狼の災禍と代償
ワンダル平原が荒野に変わった翌日、カドルたち三人は無事にランディア村へと帰還した。
前日が、村の英雄であるスティーブの一回忌だっただけに、なぜ村にいなかったのかを村の人たちに、特にトゥリエの両親にどう説明しようか悩んでいた。
けれど、ディアンマ村長のところに安全が確保したことを報告しに行ったところ、どうやら村長のほうですでに上手くとりなしてくれていたようで、体裁の言い訳を考える必要はなくなっていた。
それでもカドルとトゥリエは、改めてスティーブの墓前に花を添え、その妻と娘に一回忌に行われた鎮魂式に参加できなかったことをわびたのだった。
そしてスティーブの一回忌から三日がたち、その日の戦いを三人の中で狼の災禍と名付けた後、カドルは村で過ごしながらその日に起こったことを整理していた。
「んー?」(お昼ごはんまだなの?)
「今できる、もう少し待ってくれ……」
狼の災禍は、結果だけを見れば、奇跡的な大成功と言っていいだろう。
水亀だけでなく、ヴォルガーと戦ったにもかかわらず、カドルとクレアとトゥリエの三人とも生き残ることができた。
そのうえ、狼の災禍を通してトゥリエは瘴気解呪のスキルを使えるようになり、カドルの左手につけられた魔印の痕もすでになくなり、命の心配も魔物化する心配もない。
ただ代償がないわけではなかった。
「んーん?」(今日のメニューは何?)
「今日は葉物と屑肉の粥だ」
「んー」(また? もう飽きたんだけど……)
「しょうがないだろ。お金がもうほとんどないんだし……」
一つ目の代償は、お金がカツカツになったこと。
もともとカドルは畑仕事はしていたが、普段の生活を維持するのに精いっぱいであり、当然貯えはほとんどない。
一方の家庭教師をしているクレアは、自身と(魔法書を読ませに)ときどき一緒に行くトゥリエのランディア村から都市ルビーまでの往復の旅費など出費のほうもでかい。それでもオルターの父親であるネーブ辺境伯は、貴族の中でも力があるほうなので、貯えられるほどは残ったのだが、それも今回買った魔剣により底をついていた。
だが、お金よりももっと重い代償が一つあった。
「というか、今のお前の状態だと、これくらいしか食べられないじゃないか」
「ん」(……仕方ないわね。我慢してあげるからさっさと食べさせなさい)
「なんで偉そうなんだ……」
カドルは、できあがった粥を木のスプーンで掬いあげると、ベッドの上で座っているクレアの口元へと運ぶ。
クレアは、口に入った粥をゆっくり咀嚼すると、喉をコクリとならし、飲み込んだ。
「大丈夫か?」
「んん!」(偉いに決まっているでしょ! 私は勇者よ!!)
「……大丈夫そうだな」
カドルはその後、クレアが飲み込むのを確認して、決して喉に詰まらせることがないように注意しながら彼女の口にご飯を運んでいく。
二つ目の代償、それはクレアの一錬習得のしばらくの封印。
その原因はもちろん、ヴォルガーとの戦闘であり、それは今こうして彼女がベッドから離れられず、介護をされなければ食事をまともにとれない理由にもなっている。
「一錬習得は、ただどんなことでもできるようになる能力だと思っていたよ。そんなリスクがあったんだな……」
どんな技や魔法でも一度目から成功してしまうクレアのスキル。
それは、本人の肉体的、魔力量的問題さえクリアしてしまえば、たとえその技や魔法に本人がどんな負荷がかかろうと発動してしまう。
その結果、小さな体でヴォルガーと戦ったクレアは、その反動で四肢はまともに動かせず、また声もほとんど出ない状態に陥っていた。
「んーん」(どんな力にもリスクは付きまとうものよ。まあ、本来は天職を受けないとまともに使えない力だから、これくらいですんでいるのはむしろ幸運でしょ)
だが、現在の自身の状態に対して、クレア本人は意外にも楽観的だった。
カドルとの意志の疎通は、一年前に身に付けた裏の会話でなんとかなるし、動かない手足も出ない声の両方もしばらくすれば回復することもわかっていた。
というのも、彼女自身が以前のやり直しでも十五歳より前に一錬習得を使ってその場はピンチは切り抜けたものの、体が動けなくなったことはあった。
しかし、過去の経験があるゆえに、勇者としての天職を受ける前にもう一度今回のような無茶をしてしまうと、回復魔法でも治せない後遺症が残ってしまうとわかっていたクレアは、当面スキルを封じることに決めていた。
「んー」(まさか、声まで出せなくなるとは思わなかったけど、消失魔法にまさかそんな落とし穴があるとはね……)
この世界では魔法を発動するには必ず詠唱をしなければならない。
この理は、熱、冷、乾湿の性質を司る魔法粒子は、言葉でしか操作ができないという法則からきており、詠唱とはその操作のプロセスにあたるからだ。
そして、詠唱である声そのものは喉で生み出させるため、喉には魔力が集中し、集中した魔力は、喉に負担をかける。
だが、その負担も本人の魔力コントロール能力が高ければ、喉の消耗を抑えることができるのだが、一錬習得を持っているクレアでさえ喉を傷めたのは、今回彼女が操らないといけないのは、自身の魔力ではなく、消失魔法によって副産物的に得たヴォルガーの魔力だったからだ。
「んーんん」(いくら魔力量的には足りているとはいえ、あんまり他人の魔力は当てにするなってことかしらね。あーあ、一時的にも魔力が増やせるなら、トゥリエちゃんにも、消失魔法教えてあげることを検討するけど、こんなじゃじゃ馬じゃ無理ね)
最後は、冷めた粥を飲み込ませ、食事を終えるとクレアはベッドに横になった。
もう少ししたら、定期健診として、トゥリエが回復魔法をかけにくる。
回復魔法はどんなに術者の魔法が強力であっても本人の体力以上は回復しないため、少しでも体力を温存させておく必要があった。
「……クレア」
クレアが食べ終わった皿を片付けながら、カドルはここ数日で考えていたことの結論を口に出す。
「ん?」(? 何よ?)
「……俺はどうすればいい? どうすれば魔王を倒せるくらいに……お前も、トゥリエも守れるくらいに強くなれる?」
やり直してからの一年間、カドルは必死になって鍛えてきたつもりだった。
前回と同じ運命をたどらないために、それでも守れなかったスティーブのようなことを起こさないために。
だが、現実はカドルが努力を待ってくれるはずもなく、自身の無能さをただただ痛感させられたのが狼の災禍における彼の結論であった。
「……」
クレアも当然カドルのその心境を薄々察してはいる。
しかし、かといって慰めもフォローも本人は望んでいないとわかったからこそ、クレアははっきりと告げた。
「ん……」(無理よ……あんた程度じゃ、いくら一人で頑張ったって魔王なんか倒せっこないわ)
そして三つ目の代償は、カドルが支払ったある代償。
だが、それは表面上に出るものではなく、後にカドルの心を少しずつ蝕んでいくことを今は誰も知らない。




