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火狼と消失魔法

 爆発によって舞い散る火の粉を背景に、ヴォルガーは一歩ずつ近づいてきていた。


「まったく、さっきはトゥリエ(あんた)に騙されたよ。降伏をしておきながら、その前に土の鎖()を仕掛けておくとはな……」


 落ちた火の粉が地面に落ち、無事だった草原を赤く染め始める。

 広がっていく火の手は、徐々にカドルたちのいるところへと近づいてくるが、それが火遊びに思えるほど、目の前にいるヴォルガーの脅威は絶対的だった。


「……けど、悪くねえ。ただ諦めるよりかは、ずっといいと思うぜ……って、あれ?」


 ヴォルガーが二人の姿を確認したとき、カドルとトゥリエは、重なり会うように地面に倒れている。

 土砂の爆発が起こった瞬間、カドルがトゥリエを庇ってはいたのだったが、数メートル級の土砂を一気に吹き飛ばしたその威力は凄まじく、多少の距離はあれどその余波によって子供の二人の体を吹き飛ばしていた。 


「死んじ……いや、気絶しちまったか?」


「ぐっ……はあ、はあ……」


 動かない様子を見て、気絶を疑ったヴォルガーをカドルが立ち上がることで否定する。

 だが、トゥリエのほうは、命にこそ別状はないが、吹き飛ばされた衝撃と魔力の大量消費によって、完全に気を失っていた。


「立ち上がったか……だが、それでどうする?

 魔物化した腕(対抗手段)ももうなければ、トゥリエ(そっち)も気絶している……万に一つもお前には勝ち目はねえぜ?」


 ヴォルガーの言葉をカドルはどこか上の空で聞いていた。

 体は傷と疲れで感覚が乏しい反面、意識だけははっきりしている。

 その感覚にはどこか既視感があり、記憶を探ってみると、ちょうど一年前の日に行き当たった。


(たしか猪の厄災の日(あのとき)もボロボロだったけ……ははっ、一年前から何も変わってねえな、俺は……)


 一年前から成長していないことを自嘲しながら、カドルはトゥリエを見て、それから自分の右手を見る。

 一年前から変わっていなかったからこそ、それだけで十分だった。


「……戦う」


 短く、しかしはっきりとカドルは言った。


「勝てるとでも?」


 一方のヴォルガーは少し意外に思っていた。

 この状況ならカドルはトゥリエを生かすことを第一にすると考えていたからだ。

 しかし、実際には今のカドルは、気絶しているトゥリエを気にかけていないわけではないが、それと同じぐらい目の前の戦いに、そして自分が生きることに意識を割いている。


「勝てるかどうかじゃない……今ある俺の命は、トゥリエが命がけで助けてくれた命だ。俺が勝手に捨てていいもんじゃない。

 だから、俺は戦うんだ……ここで命を諦めることは、俺が俺を殺してしまうことだから……!」


「へっ……やっぱ、私の判断は間違っていなかったみたいだぜ、フィルシー……狼王の炎爪嵐槍(ウル・バースト)


 ヴォルガーは軽く笑った後、片手を振ると、その軌跡の何倍も大きい火炎が槍の形となって空中へと現れた。


「これは私が使える技の中で一番強いやつだ。威力は……さっきの爆発を引き起こしたやつって言ったらわかるか?」


「……なんで、わざわざそんなことを?」


 嘘は言っていないように見えたが、自分の技の説明をするヴォルガーに対して、カドルは怪訝そうな顔をする。


「これを私が撃てばあんたらは死ぬ……自分がどうして死ぬかくらい、知っておきたいだろ?」


 煽るわけでもなく、絶望を与えるわけでもなく、淡々と事実をつげる。

 これで終わりだと。これからお前たちは死ぬのだと。


 たとえ伝えることが残酷な行為だとしても、カドルとトゥリエを認めた彼女なりの誠意(優しさ)でもあった。


「……じゃあな。もしもあんたらが今度魔物(私と同じ存在)に生まれ変わったら、楽しくやろうぜ……狼王の炎弾(ウル・ショット)


 作った炎の槍ではなく、ヴォルガーの手からいきなり現れた火球が二人に放たれる。


「!? くっ!」


 意表を突く攻撃に、カドルは少し遅れながらもなんとか反応し、気絶しているトゥリエを抱きかかえ、横に飛ぶ。

 二人は、スレスレで火球を避けることができたが、ヴォルガーはすでに避けた先に狙いを定めていた。


一指弾(シングル)!!」


(やばいっ! これは、避けられ……!)


 大気を燃やしながら進む炎の槍は、着地後の硬直した二人をまとめて串刺しにせんと一直線で突き進み、目前にまで迫った。そのとき、


「……の障壁(ウォール)


 突如現れた水の壁に、炎は吸い込まれるように消えていった。


「っ……えっ!?」


「はっ?」


「……ったく、しっかりしなさいよね」


 困惑している二人に、少女の声が届く。


主役(ヒーロー)は遅れてやって来るっていうけど、やり直しでの(今回の)主役は勇者()じゃなくて、あんたなんだから」 


 声の主は、ヴォルガーは知らず、けれど、カドルは良く知っている人物。

 五年後に勇者の天職、いや神職を授かる赤髪の少女、クレアだった。


「く、クレア!?」


 クレアはランディア村を離れ、ルビーに向かっていると思っていた、カドルは驚く。

 見間違いや走馬灯さえ疑ったが、やはり何回見てもそこにいたのはクレアのようだ。


「ど、どうしてお前が、ここに……?」


「偶然よ、偶然。隣の村で買い物をしてからルビーに行こうとしたら、たまたまこっちに来ちゃったのよ」


「そんな、偶然あるわけ……!」


「うっさいわね。目の前に敵がいるんだから、細かいことをぐちぐち言っている暇なんてあるの?」


 当然の疑問を口に出すカドルをクレアは正論で黙らせる。

 一方のヴォルガーは、そんな二人の様子を、クレアの様子を注意深く監視していた。




(……なんだよ、あいつの違和感は?)


 ヴォルガーはクレアが現れてからずっと彼女に対して違和感を持っていた。

 それは、クレアが突如現れたからでもなければ、彼女がどうやって炎の槍を消したのかわからないからといわけでもない。

 今まで経験したことのない違和感は、ヴォルガーを慎重にさせていた。


「……お前は、誰だ?」


「誰でもないわよ。今のところわね」


「さっき、狼王の炎爪嵐槍(私の技)を消したよな? ……何をした?」


「さあ? もう一回同じことをやればわかるんじゃない?」


 答えてはいるものの、明らかに適当に返すクレア。

 明らかに挑発だとはわかっているものの、どうやって炎の槍を消したのか、そして自身が感じている違和感の正体を探るため、ヴォルガーはあえてのることにした。


「それもそうだな……狼王の炎爪嵐槍」


 ヴォルガーは、自身の両手の爪を立て、空中をえぐるようにひっかくと、先ほどと同じ大きさの炎の槍は、今度は十本出現した。


十指弾(デキャプル)!!」


 そして、ヴォルガーが両手を振ると、十本の炎の槍はそれぞれ別の軌道をとりながらも、前後左右全ての逃げ道をふさぐようにクレアに飛来する。


「万物を構成する粒子よ。(レイ)湿(シツ)によって消失せよ。濁流よ、火に滅びを与えよ、滅水の障壁ナ・ウォーターウォール


 そして、これまた先ほどと同じ青色の水が、今度は大きな壁となって現れ、炎の槍を消す。

 再び炎の槍が消されてしまったヴォルガーであったが、今度はしっかりとクレアの魔法を見ることができ、さらにそれの正体を彼女は知っていた。


「な、なんで、お前がフィルシーと同じ(エルフの)魔法を……消失魔法(アンチ・マジック)を使えるんだ!?」


 だが、知っているがゆえにヴォルガーは困惑する。

 なぜなら、クレアが使ったその魔法は、彼女が知る限り、一人の人物しか使えないはずなのだから。


「ふーん。やっぱりこれってエルフの魔法だったんだ……消失魔法って結構安直な名前なのね。

 んで、どうして私が使えるのか、だっけ? 簡単よ。魔法(使えるもの)だから使えるの。私のスキルは……というか、私という存在はそういう風に作られているから」


「? 何を言って……」


 ヴォルガーが言い切るより前に、クレアは詠唱を開始する。


「万物を構成する粒子よ。(レイ)湿(シツ)によって顕現せよ。水よ。その涙をもって、我が敵を飲み込め。超水の扇波(ギ・アクアウェーブ)


 クレアの魔法を発動させると、トゥリエのときより数倍大きい十数メートル級の津波が発生し、ヴォルガーに襲いかかる。


「! 狼王の廻蹴(ウル・カーゲ)!!」


 ヴォルガーは慌てて迎撃するため、土の波を砕いた時よりさらに速く、そして熱い灼熱の蹴りよりによって津波を切り裂いた。


「ちっ! またかよっ……!」


 しかし、すぐに後に来る波によって、やはりまた手数が足りなくなり、大量の水に飲みこまれたヴォルガーは、水の中では上手く動くこともできず、遠くへと流されていった。

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