囮と土人形
(術者が姿を見セナイノハ、動カナイノカ、ソレトモ動ケナイノカ……?)
青亀はまだトゥリエの姿を直接見たわけではない。
しかし、カドルの体にかかっている能力向上魔法からトゥリエが近くにいることは確信しており、さらにそれを裏付けるようにカドルは戦い始めてからずっと、青亀を自身の後ろにある土壁には行かせないように立ち回っている。
(ドチラニセヨ、術者が土壁のドレカに潜ンデイルノハ確実……土の壁を使ッテ隠レタツモリダロウが、スデニ術者の位置は割レテイル)
青亀が生み出した(全滅したが)緑血魚は魔力と瘴気の匂いに敏感であり、特にカルマがほとんどない人間領では、魔物の持つカルマは邪魔がなくかぎ分けることができるので、数十キロ離れていても追跡することができる。
魔力の感知のほうは、カルマほどではないが、それでも先ほどカドルに避けられて戻ってくる間に、等間隔で並べられた壁のどこにトゥリエがいるかを探ることは緑血魚にはできていた。
(術者の力量がワカラナカッタカラ、緑血魚には戻ラセタが、未ダに動ク気配スラ見セナイトナルと、動ケナイ……イヤ、魔法を使ッテイルノダカラ動カナイか……使エル魔法に対シテ経験が未熟ナヨウダナ……)
カドルが最初に青亀を受け止めたときや、魔核を爆発させたときなど、援護するタイミングはいくらでもあったはずなのに、それがないことからトゥリエの実戦経験の不足を青亀は見抜く。
(後は、目の前のカドルをドウヤッテ横ヲスリ抜ケルカ……)
「ヤハリ、コウスルシカナイカ……」
「!?」
青亀は潰されていないほうの目から再度魔核を排出し、緑血魚を生み出す。だが、ダメージが大きかったせいか、魔核から生まれた緑血魚が二、三匹しか出てこず、また生まれてきた緑血魚もすでに煙が出ており、その煙体は風に還りかけている。
(……何を狙っているんだ?)
カドルは、大きく負傷している青亀がわざわざ自身の力を減らしてまでボロボロな緑血魚を出すとは思わなかったため、わずかに動揺したが、すぐに残った左手で短剣を構えつつ相手の狙いを読もうとする。
だが、
「……人間ヨ、」
もちろん青亀はそれを待つわけもなく、先に行動へと移した。
「『最後に少し付き合ってもらう』と言ッタナ。……生憎、オ前ミタイナ異常者にコレ以上付キ合ウツモリは毛頭ナイ!!」
怒りの咆哮とともに緑血魚をカドルに向かって放つ青亀。
スキル、波風によって空中を泳ぐことができる緑血魚は、体を崩れるのも構わず、飛んでくる。
(そのまま緑血魚を飛ばしてきた!? ……いや、これは!!)
迎撃しようとしたカドルに飛来する白刃が目に入る。それは先ほどまで青亀に刺さっていたカドルの折れた短剣だった。
(短剣を投げてきた!? いや、水甲の外装を使って跳ね返したのか……なんて、器用さだ)
硬さと柔らかさを持つ水甲の外装を駆使することによって、矢のように放たれた短剣は、緑血魚より速くカドルめがけて飛んでくる。
(短剣のほうがスピードが速い……先に短剣を処理したら緑血魚が対処できないとういわけか……なら!!)
カドルは横に飛び、短剣の軌道から自身の体を外す。
ただ、後から来た緑血魚は当然、進行方向を修正し、カドルに突撃してくる。
「っ、獅子爆盗!!」
追ってきた緑血魚に対して、残った左手の短剣を投げ、柄に括り付けた魔核を爆発させることによって薙ぎ払う。
(これで俺にはもう手持ちの武器はない……青亀が狙ってくるとしたらここのはず……!)
自分が丸腰になったところを狙ってくると読んだカドルはすぐに青亀が最初に見せた体当たりを警戒する。
直後、カドルの読み通り、青亀はその隙を狙って宙を滑走してきた。
しかし、
「なっ!?」
青亀が通り過ぎていったのは、今カドルがいるところではなく、先ほどまでカドルがいたところ。
そして複数の土壁が並んでいるところだった。
「まさかっ!?」
「ハッ、マンマト我の囮に引ッカカッタナ! 術者の命はモラッタゾ!!」
あっという間にカドルが守っていた位置を通り抜けた青亀は、土壁のうちの一つめがけて直進する。
そのスピードと回転数は速く、空気を切り裂く音は最初の様子見の突進の比ではないことを示していた。
「トゥリエ! 避けろ!!」
カドルは青亀の後を追いながら、トゥリエに向かって叫ぶ。
「遅イ! 今更叫ンダトコロデ、我の攻撃を避ケラレルカ!!」
青亀の高速の体当たりは、その軌道上あったものを容易く粉砕し、土壁とさらにその後ろの人型だったものが地面に散乱する。
破片が地面に散らばるのを見た見た青亀は満足そうに着陸した。
「ハーハハハ、コレデ良シ! コレデ、我はマタ一歩海時王に近ヅイタ! コレデ、我の失ッタカルマも回復スル!! 残リのオ前もスグに術者と同ジヨウに体をブチ撒ケサセテ……ブチ撒ケ……!?」
饒舌な青亀を止めた違和感。
その違和感の原因はカドルでもなければ自身の体がでもない。
被害者となり、体が散らばったはずのトゥリエ。
(ナゼ、人間の破片が散ラバル? 我が以前、人を殺シタトキも体は潰レはシタガ、散ラバルコトは……ナニヨリ、人間の体ニハ血トイウモノが流レテイルハズナノに、ナゼ我の体ニハ術者を殺シタトキの返リ血がツイテイナイ? コレデハ、マルデ……)
青亀は改めて、自分が壊したものを見る。
そこには、青亀がさっき見た通り、壊された土壁と、上半身がなくなっている人型の土人形があった。
(馬鹿ナッ、偽物ダト!!? ジャア、術者はドコに……?)
青亀は慌てて周りを見渡すが、他の土壁にもトゥリエの姿は見えず、さらに混乱する。
そして、その答えは、姿からではなく、声からやってきた。
「……万物を構成する粒子よ」
(ナッ、詠唱!?)
「冷と乾によって顕現せよ」
(ドコカラ……ン?)
声の元をたどり、青亀は答えに気づく。
声がしたのは青亀が壊した土人形の足元。そこには小さく、けれど、人為的に作られた穴が開いていた。
「土塊よ、我が敵を縛れ」
(マサカ!?)
「中土の捕縄」
(隠レテイタ場所は土壁の後ロデハナク、地面ノ中ダトイウノカ!?!?)
青亀が来る直前、カドルとトゥリエは今回の戦いにおける最終チェックを行っていた。
カドル「……と、まあ復習になるけど、トゥリエには、地面の下に作った空間を使って魔法支援をやってもらうのが今回の作戦だ。
それで、地下に入ると相手の姿を目で見ることができなくなるから、トゥリエは俺が言った言葉に合わせて状況を読み取ってくれ」
トゥリエ「うん、「頼む」だったら『能力向上魔法をかける』で、「避けろ」だったら、『敵が近づいてきている』だよね?」
カドル「ああ」
トゥリエ「「離れろ」だったら『逃げろ』って意味だし、「逃げろ」だったら『かけおちしよう』ってことだよね?」
カドル「そうだ……ん?」
トゥリエ「それで「好きだ」だったら『愛している』だし、「結婚しよう」だったら『健やかなときも病める時もお互い慈しみ合うことを誓います』ってことで、わたしも『誓います』って言えばいいんだよね?」
カドル「えっ!? そ、そんなことを決めたつもりは……」
トゥリエ「カドル酷い! わたしとは遊びだったのね!!」
カドル「い、いや、そもそもそんな話じゃ……」
フィルシー「乙女心を弄ぶやつはギルティー……で、ございます……」
トゥリエ「フィルシーさん!? どうしてここに!?」
フィルシー「フィルシーは恋する乙女の味方……そして、鈍感を建前に乙女心を傷つける輩をボッシュートする役でございます……」
カドル「いや、意味がわからないんですけど……」
フィルシー「なれば……ボッシュートを実際に……受ければわかりましょう……」
カドル「えっ?」
カドルの足元に突然、真っ黒な穴が現れ、カドルは奈落へと落ちていく。
カドル「う、うわああああああああーーーーーーーーーー」
「はっ!?」
カドルが目を覚ますと、自分のベッドにいた。
慌てて自分の現状の記憶を思い返し、青亀と戦う前に回復魔法で消耗した体力を取り戻すため、仮眠をとっていたことを思い出す。
「ゆ、夢か……内容は覚えていないけど、あまり良い夢じゃなかった気がする……って、ヤバい! 寝すぎた!! 急いで準備しないと!」
こうしてカドルは慌ただしく自分の部屋を出ていくのであった。




