悔しさと茶猪
結局、ネーブ辺境伯への報告とオルター身の安全を考えた結果、オルターたち一行は翌日にルビーへ帰ることになった。
「はあ……」
宿の自室に戻ったオルターは、剣を放り投げた後、ベッドに倒れこみ、天井を見上げる。
『強い魔物との戦いを願うとき、それは得てして誰かの被害を願うことにとられ……る可能性がありますから、あまり口にはしないほうがいいかもしれないですね』
オルターは夕食はすでにすましていて、腹も膨れているのだが、一向に眠気は来ず、癖となっている前髪をいじりながら思い出すのは、マンテ村の被害とカドルの言葉。
「くっそ……」
寝た状態のまま、ベッドを強くたたいたが、それで気が紛れるということは当然なく、むしゃくしゃした思いが募る。
忠告を受けた後に実際にわからされるというあまりにもできすぎた展開だとは思うが、実際に村の人は死んでいる以上、そんな現実逃避もするほど馬鹿ではない。
(結局、俺はまだガキってことかよ……)
オルターは悔しかった。
だが、その悔しさはカドルの言った通りになったからではない。
自身の不用意な発言の通りになったことに、誰も言わなかったから。
例え自分にとって不利なことでも、子供ゆえの発言として見逃されることをオルターは嫌っていた。
(……やっぱり)
そして、オルターがそれ以上に悔しかったもう一つ。
それは、母親が生まれ育った村を滅茶苦茶にされたこと。
すでに亡くなっている母親に代わってマンテ村を守ることにオルターは使命感を持っていたからだ。
(……やっぱり、放っておくわけにはいかねえよな)
オルターは放り投げた剣を拾い、宿泊先の窓から外をのぞく。
彼が今いるのは、部屋が三階であり、センバスは彼が抜け出すことを危惧し、見張っていることは容易に想像がついた。
だから、オルターは今までの経験を活かし、窓からの脱出を試みる。
「悪いな、じい……朝までにはちゃんと戻ってくるからさ」
母親の形見である魔剣・イレースを片手にオルターは窓から飛び降りるのであった。
メイドのステアからの報告によると、村を襲ってきた茶猪は全部で十五体。
そのうち十体はマンテ村の護衛団によって討伐されており、山に逃げた茶猪は五体とオルターは聞いていた。
「はあはあ……」
アルガード山脈に入ってすぐの森と草原の境界線。
半月の光が草花を眩しく照らすその場所で、オルターは早速茶猪と対峙していた。
「ボモ」「ボモモ」
二頭の茶猪は、すでにスキルの土塊の外装を発動しており、表皮を覆う土が鎧のように体の硬度を増している。
「やべえ、流石に狩りの時とは違うか……一人で来るんじゃなかったな」
外傷こそないものの、さすがの髪をいじっている余裕もなく、オルターはどうやってこの場を切り抜けようかと考える。
「ちっ、これ以上、こんなところで、時間を食っている場合じゃねえのに……」
夜の闇は暗く、日の光はまだしばらく見えなさそうではあるが、残りの三頭の茶猪もいると考えるとこれ以上時間をかけたくない。
「ボモォ!!」
「百錬……」
突っ込んでくる茶猪に対して、オルターは剣を構え、自身のスキルを用いて迎撃を狙う。
「ボモォ!!」
「一……ちっ、今度は来るのかよ!!」
だが、反撃を邪魔するかのようにもう一頭の茶猪が突っ込んできたため、オルターは迎撃を諦めて回避する。
先ほどから何度も繰り返されている光景。
一人のオルターに対して、二頭いる茶猪の攻撃パターンは同時に突っ込むか、時間差で突っ込むか、はたまた片方は突っ込まないことで牽制し続けるか。
茶猪が一頭なら難なく仕留められる実力を持っているオルターであったが、もう一頭増え、連携してくることで、手を出せなくなっていた。
「仕方ねえ……一か八か、直前まで引き付けたところで二匹同時を狙うしか……」
再度突進してくる茶猪に対し、オルターは剣を下げ、横薙ぎを放つ準備をする。
しかし、
「左のやつをお願いします!!」
森の茂みから、オルターにとって聞き覚えのある少年の声が届く。
「お、百錬一撃!!」
声につられたオルターは、横薙ぎをキャンセルし、放たれた切り上げは、咄嗟の攻撃でありながら茶猪の体を真っ二つに切り裂いた。
「ボモモォォォ!!」
「しまった!? やば……」
けれど、もう一頭の対処が間に合わず、とっさに目をつむりかけたオルターの耳に炸裂音が届く。
「獅子爆盗」
それが爆発の音だと認識する前に爆風が声の主である少年の体を運ぶ。
聞こえた声と同じ方向から急に姿を現した少年は、回転をしながら茶猪の上を通過する。
「……七転八盗!」
「ボ!? モォ……」
そして、爆風による推進力と回転による遠心力を利用して叩き込まれた複数の斬撃は、茶猪の体を覆う土ごと魔核を破壊し、その生命活動を停止させるのであった。
(今度こそ、ちゃんと間に合った)
茶猪が二頭とも風に還ったことを確認した後、元気そうなオルターの姿を見て、カドルは一年前と同じ結果にならなかったことに安堵する。
「オルター様、大丈夫ですか?」
「か、カドルか……お前、どうして?」
一方のオルターは突然現れたカドルに困惑していた。
だが、それもそうだろう。猪の厄災の一件を知らないオルターにとってルビー領内の掟を破ってまでカドルが茶猪に固執する理由をしらないのだから。
カドルのほうも茶猪への憎しみをオルターに説明したところで相手が困るだけであろうことはわかっていた。
「……オルター様と同じです。茶猪を見過ごして帰るわけにはいかないですから」
だから、嘘は言わず、無難にやり過ごすことを選択する。
「へっ、言うじゃねえか。よしっ、このまま残りのやつらも一緒に……」
「その必要はありません」
「へっ?」
「残りの茶猪は、私のほうで倒しましたから」
「マジかよ……」
せっかく、やる気を出したのにとぼやくオルターだったが、もうすんでしまったことなので、どうしようもない。
それよりカドルには気になることがあった。それはオルターがこうしてこの場にいること。
オルターが正方向でこの山に来たとは思っていなかったが、だからといって長年彼の執事をしているセンバスが、さぼりならともかく命の危険のある場所に彼を来させるとはカドルは思っていなかった。
「早くマンテ村に戻りましょう」
「そうだな。せっかくこれで終わったのに、じい……じゃなかった。センバスに見つかったら台無し……」
「……いえ、まだ終わっていません」
「は?」
「マンテ村には今回の一件の真の黒幕がいる……かもしれません」
そうでないことを祈りつつ、カドルはマンテ村に急ぐのであった。
*天歴975年 人間領 スペリア王国 ルビー*
少女には人生の転機が二回あった。
一度目の転機は、両親が死んだとき。
強盗に両親が殺され、残った遺産も親族に取られていった結果、彼女には小鷹だけが残され、孤児院へと入ることになった。
そういった背景もあり、少女は他人に対して心を開かず、唯一両親が残してくれた小鷹だけが彼女にとっての友達であった。
一人と一羽だけの世界で過ごすことは普通なら不可能だが、皮肉にも彼女には飼う者としての才能を持っていたため、孤独を感じることはなかった。
そんな彼女の二度目の転機は盗みで捕まったとき。
孤児院を抜け出した後、彼女の唯一の友達である小鷹と連携し、物を盗むことを生計を立てていた彼女だったが、そんな生活も長く続くはずもなく、ある日あっさりと捕まった。
捕まった時、今まで犯してきた盗みの分、投獄されることを覚悟していた彼女だったが、そんな彼女を救ったのはルビーの領主、ネーブ辺境伯の執事である男性と騎士の服を身に纏っていた女性。
「センバス様。あの子、助けられないかしら?」
「ルノール殿、いくらあなたがレイダー坊ちゃまのお気に入りでも、あなたの一存で罪人を勝手に釈放するわけには……」
「そう、じゃあレイダー様の許可をとればいいのね?」
「えっ?」
「良かったわね。あなた、なんとかなりそうよ……あっ、ちなみに名前を教えてもらえる?」
強引に話を進める騎士の女性につられてしまい、少女は名前を教えてしまうのであった。
「す、ステア、です……」




