上級魔法と土波
*天歴991年 人間領 スペリア王国 ランディア村 夜*
カドルが逃げろと指示を出したときは、地下を出てランディア村に戻るように指示を出していた。
もちろん、単純に逃がすだけではトゥリエが罪悪感を覚えるため、村に戻るのはあくまでディアンマ村長に村の守りを固めてもらうという役割も与えていた。
そして、青亀が来る直前の打合せではトゥリエ自身もそれに了承していたからこそ、それを放棄してまで彼女が今ここにいる理由がカドルにはわからなかった。
(……トゥリエ、どうして……?)
だが、その疑問を口に出そうにも体を蝕む瘴気による頭痛と吐き気が邪魔をし、カドルはうずくまるしかなかった。
(……カドル、ちょっと待っててね。すぐに助けるから……!)
苦しそうに呻くカドルのことは心配だったが、今自分がすべき事は心配することではないとわかっているトゥリエは口を真一文字に結んでヴォルガーと相対する。
実践経験は乏しいトゥリエだが、強さは明らかにヴォルガーのほうが強いとわかっており、さらにカドルの助けも期待できない状況のため、心の中には怯えも動揺もある。だが、決心はすでにすんでいた。
(チャンスは一度きり……絶対に決めなきゃ!)
「……よお、まさかあんたが出てくるとはな」
一方のヴォルガーもトゥリエの姿を見て驚いていた。
嗅覚が鋭い彼女は、トゥリエが地面の中にいたことをわかってはいたものの、青亀の戦いの様子から出てくることはないと思っていたからだ。
(さて、どうしたもんか……)
さきほどカドルが言っていた通り、フィルシーとの契約もあるため、なるべくトゥリエを傷つけたくないという考えがヴォルガーにはあった。
(ここは朝みたいに挑発して適当な魔法を撃たせた後、隙をつくのが一番か)
朝の様子を思い出し、状況の再現を試みようとしたヴォルガーだったが、意外にも先に言葉を発したのはトゥリエだった。
「ヴォルガーさん……カドルを見逃してくれませんか? 代わりにわたしになら何をしてもかまいませんから……」
この期に及んで甘い考えをしてくるな、とヴォルガーは思ったが、トゥリエの目を見て、本人自身も無茶な提案だとわかってはいるようだ。
そうわかっていてもその提案を、これ以上誰も傷つかないですむ願いを口に出さずにはいられなかったのが、その少女の優しさを表していた。
「それは無理だな。カドルは今、ここで殺す。逆にあんたが逃げるっていうなら私も見逃してやるよ」
だが、当然ヴォルガーとしてはその優しさを否定する。
魔印をしているので、放っておけば魔物になるカドルであったが、部分的ではあれ魔物化した彼の腕が今は人間のもとに戻っていることを見てしまったヴォルガーはそんな希望的予測は持っていなかった。
そして、それゆえにさきほど放った二度目の群狼の火爪も外してしまい、しばらくスキルが使えない状況になってしまったため、カドルに対してとる行動は、その命を絶つことしか残されていなかった。
「……っ、ありがとうございます。でもすみません、その申し出は受け取れません。
だから、抵抗させてもらいます。ヴォルガーさんが、諦めてくれるまで……!」
トゥリエの目に決心の火が灯る。
それは、朝見たときの頼りないものでもなければ、激しく燃え盛るものでもない。
静かに、けれどたしかにある熱量は、たしかな決意を示していた。
(こりゃあ、フィルシーに言い訳もできなくなったな……)
その目を見て、戦闘は避けられないとわかったヴォルガーは覚悟を決める。
それは一発魔法を撃たせた後の隙をつくという悠長な考えを。フィルシーとの契約を反故にしてトゥリエを倒すことを。そして、その後に自信を待ち受ける運命を。
「万物を構成する粒子よ。冷と乾によって顕現せよ」
トゥリエが魔法の詠唱を開始する。
彼女の中にある魔力は、詠唱という橋渡しにより、この世の性質を司る魔法粒子に干渉し、世界を彼女が紡ぐ言葉の通りに歪ませ始める。
「させるかよっ!」
一方のヴォルガーもそれを黙って見逃すはずもなく、魔法が発動する前に潰すべくトゥリエへと突撃する。
「ぶへっ!?」
だが、駆け出した彼女の足は、何かに足をとられ、前のめりになって倒れる。
反射的に足を硬直させたものの正体を見ると、そこには足に纏わりついた土の鎖があった。
(! いつの間に!? ……いや、さっきの土の鎖はカドルを助けるだけじゃなくて、私の足も封じていたのかよ!!)
自身が転んだ仕かけをすぐに看破したヴォルガーはすぐに立ち上がったが、その隙は、トゥリエが詠唱を完了させるまでの時間稼ぎとしては十分だった。
「土よ。大地の力をもって敵を飲み込め。上土の扇波」
トゥリエの詠唱が完了した瞬間、彼女の周囲の土地が盛り上がり、波となってヴォルガーを襲う。
土の波は草原の表面を削りながらその大きさを増していき、十メートル級にまで大きくなった土砂の壁がヴォルガーまで届く。
(ちっ! これじゃあ避けらんねえ)
ヴォルガーは、すぐに自分の足についている土の鎖を破壊することには成功したものの、目の前にまで迫ってきた土の大波を避けることはできないと察し、迎撃の構えをとる。
「火狼の廻蹴!!」
赤く発熱したヴォルガーの足は暗闇に明るい軌跡を描きながら、自身の身長より遥かに大きい波を砕くことに成功する。
しかし、
(数が多すぎる!)
波は一つ壊れたが、その後も同じ大きさの土の波が続々と到着する。
ヴォルガーの蹴りはそれら一つ一つを破壊していくことはできていたものの、崩れた波と新しくくる波がヴォルガーのいる空間を埋め尽くしていく。
(……仕方ねえ、か……)
いくつかの波を壊したが、そのうち迎撃の手が間に合わなくなると判断したヴォルガーは諦めることを決める。
動きの止まった彼女を土の波は容赦なく飲み込んでいった。




