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緑血魚と能力向上魔法

「!? イ、イケッ!!」


 カドルに突っ込んできた青亀(ウォーター・タートル)はワンテンポ遅れて、先ほど産み出したばかりの緑血魚(ウィンドウ・ピラニア)の魚群を放つ。

 青亀はカドルに能力向上魔法(バフ)がかけられていることに気づいており、そして能力向上魔法の効果は発動した術者の位置から離れるほど弱くなることも知っていた。

 それゆえに、能力向上魔法の恩恵を自ら減らしてまで突撃してきたことに虚を突かれる。


『戦いの基本は、常に先手を打ち続けること。実力が足りていない側が後手に回って勝てる勝負はない』


 師匠の教えを守って飛び出した、カドルは向かってくる魚群に対し、ぶつかる直前に足から滑り込むことで自身の上半身を倒し、魚群の下をくぐり抜ける。


(まずは……)


快盗乱麻(スラッシュ)!」


 すれ違いざま、緑血魚の群れがいる真上に斬撃を放つと、緑血魚のうちの数匹の体が真っ二つに裂けた結果、魔核に戻ってポトリと地面に落ちる。

 だが、カドルはその様子を確認する間も惜しみ、上体を起こすと右手の短剣による突きを青亀の顔めがけて放った。


単盗直入(スマッシュ)!!」


 すでに青亀が展開している水甲の外装(ウォーター・アーマー)に対して、カドルは快盗乱麻のような線の攻撃ではなく、単盗直入による点での攻撃で突破を試みる。

 カドルの狙いは当たり、短剣の刃先は青亀の水甲の外装を貫く……が、刃の部分が水の膜を抜けたところでその動きは衰え、青亀に届く前に完全に止まる。


「惜シカッタナ。悪クはナカッタが、水甲の外装(我ガ力)の神髄は『硬さ』デハナク、『柔軟性』。ソシテ水が形を持タナイユエの『変幻性』ヨ!」


 動きの止まったカドルの隙をつくように背後から戻ってきた緑血魚の群れが迫る。

 緑血魚が戻ってきたことは、読んでいたカドルだったが、水の中に腕を突っ込んだ状態のため、避けるために短剣を手放すか、短剣を離さないために体を傷つけるかの二択を迫られる。

 そして、カドルは寸分の迷いもなく短剣から右手を放し、回避行動をとった。


「ハッ、武器を捨テタカ!」


 ただし、捨てられた短剣の柄には釣り糸によって巻き付けられた魔核(コア)が魔力を過剰供給されたことによって白い光を放っていた。


「ナニッ!?」


(敵の出現元(青亀の目)を断つ!)


獅子爆盗(メテオラ)!!」


 カドルが防御の姿勢をとる同時に魔核の爆発が起こり、カドルごと緑血魚を焼く。今度は、爆心地に突っ込む形になった緑血魚の群れは、その衝撃に耐えきれるはずもなく、残りは全ての目の中にある小さな魔核ごと砕け散った。


「ギャアアアア!!」


 さらに青亀のほうはというと、爆風自体は水甲の外装(自身のスキル)で受けきったものの、爆発という推進力を得た短剣が固定していた水の膜を突き破り、青亀の目に深々と突き刺さった。


「っ……能力向上魔法がかかっていたとはいえ、少し火力が強かったな」


 防御の体勢をとったとはいえ、一番近くで被害を受けたカドルのダメージももちろん大きく、特に右手はこの戦い中はまともに使えないだろう。

 しかし、まだ無事だった左手が残っている。


「ぐうう……」


 一方の青亀の傷つけられた目から氣という名の火花が飛び散っていた。

 魔物の体を構成している氣は、人間などの動物における血にあたるものの、血のように液体として流れ出るのではなく、火花として噴出する。


(何故ダ、何故コンナコトニ!?)


 片目が完全に潰された状態の青亀は、混乱した状態のままこれまでのことを述懐する。


 青亀が陸地にいる地の一派の二人組フィルシーとヴォルガーの姿を見つけたのは二日前。

 人間領ということで人目を避けてか、海沿いを歩く二人をたまたま人間()を探して一人浅瀬を泳いでいた青亀が発見した。


 二人を一目見た瞬間、自己との実力差を悟り、はじめこそ見なかったことにして過ぎようとしていた青亀だったが、カルマへの飢えがある考えをよぎらせた。

 それは、二人の後をついていけば、簡単に餌を得られるというアイディア。

 人間領に集落のあるオーガでもないのにわざわざ人間領にいることから、二人の後をつければ街や村にたどり着くであろうことは容易に想像できた。


 もちろん、下手に感づかれてしまえば、目障りとして消されてしまう危険性はある。

 だが、空・地・海の三つは争ってはいるものの、まだどの勢力も擁立する王が存在しない現状では、暗黙的な了解でお互いへの手出しを禁止している。

 それでも、念を入れて二人組との距離と活動時間をなるべくずらして青亀は行動していた。


(エルフと人狼(ヤツラ)が、村を滅ボシタ後で死肉が食エレバヨシ。ソウデナクテモ人間タチの住処(餌の場所)がワカレバ絶好の狩場にナルハズガ……)


 青亀はカドルを見つけた瞬間、驚きはしたものの、読み取った雰囲気から明らかに実力が二人組よりあるわけでもなければ、自分よりも弱い(格下である)とわかり、安堵した。

 そしてカドルに対しては二人組からなんとか逃げ延びてきた幸運な、そしてこれから自身の餌になる不運な人物、それが青亀の評価……のはずだった。


「……痛がっているところ悪いな。最後に少しだけ付き合ってもらうぞ」


 だが、餌のはずの人間が負傷はしているものの、こうして立っており、その上、未だその闘志は衰えていない。


(ナ、ナンナノダ!? コイツは……!!?)


 人間と戦い、殺し、そしてその血肉を食べてきた青亀だったが、カドルのような人間に会ったのは初めてだった。


 それは年齢にそぐわない強さのみさして言っているのではない。

 常人であれば躊躇うような行動、判断に対して、迷うことなく決められる精神の異常性。

 魔物に対する怒りと憎しみ、人間を守ることに対する使命感や正義感、自ら出ている全てのを感情を青亀を殺すために向けてきている。


(ココは引クベキカ……)


 現状、致命傷までには至っていないものの、今も目に刺さっているナイフによる傷は深く、たとえこの場では勝ったとしてもその後に二人組の後をつける余裕はないと思い、青亀の脳裏に撤退の選択肢がよぎる。

 今なら逃げに徹すれば、カドルも負傷している以上、深追いはしてこないだろうとよんでいた。


 だが、このまま帰ればただの骨折り損だ。

 失った栄養(カルマ)を補給するためにも最低でも一人は殺しておきたかった。


(シカシ……コイツを殺ルノハ、多少のリスクが伴ウカ、ソレナラ……!)


 青亀はカドルじゃないもう一人、能力向上魔法をかけた術者(トゥリエ)に狙いを定めた。

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