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信じる心と回復魔法

天歴(テンレキ)985年 人間領 スレイン王国 シャケル リンカーワルド荒野*


「……これから……どう、いたしましょう……」


 仲間だったはずの狼の魔物を殺し、魔核(コア)を回収した後、静かになった荒野でエルフは途方に暮れていた。

 彼女の行動は、月の石記(つきのしらべ)に記されたことを目印に行われるものではあるが、その詳細までは記されることないため、どうやるかは自身で決めなければならない。


「今日中にするのは……狼王()を殺し……代わりの狼王()を見つけること……ですが、代わりは……そう、見つかるものでしょうか……?」


「うっ、あっ……」


「!」


 エルフが悩んでいると、四肢をもがれたはずの女性から声が届く。


「誰か……いるん……ですか……?」


 だが、それは女性が無事だから、ではない。

 むしろその逆。消えかけの命を燃やし、女性は最期の言葉を紡ごうとしていた。


「お願い、します……お腹の、子……私と……イル様の子供……助け……」


 母体の中にいる以上、母親が生きない限り、お腹の中の子が助かる道理もないのだが、それでも子を思う母の気持ちが、女性の薄れゆく意識をなんとか保たせる。

 そして、今は敵対しているとはいえ、そんな状態の人を放っておけるほど、エルフは非常ではなかった。


「……わかりました……契約(お約束)いたします……ですから、もう……」


「ありが……う……ご、……ます…………カイ……、私……幸せ…………た……」


 その言葉を最後に、とうとう女性の体が完全に沈黙する。


「……」


 残る荒野に一人ポツンと残されたエルフは、考えていた。

 女性の中にいる子を助ける方法が彼女には一つだけある。

 だが、きっと目の前の女性はそのやり方による救いは望んでいないだろう……しかし、


「ブレイブ様……どんな結末(シナリオ)でも……決めるのは自分……ですよね…………?」


 だから彼女は唱える。

 女性のお腹の中にいる子が助かるたった一つの方法を。

 人を魔物に変えてしまう禁忌の魔法を。




「……万物を構成する粒子よ。(ネツ)をもって流転せよ」


 エルフは手を掲げ、詠唱を始める。

 詠唱を開始すると、それに反応するように女性の体は光り、やがて片手サイズの白い光の玉が彼女のお腹の中から出てきた。


「水よ。土よ」


 出てきた光の玉は、すぐに大きくなり、その中から出る漏れ出る光は、内部にいる少女の影を映す。


「古き性質(サガ)を捨て、新たな性質を持って生まれ変われ」


 そして詠唱が進むにつれ、光の玉の中で人間だったはずの少女の体は、魔物の体へと生まれ変わる。

 その体液()火花()に、土に還る体(肉と骨)風に還る体(煙と芯)に、そして目に見えない命()目に見える命(魔核)に変質していく。

 このまま順調に変化していくと思われたが、人間だった体は半分魔物のものへと変わったとき、光の玉の明るさが急に弱くなった。


(やはり……生まれてもいない者(母体にいた子)では、魂の量が……)


 だんだん弱まる光を大量の魔力を注ぎ込むことでなんとか消えないように保つ。

 だが、それでも光が弱まるにつれ、エルフの脳裏に失敗という文字が浮かんだ。


(……ですが……今際の願い、聞き届けないわけには……!)


 その結末を振り切るように力を絞るエルフだったが、膨大な魔力を一気に放出した結果、足の力が一瞬抜け、体勢が崩れる。


「くっ…………あっ……!」


 なんとか踏みとどまった瞬間、彼女は自分が持っている狼王の魔核(コア)に気づいた。


「そういうこと……だったのですね……」


 誰に聞かせるもなく、一人で納得すると、彼女は直感に従い、持っていた魔核を光の玉の中に投げ入れる。

 光の玉に魔核が入ると白かった光は赤に変わり、そして自ら強く発光し始めた。


「やはり……これも……運命(定め)……だったのでしょうか……? ……ブレイブ様…………」


 虚しさと寂寥感がこもった独白がエルフの口から零れる。

 だが、それは今、彼女が発動しようとしている魔法を止めるまでにはいたらない。

 エルフは女性との約束を果たすため、仕上げの魔法名を唱えた。


「……反熱の転性(リ・バースデイ)

天歴(テンレキ)991年 人間領 スペリア王国 ランディア村の外れ ワンダル(元)平原*


 話し合いが済んだ後、カドルはクレアを抱えたままトゥリエを隠したところまでフィルシーを案内した。


「んん……あれ、ここは……」


「トゥリエ、目が覚めたんだな。体のほうは大丈夫か?」


「カドル? う、うん……大丈夫だけど、わたし寝ちゃって……ふぃ、フィルシーさん!? それにクレアちゃんも……」


 もともと外傷がほとんどなかったトゥリエは、気絶した間に魔力も少し回復したためか、足音に反応して目を覚ます。

 起きた直後は、記憶が混濁しているようだったが、すぐに思い出し、気絶してから後のこともカドルが簡単に説明をした。


「……そう、だったんだ…………それで、クレアちゃんも……クレアちゃん、大丈夫……なんだよね……?」


「……ああ。一応、フィルシーさんにも回復魔法かけてもらったし、命については問題ない、よ……」


 応急処置は済んでいたものの、ぐったりとし、未だ血の気のない状態で眠っているトゥリエの心配する気持ちはカドルも持っていた。

 受ける本人の体力も消耗する回復魔法は、死にかけの人間には効かないため、クレアの傷が癒えていることから命自体に問題はないことはわかってはいたが、余波で地面を割るほどの死闘を十一歳(子供)の体で繰り広げた反動は計り知れない。


「……ただ、この後も定期的に回復魔法が必要になると思うから、お願いしてもいいか?」


「うん……任せて!」


 しかし、これ以上はカドルにできることはどうしようもなく、クレアの回復力を信じるしかなかった。




「……カドル、これからどうするの?」


「そうだな、この後は……」


 言葉を続けようとしたカドルは、トゥリエがチラチラとフィルシーに視線を向けていることに気づく。

 おそらく話したいことがあるが、遠慮しているのだろう。

 カドルがうなづくと、トゥリエはホッとした表情を見せ、フィルシーへと向き合った。


「……フィルシーさん! その、えっと……ありがとうございます……カドルとクレアちゃんを助けてくれて……」


「いえ……もともとフィルシーが……ヴォルガー様を止められなかった不甲斐なさが……この状況を招いてしまいました……申し訳ございません」


「そんな……わ、わたしも、ヴォルガーさんに、魔法をうっちゃったんです……思いっきり……ごめんなさい」


 魔物(フィルシー)に対し、本心から感謝を述べ、そして謝罪のために頭を下げるトゥリエにカドルは驚く。

 そして、それは顔にも出さなかったが、フィルシーも同じ。

 先ほど来たばかりの彼女は、朝見た時とは、見違えるほどの強さを手に入れた少女に対し、驚愕とそして僅かな憐憫の気持ちを持つと、おもむろに口を開く。


「……また、今回と同じようなことが起こったとき……もし、今度は……フィルシーが敵となり、トゥリエ様と相対し、争いは避けられないとき……トゥリエ様は……いかがいたしますか……?」


 フィルシーはトゥリエの琥珀色の瞳を真っすぐに捉え、回答を待つ。

 だが、聞く前からトゥリエがどう答えるかはフィルシーはわかっていた。

 だからこれは確認作業だ。トゥリエにとっても、フィルシーにとっても。


「もし、同じようなことが起こったら……わたしの大好きな人たちを傷つけられるようなことがあるなら、わたしは今日と同じことをすると思います……」


 そして、トゥリエはフィルシーにとって予想通り(満点)の答えを出す。


「わたしのわがままかもしれません……間違って、誰かに嫌われるかもしれません…………だけど、そうするべきだと思ったことが、わたしが……わたしの心で決めたことだから……!」


 ゆっくりと、自分の言葉を噛みしめるように語るトゥリエには迷いがなく、フィルシーはそれを見て優しく笑うのであった。




(……ああ、そういうことだったのか…………)


 一方、フィルシーとの問答の中でトゥリエの瞳に宿った決意の光を見たカドルは、ふと気づいたことがあった。

 それは彼女がいつの間にか瘴気解呪(カルマ・ディアスペル)を使えるようになった理由。

 僧侶のスキルであるそれを使うのに、トゥリエは天職に基づく精神性が未熟であったが、それが何かまでは昼の時点ではわかっていなかった。

 しかし、今のカドルには直感的にそれがわかる。


(トゥリエに足りなかったのは自信……いや、きっと正しくは、信じるものを信じられる心。

 教会所属の癒す者(プリースト)は神を、あの人は(師匠)を、そしてトゥリエは、自分の信念を……たとえ、どんな困難に直面しても自分にとっての心の支えを信じぬく心を持つことこそが、僧侶にとってスキル習得に必要な精神(欠片)なんだろうな)


 根拠なんてなかったが、自身の直感に確信が持てるほど、今のトゥリエはカドルにはまぶしく見えるのだった。




「……準備はよろしいですか?」


 円形の魔法陣の外周に立っているフィルシーが声をかけた。

 もともとフィルシーのところに彼女を案内した理由は、ヴォルガーの行動のお詫びとして、超級(ギ・クラス)の回復魔法を三人に使いたいという申し出が本人にあったからだ。


「あ、あの……最後に、一つだけ聞いてもいいですか……?」


 魔法陣の中で寝そべった状態でトゥリエが尋ねる。

 寝そべった状態なのは、強い回復魔法ほど受ける側の眠気が強くなるため、変な体勢で眠らないように三人とも最初から寝た状態で待っていた。


「はい」


「フィルシーさんは、これからどうするんですか? それと、ヴォルガーさんは……」


 トゥリエがいた位置からはヴォルガーの姿は見えなかったが、今も氷で体を凍らされていることは聞いていた。


「フィルシーは、人間領(ここ)を離れます……ヴォルガー様については……すみません、お伝えできません。

 ……ですが、今回の件については……これ以上フィルシー様や、ランディア村の方々に……危険が及ぶようなことはございません…………」


 今更、トゥリエたちが眠っている間にフィルシーやヴォルガーは、何かするとは思っていない。

 敵対しても、今も純粋に心から二人の心配をしたからの発言とわかっている。

 でも、だからこそそのトゥリエの問いにフィルシーは答えることができなかった。


「万物を構成する粒子よ。(ネツ)湿(シツ)によって顕現せよ。風よ、その吐息をもって、彼の者に安らぎを。超風の癒気(ギ・エアレール)


 魔法が発動すると、魔法陣の中を癒しの風が包み、外傷はもちろん、体内部の小さなダメージも抜けていく。

 雲はまだあるけれど、少しだけ月の光が明るくなった空を天井に、全身を巡る心地よい風を感じながら、カドルとトゥリエは意識を手放すのであった。

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