかない程度の笑みを浮かべる。
(まあ、帰ってくるまでには、少しは頭が冷えるでしょ。
あいつの記憶では、前回のやり直しのときではマンテ村が魔物に襲われることはなかったみたいだし、そうそう命に関わることはないはず)
クレアがそう思ったその時、実はカドルはマンテ村を襲った茶猪とたたかっていたのだが、もちろん今の彼女にそんなことがわかるはずもなかった。
「ところでトゥリエちゃん、オルター……様とはしゃべってないですよね?」
「う、うん、クレアちゃんが言った通りしゃべってないよ」
ルビーにあるオルターの屋敷は蔵書庫としての役割もあり、蔵書室には普通の本はもちろん、魔法書も保管されている。
オルターの家庭教師になって以降、トゥリエはクレアの助手という形で蔵書室に入り、教材を見繕うという名目で実際には魔法書を読ませていた。
家主であるオルターは、勉学や魔法に対する興味は薄いため、蔵書室にあまり立ち寄らなくはあったが、それでも二人が接触しないようにクレアは気をつけていた。
というのも……
「それならいいです……でも、気をつけてくださいね。クソガ……オルター様は、胸が大きい女の子を見ると、暴れてしまう病気にかかっていますから」
異性を見る時、胸の大きさで判断するオルターに、トゥリエを会わせるのは危険だと判断したからだ。
「ううっ……や、やっぱ私の胸って……大きい、かな……?」
トゥリエは少し顔を赤らめ、服の上から胸を隠すように抑える。
もともと発育の良い彼女は身長と共に胸部のほうも健やかな成長を遂げていた。
普段はゆったりとした服を着ているため、あまり気づかれないが、現時点でも普通の服を着ればそれなりの凹凸が確認できる。
「そうですね。今の時点でもそこそこありますけど、去年からの成長を考えると、数年後には普通のお店で取り扱っている下着のサイズが合わなくなると思います」
ランディア村がのどかな村であることから、性に対する危機感が薄いトゥリエのため、クレアははっきり告げる。
「そ、そうなんだ……ち、ちなみに! カドルはどう、なのかな? その……、胸が大きい女の子って……」
トゥリエはさらに顔を赤くしながらクレアの言葉を待つ。
普段奥手な彼女がカドルへの嗜好を探ろうとするのは、本人がいないからか、はたまた輝く半月に魅せられてか。
(……)
一方でクレアはどう答えようかと悩んでいた。
トゥリエはもともと他人に優しい性格ではあるが、それでもカドルに対して淡い恋心を抱いているのをクレアが気づけないはずはない。
恋愛については、精神的な年齢差を気にしているカドルとは対照的に当人同士がいいなら別に問題ないという考えのクレアだったが、トゥリエの相手がカドルということになると、懸念点は別にあった。
「……トゥリエちゃん」
「な、なに?」
「妥協しちゃ駄目です!」
「ふ、ふぇっ!?」
「兄さんみたいな無能で、貧乏で、鈍感で、自虐趣味の人に、トゥリエちゃんみたいな良い子で、優しくて、清い子はもったいないですよ! もっと上を狙いましょう!!」
悩んだ結果、クレアは率直に真実を伝える。
好みが才能があり、性格が良い子であるクレアにとって、どう計算したって両方ある子と両方ないやつでは釣り合いがとれていない。
「そ、それは流石に言い過ぎじゃあ……」
「いえいえ、全然、まだ足りないくらいです! この前だって、ルビーに出たときに迷子の子に私のお菓子を勝手にあげていたんですよ!? 信じられなくないですか? しかもそれが初めてじゃなくて、2回目だし!!」
「! ふふっ」
まくし立てるクレアに圧倒されていたトゥリエだったが、クレアの言葉を聞いて嬉しそうに笑う。
「……ト、トゥリエちゃん? ど、どうかしましたか?」
「うん、クレアちゃんとカドル、なんだかんだ言って仲良しだなあって」
「! そ、そんなことないですよ!」
「ううん、お互いに相手の悪いことを言ってても、目は優しいんだもん」
「そんなはずは……ん? 『お互いに』……?」
「……あっ」
「トゥリエちゃん、兄さんは私のことを悪く言っていたんですか?」
いつもと同じ優しい声色のクレア。
しかし、いつもとそしてさきほどとは違い、静かな圧があった。
「ち、違うの! それは、その悪口とかそういうのじゃなくて……」
「……なるほど、わかりました」
ホッと一息をつくトゥリエ。
しかし、その間にクレアは玄関扉へと回り込み、出口を封じた。
「く、クレアちゃん……?」
「悪口でないのなら、その時に兄さんが何を言ったのか、教えていただいても大丈夫ですよね?」
「ふぇっ?」
「ふふふ、今日は教えてくれるまで寝かせませんよ……一錬習得、奴隷人形」
「く、クレアちゃん待って……って、すごい力!? ど、どこからそんな力が……」
奴隷人形を使われたトゥリエは抵抗虚しくクレアの自室に連れ戻されるのであった。
「はあはあ……よし! なんとか日が昇りきるまでに村に帰ってこられた!」
「カドル!? どうしたのこんな朝早い時間に、昨日もいなかったみたいだし」
「! トゥリエか。いや、まあ、ちょっと……ルビーまでお菓子を買いに行ってて」
「ルビーにまで? そんなに食べたい物があったの?」
「いや、そういうわけじゃなくて…………クレアのお菓子を迷子の子にあげちゃって、代わりを買いに行ってたんだ」
「た、大変だったね……でも理由を言えば、クレアちゃんなら許してくれそうだけど……」
(そんな性格だったら、どんだけ楽だったか)
「カドル?」
「あ、ああ。まあ、あいつはああ見えて少しわがままなところがあるから」
「そうなの?」
「そうなんだよ……しかも、太陽が昇りきるまで帰ってこれない場合は罰ゲームを課すぐらい勝手で……」
「ふふっ」
「ん? 何か、おかしいことあったか?」
「ううん、でもカドル、いろいろ言う割にはそこまで嫌そうな顔はしてないなって」
「! まあ、なんだかんだで付き合いも長いし、慣れたのかも」
「? クレアちゃんと再会してまだ一年も経ってないんだよね?」
「そ、そうだったな……あっ、ちなみにさっき言ったことはクレアには内緒にしていてもらえるか?」
「うん、それはいいけど……わたしとカドルの秘密ってこと?」
「ああ。秘密で頼むっと、そろそろ家に戻らないと本当に日が昇るか……じゃあ、またな」
「あっ、うん、またね! 二人だけの秘密……ふふっ」




