不変と変化
休憩後、カドル達が下山を再開したころには太陽はその姿の半分を地平線の向こうに隠していた。
「帰りは足元に気を付けてください。山道は登るより、下りるほうが危険ですから」
帰りもカドルを先頭にして一行は下山する。
目的地は、マンテ村。アルガード山脈の近くにある村の一つであり、オルターが毎年の魔物狩りで毎回拠点にしているところだった。
(左手の状態は悪くはない。これならマンテ村に戻って、センバスさんから回復魔法を受ければ完治できるか)
左手に包帯を巻いたカドルは、その下にある火傷の状態を確認する。
理なる者の天職を持っているセンバスは、中級の土属性と上級の風属性の魔法が使えるほど実力は高く、また回復魔法も使うことができた。
だが、それでもセンバスにまだ火傷を治してもらっていなかったのは、回復魔法を受けることで眠気を受けないようにするためと、センバス自身あまり何発も回復魔法を使えるほどの魔力はなかったからであった。
(全盛期をとっくに過ぎていることを考えると、まだ上級の魔法を使えるセンバスさんは相当すごいんだけどな)
この世界においては、体力は二十代の前半、魔力は二十代後半がピークと言われている。
カドル自身は、そのピークを迎える前にやり直しをしたため、実際にそれが本当なのか確認したことはなかったが、反対に体が幼くなったことにより今まで使えていた技が使えなくなった経験は記憶にあった。
「……おかしい。ステアから定期連絡が来ないですね」
山道の急勾配なところが終わり、緩やかな道に入り始めたころ、センバスは、マンテ村にいるはずの部下の女性から定期連絡が途絶えていることを訝しむ。
ステアとは、ネーブ辺境伯の屋敷にいるメイドの一人であり、オルターの誕生日から魔物狩りにおいて、彼女は魔物討伐の会計や雑務などを担当していた。
ただ、彼女は飼う者の天職を持っているため、魔物狩り後の下山する時間帯で、彼女が操る鳥が来るはずだったのだが、この日はまだ来ていなかった。
「あのペチャパイやろう、さぼっているのかよ」
オルターはそう軽口をたたくが、嫌な予感がしたカドルは、同様に感じ取ったセンバスの目配りも受け、全員の足をいったん止める。
そして彼自身は、山からマンテ村がポツリと見える位置に移動すると、より詳しく見るために目に魔力を集中させ、技を発動しようとする。
しかし、
「探知担……っ!」
カドルが技を発動しようとした途端、両目に痛みがはしり、失敗する。
両目の辺りを腕でぬぐったところ、腕には血がついていた。
(失敗した、使い過ぎたか……)
クレアが喉に魔力を集中させ、一時的にしゃべれなくなったように、カドルの探知も目に魔力を集中させる都合上、過度に使うと一時的に目が見えなくなる。
この日は、カルディア村の兵士たちが戦闘に慣れていないこともあり、安全のために探知を多く使うという行動を選択していたのがあだとなった。
今は、痛みによる警告だけで視界に違和感がある段階ではなかったが、ひとまずこれ以上の遠視は無理だと悟り、パーティの元へと戻る。
「どうでした?」
「すみません、技を失敗してしまったので、詳しくは見れませんでした。ただ、村自体はあるのが確認できましたので、戻っても大丈夫だと思います」
下で待っていたセンバスに目の心配をされたが、すでに止まっていたため問題ないと告げる。
遠目から見た限りでは、村は変わらずポツンとあることぐらいしかわからなかった。
最悪、パーティ全員が山に一泊するという手はあるが、野宿にも慣れていない可能性が高いカルディア村のメンバーを考えると、なるべくその手も取りたくはない。
「わかりました。このまま村へと戻りましょう……ただし、警戒だけは怠らないようにお願いします……」
結局、センバスのその一言により、下山は再開された。
だが、先ほどまでとは違い、僅かな緊張感があるためか、全体的に言葉の数が減り、全員が黙々と歩く。
そんな状況だと、つい余計なことを考えてしまうのが人間であり、それはカドルも例外でなく、そばかすの少女が言っていたことに考えを巡らせていた。
(前回と違って、ランディア村はある……けど、カルディア村の護衛戦力の強化路線は変わらず、か……)
やり直し前の世界でもランディア村が茶猪に滅ぼされた後、カルディア村は村の護衛団のメンバーを増やしていた。
その行動自体は決して悪いものではい。
魔物の被害が増え始め、勇者が本格的に必要とされる四年後には、カルディア村にも赤狐程度の魔物は現れるようになるのだから。
しかし、だからといって自身が失敗したことによるスティーブの犠牲が、少しでも肯定されることはないことは、当然わかっていた。
「おーい! カドル、後どれくらいだー?」
「後、十分ぐらいで森を抜けられると思います」
一方で、今回のやり直しで、明確に変わったことがある。
そのうちの一つが、さっきカドルに問いかけた声の主であるネーブ辺境伯の息子、オルター・ネーブが生きていること。
カドルが知っていた彼は、やり直す前の世界において、ランディア村が滅ぼされたときにルビーに来ていたスティーブが娘と妻を失ったことを知り、錯乱したゆえの狂乱に巻き込まれた結果、亡くなったはずの人間だ。
オルターの命が助かったこと自体については、良かったと思うカドルであったが、加えて彼に対しては一つの懸念が生まれていた。
(……なんでだ?)
懸念の元になっているのは、オルターのスキルである百錬一撃。
オルターとときどき組手をしているカドルは、百錬一撃が彼の持っている力や魔力を一撃に集約して撃つことこそがスキルの正体であると推測している。
百錬一撃の強力さを身をもって知っていた反面、能力的にはシンプルなので、他に聞いたことがないほど珍しいスキルである以外は特に疑問を持たなかったカドルだったが、それが最近の出来事によってひっくり返された。
(なんで、狼の災禍の時……クレアが百錬一撃を使えたんだ……?)
しかし、そこからカドルに疑念が芽生えたのは、狼の災禍の日、クレアが百錬一撃を発動したこと。
一錬習得のスキルにより、どんな魔法や技が使えるクレアであったとしても、天職固有のものであるスキルだけは使えないはずで、実際にカドルはクレアが他の天職のスキルを使っていることを見たことがない。
(そういえば、オルターはまだ天職が何か決まっていないんだよな……)
天職は10~15歳の間に授かる者であり、たいていは15歳を迎えて天職を受けるものはほとんどいないのだが、オルターは彼が14歳の誕生日を迎えた今もまだ、決まっていない。
(まさか、な……)
思考から導き出される可能性の一つを、カドルはありえないと切り捨てつつも、それ以外の理由が思い浮かばず、結局そのときは心が晴れることのないまま山の麓に戻ってきてしまう。
(……ひとまず、無事に山から下りられたか。残りは村まで……!?)
しかし、山の木々で塞がれていた視界が解放された結果、カドルの目に飛び込んだ村の景色は、皮肉にも彼のちっぽけな懸念を吹き飛ばすに足りるものであった。




