浮袋と決着
(……カドル)
地下の暗闇の中、わずかな魔核の光とともにトゥリエは地上で行われている戦いが終わるのを待っていた。
地中にはいくつかの土の柱があり、それらはそれぞれが地上の土の壁に接続され、トゥリエが操作できるようになっている。
(無事だよね? ……ううん、信じるって決めたんだから、ちゃんとしなきゃ!)
今回の戦い、トゥリエをできるだけ青亀の脅威から遠ざけたかったカドルは、彼女が扱える土属性の魔法によって、本人を地中に作った空間に隠すことを策定していた。
もちろん、それを初めに聞いた時、トゥリエは反対が頭をよぎったが、その前にカドルを信じることに決めていたため、一つだけ彼に約束をし、それ以上の言及はしなかった。
「トゥリエ! 敵が近づいている!!」
地上の音を拾うため、あえて開けた穴からカドルの声が届く。
その直後、トゥリエの目の前にある土の柱が崩れ、その柱に繋がっている地上の土壁が破壊されたことを意味していた。
「万物を構成する粒子よ……」
そして、そのことをトリガーに、事前に決めていた作戦通りに詠唱を開始したトゥリエであった。
「クソッ!!」
魔法の詠唱が終わると同時に土壁から発射される土の鎖を見ながら青亀は自分の失敗に気づく。
それは、囮の土人形に騙されたこともそうだが、土壁と術者(に見せかけた土人形)を破壊するために移動用の手段を使い切ったこともそうだった。
(浮袋のストックが尽キタ。早ク、補充シナケレバ!)
青亀が飛ぶ理屈として、浮袋という水の膜に圧縮した空気を入れたものを自身のスキルである水甲の外装を利用して作成している。
具体的には甲羅の内部で空気を水甲の外装で繭を作るようにして圧縮した状態で蓄え、移動するときはその繭の一部を開け、圧縮した空気を噴出することにより推進力としている。
そして、青亀がこの場から離脱するためには先ほど甲羅内部に蓄えた浮袋をほとんど使い切ってしまったため、また空気を補給する必要があった。
(チッ! コレモ、アノ人間の狙イ通リカッ!!)
こちらに向かって走ってくるカドルをにらめつけながら、青亀は体をひきずりながら土壁の陰に隠し、再度、浮袋を蓄える。
土の鎖は、青亀を一直線に捕らえるのではなく、逃げ場を潰すように外側から内に向かって囲いをつくるように動いた。
(術者が地面の中にイル以上、地上の様子は見エナイハズ……ナラバアノ人間がコチラに来ルコトモナイ)
いられるスペースが徐々に狭まっていきながらも青亀は落ち着いていた。
事前に等間隔によって配置された土壁から出る土の鎖は連結し、中の青亀を出さないものであるものであると同時に外からカドルが近寄れないための柵になるからだ。
実際、カドルも手前まで来るとそこで立ち止まり、土壁に手を置いていた。
(……今ナラ、逃ゲ出セル!!)
土の鎖が重なり、完全に檻として完成するその直前、青亀はわずかな時間で集めた浮袋の空気を自身の下に向かって全て噴出し、囲いを抜けるため、夜空へと飛翔する。
(壁で体を隠シタ上に、コノ暗サナラ、我がイナクナッタコトに気ヅクマイ!)
日はすでに落ちきっており、さらに月の光も弱い空に、鈍い青色の肌をした青亀が消える。
肌の色が暗いため、その様子を一見で見破ることは難しく、人間の中でそれができる目を持っている者は現状では十人もいないだろう。
「……トゥリエ、打ち上げを頼む!」
ただ、その目を持っている者の一人が今その場にはいたが。
「……万物を構成する粒子よ。冷と乾によって顕現せよ。土塊よ、壁を形成せよ、中土の周壁」
カドルが掴んでいた土の壁がせせり上がり、彼と青亀の距離を一気に詰める。
「馬鹿ナッ!?」
(青亀は水甲の外装による解除と使用は同時にできない……つまり、今なら倒せる!!)
驚いている青亀をよそにカドルは残った左手を強く握る。
そこには魔核の爆発によって失っていた短剣の代わりに、緑血魚をスラッシュで倒したときについでに拾っていた、魔核があった。
「獅子っ……」
……ズキン
魔核を投擲によって青亀に当てられる射程圏内に入り、爆発直前まで魔力をためた魔核を投げようとした瞬間、左手の魔印から鋭い痛みが走り、握っていた力を弱らせる。
(マズイ! これじゃあ、青亀を仕留めきれないっ!!)
ズキン!
カドルのこれまでの経験が冷静に攻撃の失敗を告げる。
なぜなら、そのまま投げようとしてもコントロールは定まらず、かといって、再度狙いをつけようとしてもそれができるほどの時間的余裕がないことは、爆発直前で発光している魔核が示していた。
だから、
「っ、うおおおおお!!」
ズキン!!
カドルは土壁を蹴り、魔核を左手に握ったまま、青亀につっこむ。
「ナッ、貴様、正気カッ!?」
青亀の目を穿ったときに爆発の近くにいることは同様だったが、先ほどと違い、防御を捨ててまで攻撃をする執念にカドルの正常性を疑う。
カドルは返事をすることはなかったが、正気だった。
ただし、犠牲は魔核を握っている左手に留めるつもりであったという程度ではあるが。
(これなら、外さない!!)
ズキン!!!!
カドルの左手に握られた魔核の光と、痛みが最高潮まで達した瞬間、カドルの中の存在しないはずの記憶が、消えているはずの記憶が脳裏をよぎった。
『最後に一つ教えておくけど、人間のスキルと違って、魔物のスキルは魔核を通して発動するんだ。
だから、人間である君がそのスキルを使えるのは、魔核を持ったときだけだよ』
それがどういう意味を持つのかは思い出せないまま、ただ条件を満たしたことに気づいたカドルは、習ったそれを無意識に口に出していた。
「……魔核換装!!」
闇夜の空に二つの影が交差し、それらは二つとも空中から降りて草原にドサッという音をたてる。
「はあ、はあ」
「ナ、ナンダ、ソレは……」
一つは魔物である青亀。
その腹部の甲羅にあった魔核は割られ、甲羅全体には刃物に……いや、鋭利な爪によって切り裂かれた跡がつけられていた。
「っ、はあはあ……」
「ナニモノナンダ……貴様は……?」
そして、もう一つはただの人間であるカドル。
いや、今はただの人間と呼べるのかは怪しかった。
なにせ、カドルの体は、その左手は、銀色の毛と鋭利な爪を持つ獣の手へと変わっていたのだから。
ランディア村の西にあるウェラスト山の山頂で、一人のエルフ・フィルシーが月光浴をしていた。
月光を浴びながら過去の思い出を振り返るということは彼女の趣味にして日課だったが、生憎今日の月の出は悪く、ところどころで雲が光を遮っている。
(……今宵は、月があまり見えません……久方ぶりの人間領の最後の夜がこのような形になるのは心残りですが、致し方ありませんね……)
フィルシーは残念そうにしながらも、待っている人狼の相方・ヴォルガーのいる洞窟へと帰る。
洞窟では、退屈を持て余しているであろう彼女のために、半宵までの話し相手になるつもりだったのだが、
「……ヴォルガー様?」
戻った洞窟には焚火の火が消えていて、さらに相方の姿はなかった。
火が消えているだけなら夜だから寝ているという可能性はあったが、それだと姿もがないことに説明がつかない。
さらに、争ったような形跡はないことから、自主的にどこかに行ったという考えに行き当たる。
(ヴォルガー様、どこに……まさか!)
そして、その行く先に一つの可能性を気づいたフィルシーは洞窟を飛び出した。
(この胸騒ぎが杞憂でありますように……)
自分のこの行動が、間違っていることを願いながら、彼女はそこへと向かうのであった。




