荒野と魔力吸収
「……たしか、ここはもう少し草が生えてた気がするけど、だいぶ荒れちゃったわね」
津波が消え去った後、荒れ果てた大地を見渡しながらクレアは呟く。
夕方まで草が生い茂っていたその草原は、草が根本から掘り起こされ、燃やされ、そして水で流された結果、地中の土が剥き出しの荒野となっていた。
「お前、どうやって超級の魔法を……いや、その前にその魔力はどうして……?」
カドルは気絶したトゥリエを彼女が地下から出てくるときに使っていた穴の窪みに隠した後、クレアに質問を投げかける。
一錬習得のスキルを持っているクレアなら、どんな魔法や技も発動さえすれば、彼女はその力を失敗することなく扱えることはやり直し前の魔王討伐の旅のときから知っていたが、それはあくまで魔力が十分にあった場合の話。
今の年齢のクレアの魔力量はかなり少なく、中級の魔法を一発撃つだけで魔力が尽きてしまうはずなので、超級の魔法は魔力が足りないため、発動すらできないはずなのだ。
しかし、実際にはクレアは超級の魔法を放ち、さらにまだ魔力の余力が残っていることは魔力が目に見えるカドルにはわかった。
「さっきの魔法……ヴォルガーは消失魔法って言ってたやつ、どうやら魔法や技の魔力を消すだけじゃなくて、消した対象の魔力のいくらかを吸い取るができるみたいなのよ……使ってみて初めてわかったことだけど」
「なるほど……って、初めて!?」
「そうよ。消失魔法は今まで消すだけだと思っていたから使わなかったのよ。防ぐだけなら普通の魔法をぶつけるか、避ければいいわけだし。
今なら後二、三発は超級の魔法を撃てそうなくらい魔力が有り余っていることを考えるともっと早くに使っておけば良かったわね」
魔法を使っておきながら、実は仕様を把握しきれていなかったクレアの適当さに助けてもらった身ではあるが、呆れるカドル。
それ以外にもここに来た理由を尋ねたかったのだが、偶然という言葉以外にクレアが説明する様子は見せず、また今更カドルが何を言ったって彼女が従うことはないだろう。
しかし、それでもカドルはクレアに言わなければいけないことがある。
「クレア……死なないでくれよ。お前が死んだら、人間が終わっちまう」
前回の世界では、神職持ち三人より強く、魔王を一人で倒せるほどの強さを持っていたクレア。
その命は一国はおろか、全世界の人間と同じくらい重く、それが失われることが、どれだけ人類にとって絶望的であるのか、カドルにはしっかりわかっていた。
「……ばーか、死なないための準備をできたから来たんじゃない」
クレアはこれ見よがしに腰をひねる。
彼女の細い腰にはカドルが見たことのない剣がぶら下がっていた。
「それ、魔剣か?」
柄の部分が上半分と下半分がスライド式の分離構造になっている剣を見て、カドルはそれが魔剣であることを見抜く。
「粗悪品だけどね。一戦くらいなら問題ないでしょ」
田舎であるランディア村では、包丁や短剣等の生活必需品となる金物は売っているものの、武器まで取り扱っている店はほとんどなく、さらに魔剣まで売っている店はない。偶然ここに来たというのは明らかな嘘だが、隣町に寄っていたのは嘘じゃないようだ。
「!」
「……どうやらおしゃべりはここまでのようね。向こうも、泳ぐのに飽きたようだし」
二人は同時に同じ方向を向く。
その方向は、ヴォルガーが津波によって流されたところであり、夜の闇も相まって遠くまで見えないはずなのだが、二人はその地平の果てで研ぎ澄まされている殺気を確かに認識した。
「超級の魔法でも倒しきれないのか……」
「……予想通りってところかしらね。
超水の扇波は、防がれにくい反面、攻撃力自体はそこまでないし。
普通の魔物ならあれで倒せるでしょうけど、女王種相手ならこんなもんでしょ」
そうクレアは口では言っておきながらも顔には苦虫を嚙み潰したような渋い表情を浮かべていた。
「……魔力、抑えないのか? 今のままだと位置がもろばれだろ?」
クレアから今も魔力が溢れ出ており、魔力を感知できる魔物であれば、容易に魔力の発生もとを特定できるほど強く主張している。
多少抑えたところで、ヴォルガーほどの魔物であるなら、隠しきれるものではないだろうが、それでもせっかく吸収した魔力を無駄に垂れ流している今の状況は好ましくないとだろう。
「そうしたいのはやまやまだけど、できないのよ。消失魔法は魔力を吸収する効果はあるけど、術者の体に溜めておくことまでは効果外っぽいわね。
もとは相手の魔力なわけなんだし、しょうがないのかもしれないけど……でも、そうね。向こうはもう炎の槍は通じないって思っているだろうし、近距離に備える必要があるか……」
クレアが金具をスライドし、魔剣の柄の上下を分離させる。
分離させた下側の内部には、意図的に作られた窪みがあった。
「そういえば、あんた青亀の魔核は持ってないの?」
「……悪い、倒すのでせいいっぱいだった」
「しょうがないわね、そんなことだろうとは思っていたけど……」
クレアは自身のポケットから無属性である白い魔核を取り出すと、窪みにはめ、再度上下に分かれた柄を接合させる。
魔剣をはじめとした魔入洞からとれる鉱石をもとに作成した武器には、魔力を良く通す性質を持っており、それを利用して性能を上げるために魔核をはめる部位があるのだった。
「ひとまず武器はこれでいいとして……万物を構成する粒子よ。冷と乾によって顕現せよ。土よ。その鱗をもって、我に力を授けよ。超土の頑強……万物を構成する粒子よ。熱と乾によって顕現せよ。火よ。その翼をもって、我に速を授けよ。超火の飛翔」
トゥリエは、続けざまに二種類の能力向上魔法を自身にかけ、懐から家庭教師のときにしている仮面を取り出した。
「どうするつもりだよ?」
「決まっているでしょ。あいつを倒すのよ。」
「! なら、俺にもかけてくれ! 俺も……」
戦う。と言おうとしたカドルの言葉をクレアは剣を喉元にで突きつけることで止める。
「生憎、あんたに能力向上魔法をかける分の魔力はもう残ってないわ。引っこんでなさい」
「……お前の魔力がないっていうなら、この状態のままでもいい」
「残念だけど、この程度に反応できないようじゃ、でしゃばっても死ぬだけよ」
「だからって、お前が一人で戦ってどうにかなるのかよ?」
「どうにかなるんじゃないわよ。どうにかしないといけないなら、どうにかするだけよ。それに……」
「……狼王の踵蹴!!」
会話を遮るように、二人の上空からいきなり現れたヴォルガーは、空中落下に加え、空中での爆発により加速した踵落としをクレアに放つ。
クレアはそれを剣によって受け止めたが、彼女の華奢な体を通して伝わった衝撃は地面を大きく割る。
「くっ……クレア!」
地面が割れたことによって弾けた地面からの粒に、近くにいたカドルは反射的に腕で顔を防ぐ。
そのせいで、彼の視線は自身の腕に遮られ、クレアの顔が見えなくなった。
「ったく、心配しなくてもちゃんと衝撃を受け流しているんだから、情けない声を上げるんじゃないわよ」
常人であれば、受けるだけで剣が折れ、骨も砕けるほどの威力のある攻撃を平然と受け切ったクレア。
その声色は軽く、余裕を感じられるようなはずなのに、カドルはその響きをどこか悲しそうに聞こえた。
「…………それに、あんたには……ううん、あんただからこそ、戦う顔を見せたくない……だから、後のことは頼んだわよ」
クレアはカドルの返事を待たず、仮面をつける。
顔を見られないように、何かを隠すように。
そして、倒すべき敵に標的を見定め、覚悟を持って口を開いた。
「一錬習得……奴隷人形」




