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夢見と悪夢

天歴(テンレキ)985年 人間領 スレイン王国 シャケル*


「……ただいま」


 帰ってきた男は、重い足取りでドアを開ける。

 その男の名はカイル。

 スレイン王国の行政を担う役人の、いや、元役人の一人だった男だ。


「おかえりなさい、あなた」


「ホトム! 起きていたのか……」


 カイルは妻であるホトムに駆け寄る。

 夫の帰りをわざわざ起きて待っていてくれる妻の献身性を嬉しく思わないわけでないカイルだったが、最近の彼女は体調が崩しがちであり、無理をしてほしくなかった。


「カドルは?」


「もう寝てる……また、ちょっと怪我をしちゃったみたい」


「! そうか……」


 約一年前、とうとうシャケルの街の議会は奴隷制度を施行のための決議案が採択された。

 それにより、奴隷制度反対派の筆頭に立っていたカイルは、責任を取るという形で議会の役人を辞職したが、もちろんそれで他に反対派に与していた人たちの不満が収まるわけでもなく、街の人たちはカイルたちを冷遇するようになった。


「すまない……俺のせいだ……」


 だが、街の人たちが冷遇し始めた理由は、反対派が負けたからではない。

 むしろ、役人を辞職したときは彼を心配したほどだ。

 そんな彼らの怒りの矛先がカイルに向かったのは、カイル自身が奴隷制度への理解を反対派の人たちに呼びかけ始めたからだった。


「俺のせいで、お前たちにまで迷惑を……」


 カイルは今でも奴隷制度には反対だった。

 それでもカイルが街の人たちを説得側にまわったのは、奴隷制度街が施行され、シャケルの治安が乱れたときに発生する軋轢を少しでも抑えようとしたからだ。

 だが、理屈としては一理あるとしても今までカイルを信じていた人たちがそれで納得できるはずもなく、カイルは次第にシャケルから孤立していく。

 そして、そういった大人の雰囲気を知らず知らずのうちに読んでしまうのが子供であった。


「カイル様」


 弱気になったカイルをホトムは呼ぶ。

 それは十年前、二人が身一つでシャケルに移住することになったとき、禁止したはずの呼び方だ。


「元使用人として働いていた程度の私には何が正しいのかわかりません。

 でも、あのとき貴方が家を捨ててまで私を連れ出してくれたから、貴方が正しいと思う行動をとってくれたから……私は今、こうして幸せに暮らしています。

 ……だから、迷わないで。今は苦しくても貴方が正しいと思っている行動ならカドルも、そして『この子』もきっとわかってくれるはずだから……」


 そう言ってホトムは自身のお腹を優しい手つきでさする。


「『この子』? ……そういえば、お前今日は医者のところに行くって……」


「うん……どうやら、私のお腹の中にまた新しい命ができたみたい」


「! そうか! できていたのか!! 良くやった!!!! ……カドルもとうとうお兄ちゃんになるのか……」


 そんなことをしている状態ではないのはわかっていたが、突然知った吉報にカイルは喜んでいた反面、ホトムは少し複雑そうな表情をしていた。


「……そのことなんだけど、カドルにこのことはもう少し伏せてもらえないかしら?」


「? どうしてだ? 弟か妹(きょうだい)ができることがわかればカドルだって喜ぶ……」


「お医者様が、日数のわりに成長が遅いっていうの……」


「! 流産するかもしれないってことか……」


「そうならないようにしたいけど、絶対はないから……だから、少なくても安定期に入るまではカドル(あの子)には黙っておきましょう?」


「……そうだな。うん、そうしよう」


 言葉での納得とは裏腹に先ほどまでの喜びを潜め、神妙な面持ちをするカイル。

 ホトムとしてはもちろんそんな顔をさせたるために報告をしたわけではなかったため、何か気が紛れる話題を探す。


「……今度は私にも名前を決めさせてね?」


「うっ……」


「カドルのときはほとんどあなたが決めたじゃない」


「わ、わかったよ……ちなみに候補はあるのか?」


「そうね……女の子だったらホルン、男の子だったらイルカっていうのはどうかしら?」


 生まれてくる子供の夢を見て(想像をして)、笑顔を取り戻す幸せな夫婦(カイルとホルン)

 しかし、夫婦が描いた幸せは、終ぞ訪れることがないことは当時の二人には予測できるはずもなかった。



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天歴(テンレキ)991年 人間領 スペリア王国 ランディア村の外れ ワンダル(元)平原*


(助かった……のか……?)


 魔核(コア)が砕かれ、仰向けに倒れていくヴォルガーをカドルはどこか他人事のように見ていた。

 先ほど死を覚悟していたのに……していたからこそ、今の状況にいまいち実感がわかず、荒れ果てた草原、いや、荒野となった土地で、カドルは一人ポツンと立ち尽くしていた。


「っつ……あっ!」


 不意の風ができたばかりのカドルの左手の火傷痕を撫でると、その痛みによって彼は意識を現状に引き戻すことができた。


「クレア! 大丈夫か!?」


 我に返ったカドルが後ろに振り返ると、力を使い果たしていた倒れており、急いでクレアの上半身を抱き起す。


「んっ……はあ、はあ……」


 外傷こそ小さいものだけだが、限界まで体力と魔力を使い切ったクレアの息は荒く、カドルは少しでも呼吸を楽にさせようと顔にある仮面外そうとする。

 しかし、クレアから伸びた手が、彼の手を止めた。


「……ったく、余計なこと、してんじゃ、ないわよ……」


「クレア!? ……良かった、意識はあるんだな」


「誰かさんが、近くで騒ぐから……寝れなかっただけよ……」


「それだけ悪態つけられれば元気……」


 口調とは裏腹に、カドルの手を掴むクレアの細い手はわずかに痙攣し、握力が残っていないことに気がつく。


「……ヴォルガー(あいつ)は倒せたし、とりあえずトゥリエに回復魔法を……ってのはすぐには無理だけど、このままだと瘴気(カルマ)が来るからひとまずここからは離れよう……動けるか?」


「……無理ね」


「そうか、わかった」


 答えを予想していたカドルは、クレアの足と背中に手をまわし、抱き上げる。

 左腕は先ほど、右腕は彼自身が傷つけせいでボロボロだったものの、魔力による自己強化のおかげでなんとか支えることができていた。


「ちょっ!? き、急に何してんのよ!」


 一方のクレアは珍しく焦っていた。


「何って、お前が動けないならこうするしかないだろ」


「こうするしかって……あんた、腕が……!」


「お前に比べればましだ。それに、後は任せてくれるんだろ? だったら大人しく運ばせてくれ」


「……ボロボロの癖にかっこつけてんじゃないわよ。仕方ないわね、あんたのお望み通り……運ばせてあげるんだから……起こさないように、しなさい……よ、ね…………」


 クレアが最後にそう言うと、体から力を失い睡眠状態へと移行する。、

 ただの睡眠であることにホッとするものの、早く離れないとヴォルガーが噴き出るのカルマにつかまってしまうと考えていたカドルはその場を去ろうとする。

 しかし、その期待は最悪の意味で裏切られることになった。


「!! うそ、だろ……?」


 カドルの先ほどまで見ていたところ、今では彼の後ろになっている方角から気配を感じ、行動を止める。


「……()に背を向けて、どこに行こうとしてんだ?」


 カドルの後ろには、彼が今日嫌というほど聞きなれた声の主であるヴォルガー(悪夢)が立っていた。

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