被害と小鷹
*天歴990年 人間領 スペリア王国 ランディア村*
半月が空に輝くころ、その日の畑仕事を終えたカドルが帰ると、手紙受けに一通の便箋が入っていた。
「クレア、お前宛に手紙が来てたぞ」
「え? ……あー、時期的に家庭教師の選考結果でしょ。今料理しているし、あんた開けて確認してよ」
この日の食事当番であったクレアは、料理する手を止めることはなく、夕食づくりを続ける。
「えっ? い、いいのか?」
「受かってるってわかっているんだから、別に問題ないわよ」
合否の結果より料理を優先するクレアに呆れながらもカドルが手紙を書くと、彼女が宣言した通り、合格を知らせる内容の文言が書かれていた。
「……無事、採用されたようだな」
「そう。まあ、私の優秀さを考えれば、当然の結果ね」
(相変わらずその自信はどこから来るんだ……)
予想通りとはいえ、不遜な態度を崩さないクレアに、諦観しつつもそれを言えば自身の夕食がなくなるため、口には出さない。
幸いにも、料理を作っているクレアはこちらに背を向けているため、顔から心情を読み取られるということもなかった。
「でも、不思議なもんだな」
「何がよ?」
「いや、さ……前回のときは、このときには、オルターってこのときにはいなかったからさ」
「ああ、前回は死んでたんだっけ?」
「そうだよ。だから、お前がオルターの家庭教師に応募するって聞いたときは驚いた」
「……」
「ランディア村が滅ばずにすんだし、お前が時間遡行の魔法に俺を巻き込んでくれたおかげで、だいぶ良い結果になったよ。
スティーブさんのこともあるし、最善の結果なんて言えないけど」
「……それはどうかしらね」
「? どういう意味だ?」
「結果の良い、悪いなんてそう簡単に決まらないってことよ。
本来死んでいるはずの人間を生き残らせたら、実はそいつが将来、大量殺人を起こすってことがあるかもしれないし」
「ま、まさか、それはないだろ……オルターだって癖はあるけど、大量殺人を犯せるほど悪いやつってわけではなさそうだったし……」
「そいつ自身の性格や嗜好は関係ないのよ。善人が間接的に殺すこともあれば、悪人が間接的に人を救うこともある。
例えばなんだけど、ある善政をしいている領主が、近くに住みついたオーガを退治するため出兵したところ、返り討ちにあって、領地まで滅ぼされたって話があってもおかしくないのよ」
「お前、それって……」
カドルは言葉を続けようとしたが、クレアがそれを阻止する。
「もしも、」
「え?」
「……もしも、あんただったらどうする?
その出兵を止めるためには、領民思いの領主を、善人であるその人物を殺さないといけないとしたら……」
鍋に蓋をかぶせ、その上に手を置いたクレアはカドルに対して問う。
煮る工程になり、料理する手は止まっていたものの、彼女は、背中を向けたまま振り返ることはしなかった。
「……俺は」
なぜクレアはそれを聞いたのか、彼女が何を期待して聞いたのかはカドルにはわからない。
だから、カドルは自分が信じる答えをおもむろに口に出した。
「俺は……」
*天歴991年 人間領 スペリア王国 マンテ村*
夕日が完全に沈み、月が怪しく輝き始めたころ、オルターたちはマンテ村に戻ってきていた。
マンテ村自体はそこまで大きなところではないため、冒険者ギルドこそないものの、魔物が出るアルガード山脈が近くにあるということもあり、村の周りが石を積み上げることでできた囲いに守られている。
それに、魔物が出るという理由で護衛団もしっかり組織されているため、他の近隣の村と比べてマンテ村は、平和と呼べるような土地であった。そう、朝までは……
「なんだよ、これ……?」
山を下りて村までの街道に出たときは、何が起こったのか気づいていなかったオルターだったが、マンテ村に戻ったことでその理由がわかる。
全壊とまではいかないが、村の周りを囲んでいた石壁はところどころ崩れ、さらに家や店、畑がところどころ荒らされており、さらに村のかがり火が路上に溢れかえっている怪我人を照らしていた。
「おい……カドル、どういうことだよ」
村の惨状を見ながら、状況が少しずつ飲み込めてきたオルターがカドルに問う。
村を滅茶苦茶にしたと思われる者の足跡は、人間でない蹄のものが残されており、この村を襲ったのは魔物であることを示していた。
「お前、赤狐以外は魔物はいないって言ってたじゃねえか」
「……申し訳ございません」
山を下りてから、一言も発することのなかったカドルは、振り返ることなく答えた。
「『申し訳ございません、』じゃあ、ねえよ! ちっ、そっぽばっか向いてないで、いいかげんこっちを……」
こっちを向かないカドルに苛ついたオルターは、カドルに近寄ろうとするが、横から出てきたセンバスの手がオルターの行く手を遮った。
「なんで止めるんだよ、じい!!?」
「オルター様、この件に関してはカドルの過失ではないでしょう」
「はあ? なんでだよ? こいつが魔物を見逃したせいで……」
「家屋や畑の被害が大きいのは、私たちが出入りした村の東門の反対側。つまり魔物は、西門側の山から来たと考えられます」
「……っ、」
「……と言っても、これはあくまで私の推測でしかありません。まずは、ステアを探して情報を集めるのが……」
「キィー!!」
ふと、オルターたちの上空で一羽の小鷹が旋回を始める。
夜空を見上げたオルターが鳴き声を頼りにその正体を確認するより早く、小鷹の飼い主の声が届く。
「センバスさん!!」
オルター一行が宿泊している宿から一人のメイド服を着た女性・ステアが姿を現し、センバスの元に駆け寄ってくる。
田舎では珍しいメイド服は、いくらか汚れていた一方、彼女に目立った外傷はない。
「良かった。ステア、無事でしたか……」
「あっ、はい! センバスさんもご無事で何よりです……あっ、後はオルター、様も……」
「……この村に何が起こったか話してくれますか?」
「はい……と言っても、おおよそ検討はつけられていると思いますが……」
そこからステアードから聞いた話はだいたい予想していた通り。
オルターたちが魔物狩りに出た後の夕方、一行が向かった山の反対側から茶猪の群れが襲ってきたらしく、村を荒らしていったようだった。
「やはり、そうでしたか……ちなみに定期連絡がなかったのは……」
「はい、申し訳ございません。本来ならご連絡するつもりだったのですが、村の回復の手伝いもあり、つい遅れてしまって……」
ステアが片手を伸ばすと、小鷹は降下し、羽を散らしながら減速した後、ゆっくりとその手にとまる。
「……なるほど、事情はわかりました…………」
大体の状況が飲み込めたセンバスは、立派に蓄えた髭を触りながら、次の一手を考える。
「茶猪たちが一斉に引き上げたのはやはり……」
「はい。おそらく、瘴気切れを起こしたんだと思います。いったん山に戻り、カルマを補充したらまた来るでしょう」
基本的に弱い魔物は自身が保持しているカルマが少ないため、空気中のカルマが薄い人間領では継続して動くことができない。
そのため、いったん山の頂上やカルマの濃い土地に戻り、カルマを補給する必要があった。
「ですからこの場は……」
「逃げていった茶猪を追撃して、やっつければいいんだな!」
横からオルターが割り込む。
義憤からか、オルターはやる気に満ちた目で燃えている一方、そんな彼の姿をステアは冷たい目で見ていたのだが、それは夜の暗闇に紛れていたため、誰も気づくことはなかった。
「……いえ、ネーブ様とかけあって、急ぎで討伐依頼をギルドに出しましょう」
「!? お、おい、センバス! 待てよ!!」
「オルター様、どうかいたしました?」
「どうしたもねえよ! 茶猪が山に逃げったって話なら、また俺たちで山に入って、倒してくればいいだけだろ?」
オルターが勇ましい発言をする一方、普段戦い慣れていないカルディア村の護衛団たちは、そばかすの少女はもちろん、他の兵士たちもピクリと反応する。
「……いいですか、オルター様。以前にもお話した通り、自衛のためでもない限り、許可なく魔物を狩ることは、ルビーの領地内では禁じています。それが例えオルター様の母君の故郷を守るためだとしても……」
センバスは、そんなカルディア村の護衛団の反応に気づかないふりをして、オルターを諭す。
「今回、オルター様がされた火狐の狩りに関しても、ギルドからその権利を買い取って行ったものです。
他の魔物にこちらから手を出すことは、契約違反になり、最悪今後二度と魔物狩りができなくなりますが、いいんですか?」
ネーブ辺境伯の治める領土内は比較的に平和な土地であり、魔物が出没する地域は滅多にない。
だがそれは逆に冒険者ギルドの維持を難しくしている面もあり、それゆえに勝手に魔物を討伐されないよう、制限が設けられており、いくらここら一帯の領主であっても容易に破ることはできない。
特にオルターのような長男でありながら、母親が平民ということで周りから疎まれている彼にとっては、他に付け入られる致命的な隙になってしまう。
「それに、もうじき日が暮れているため、闇夜に潜む魔物を狩ることはより難しくなります」
「別に暗いくらい、なんともねえよ……」
ここで自分が諭されていることに気づいたは、口では反論しつつも、言い出した時の勢いは落ちていく。
「オルター様、わかってください。あなたに何かあったとき、その問題は、オルター様個人だけの問題ではないのです」
そして、ここでオルターが動かないことは、各村にある護衛団の存続にも重要である。
護衛対象である、オルターの身に何かあった場合、その責任は当然護衛していたカルディア村の護衛団に責任がいってしまうからだ。
「……わかったよ」
感情的には納得できなかったが、言い返すことができなかったオルターは、その場はセンバスの言うことを渋々受け入れるしかなかった。




