土の山と瘴気解呪
土の波が動きを止めたのは、ただ広い草原だった土地の一角が、トゥリエの魔法によって荒野へと変わった後だった。
夜の暗闇に加え、大量に巻き上げられた土によって、地面を照らそうとする月の光は土煙によって遮られていた。
「……はあはあ……やった、の……?」
トゥリエはきらした息を整えながら土煙が晴れるのを待つ。
残りの彼女の魔力のほとんどを費やして発動した上級魔法は、土波の範囲内にある草原のもとになっていた草を根こそぎ剥がすほどの威力だったことに彼女自身驚いていたが、自身の決心により起こした行動の結果だとかみしめる。
「…………ヴォルガーさん、ごめんなさい……っ!」
ヴォルガーのいた場所には、いくつも折り重なった土の波によって作られた山ができていた。
「うぅ……」
「! カドル!」
トゥリエは近くにいるカドルに駆け寄り、しゃがみ込む。
まだ呼吸はあらく、意識も覚束ないカドルの目の下には、紫色のクマができていた。
(! これは、あの時の……)
猪の厄災の日の翌日、カドルにある紫のクマを覚えていたトゥリエは、それが瘴気によってもたらされたものに気づく。
あのときは、どうにかしようとも当時の彼女には解決のための知識も技術もそして精神もなかったため、少しずつクマが薄くなっていながらも苦しそうに眠り続けるカドルを見ることしかできなかった……けれど、今は違う。
瘴気解呪
僧侶のスキルであるそれを発動できれば、カドルを救うことができると知っており、発動できるだけの技術を彼女はすでに持っていた。後は……
(『神様を信じる』こと、だったっけ……?)
昼にカドルが癒す者から話をしていた神様のことを思い出す。
ランディア村にはラスティンという豊穣の神の存在が語り継がれており、年に一回収穫祭のときには祀ることも行う。
ただあくまで村に言い伝わっている存在でしかないため、トゥリエ自身もいまいち神様というのにピンときていなかったが、もし神様に縋ることでカドルを救うことができるなら彼女はいくらでも信じていただろう。
しかし、幼い故の真面目さが都合の良いときの神頼みを躊躇わせる。
(……こんな時にだけ神様にお願いしたら、神様も困るよね?)
神を頼ることはしない。けれど、あのときのように回復を祈って待つのはしないと心に決めていた。だから……
(……だったら、わたしが……わたしの手でカドルを助けるんだ……!)
トゥリエは目をつむって手をかざす。
カドルの全身にかかっている白いモヤと左手の黒いモヤを感じ、彼女はそれがカルマであることに気づいた。
(これを消せば……ううん、消すんじゃなくて……)
直感的にカルマへの対処法がわかった瞬間、自然とスキルの名が口から出ていた。
「瘴気解呪……!!」
かざした手から出た光が、カドルの体に移り、全身に広がる。
光に包まれると、目の下にあったクマは少しずつ消え、カドルは意識を取り戻していった。
「うっ……こ、ここは……はっ!」
意識が覚醒した直後のカドルは、少し混乱していたものの、すぐに状況を思い出し、伏せた状態から顔を上げる。
そのとき、一番最初に目に入ったのは、目をつむった状態で自身の魔力を絞り出しているトゥリエの姿であった。
「トゥリエ……?」
カドルが呼びかけると、トゥリエは瘴気解呪を止め、おそるおそる目を開いていった。
「はあはあ……カドル……? ……良かった、良かったよぉ…………」
泣きかけの顔をしながらも笑顔を見せるトゥリエ。
カドルは自分を苦しめていた頭痛や吐き気がなくなっていることに気づき、自身の左手を見ると、ヴォルガーの群狼の火爪によってつけられた魔印も治っていた。
「……トゥリエ」
カドルが改めて名前を呼ぶとトゥリエは一瞬体をピクリと震わせた。
「わ、わたしはね、カドルの逃げろって指示、破っちゃったけど……で、でも間違ったって思ってないよ! カドルを助けることは、わたしが心で決めたことだから……!」
今更になってカドルの指示を無視したことの罪悪感を感じていた彼女であったが、もちろんカドルはそれを責めるつもりはない。
「いや、俺が間違っていた……助けてくれて、ありがとう」
だから、精いっぱいの感謝を込めてカドルは笑った。
「! うん、えへへ……」
トゥリエの笑顔を確認してからすぐ、カドルは力の入らない体に無理やり力を入れて立ち上がった。
「ぐっ……」
「か、カドル、大丈夫!? 回復魔法を……」
「いや、回復魔法はいい。今、回復魔法を受けると眠気でまともに動けなくなる……それより、あいつ……ヴォルガーは……?」
「ヴォ、ヴォルガーさんは……あそこ」
トゥリエがヴォルガーのいたところを指をさす。
その先には、草原の草がところどころ混じった土の山ができていた。
(あれを、トゥリエが……)
やり直す前の魔王討伐の旅で、魔法というのがいかに人智を超えた力であるかは経験していたが、それをまだ十一歳の少女が引き起こしたことで改めて圧倒される。
クレアがどうしてトゥリエに一目置いていたのか、その理由の一端がわかったような気がした。
「わたしがこれをやったんだよね……わたしが、ヴォルガーさんを……」
先ほどまではカドルを助けることで頭がいっぱいだったが、それを終えて改めて自分のやったことに向き合い、彼女は心を痛めていた。
(本当に……)
だが、一方でカドルはトゥリエに言葉をかけなかった。
それは、かける言葉が見つからなかったからではない。ある不安が彼の心を重くしていたからだ。
(本当に、これで終わったのか……?)
カドルがまともに戦ったことのある女王種は、前回の魔王城でのラミアしかない。
しかし、ヴォルガーがそのラミアと同等レベルと考えるとどうしてもあっさりしすぎている気がしていていた。
そして、その不安は的中し、山の中心に魔力が高まっているのをカドルの目はとらえる。
「! トゥリエ!!」
「えっ?」
カドルが叫んだ直後、山の中から爆発が起こる。
爆発は、数メートルもある土の山を吹き飛ばし、山だった土地を更地へと変えた。
「……炎嵐の狼王」
そして、爆発の中心にいたのは、二人が知っている人物であり、そして知らない姿。
爆煙の中から姿を現したヴォルガーは、尻尾の先の部分が赤く強い光で発光し、逆立った髪が銀色から赤色に変わっていた。




