青亀と食屍種
「食屍種か……」
普通の亀はもちろん、カドルが知っている青亀とも違い、髑髏の頭をし、人の言葉を話す目の前の魔物を見て、カドルは苦虫を噛み潰したような顔になる。
基本的に魔物は人を殺すものの、それはあくまでカルマを得るためであり、人肉自体には興味がない。
だが、一方で人の肉を食べる魔物は存在し、種族として人肉を食べているのはオーガ、それ以外の魔物で種族関係なく人を食らうものを食屍種と呼んでいた。
「ホウ、人間ヨ。我を見、言葉を聞イテ動ジナイトハナ。オ前以外の人間は、タイテイ我に恐怖シ、慄イテイタゾ」
顔はしかめたものの、普通の人がするような反応をしなかったカドルに青亀は感心したそぶりを見せる。
「……お前みたいな、人を食べたことの魔物の相手をしたことはあるだけだ」
「ナルホド。ソノ歳にシテ、我の同類に会ッタノカ、ソレは興味深イ……ダガ、運ガ良カッタナ。貴様程度の未熟なカルマデアレバ、見逃サレタトシテモウナヅケル」
青亀はまだ子供のカドルを見て嘲笑う。
カドルに対して言ったことは、本音であったが、あえて挑発するように言ったのは意図があった。
「食屍種に会ッテドウダッタ? 怖カッタカ? オゾマシカッタカ? ドレホドの人間を殺シテイタ?」
種族は違えど食屍種の魔物は共通して人間相手によくしゃべるという性質を持つ。
それは、あえて相手の言葉を用いて恐怖心などを煽ることで、負の感情を引き出すためであり、カドルもそれはわかっていた。
だが、それでもカドルは感情を抑えることができず、自然と左手に力が入っていた。
「人間ヨ。我が怖イカ? ……ソレトモ憎イカ?」
「……魔物が人間を襲うのは、それが魔物という生物の本能だからだ。
それを否定するつもりはないし、殺した後に人が食うから悪い、食わないから正しいなんて俺が決めつけられるものではない……」
カドルは自分に言い聞かせるように答える。
前回の魔王討伐に出る前までは、カドル自身も魔物という生物を悪の存在だと考えていた。
意思疎通もできず、人を襲い、ランディア村を滅ぼし、師匠を殺した。
そんな生物は存在してはいけず、滅びるべきなのだと。
しかし、仲間と一緒に旅をしていき、様々な経験を積んでいく中で、その考えが間違いであることに気づく。
たとえこちら側からすれば悪に見えるような相手だとしても、相手には相手の都合があり、正義がある、と。
ある意味当然の良識をカドルは遅くはあったが、前回の旅が終わるころには手に入れていた。が、
「けど、それでも、俺はお前が憎い……人を殺すお前を許せない」
理屈で感情を抑えられるほど、カドルは賢くなかった。
「……アア、ソウダ! ソノ憎シミコソ、我が海時王にナルタメノ極上の贄にナル」
青亀は恍惚な表情(といっても骸骨だが)を見せた後、髑髏の目から小さな魔核をポロポロこぼす。
魔核はそれぞれが地面に着く直前に浮き上がり、魔核を目とした魚の姿を現した。
(緑血魚……さすがに同じ方法では攻めてこないか)
知恵を持った魔物は自身の魔力と瘴気を消費することで下僕となる魔物を作り出すことができる。
そうやって生み出された魔物はたいてい単純な命令でしか動かせず、そのうえ短命のため、普段は一、二匹しか出さないものだが、今は十匹近い緑血魚が空中に浮かびながら鋭い牙を光らせている。
今度、青亀の突進を受け止めようものなら、緑血魚の牙が肌に突き刺さるであろうことは容易に想像できた。
(こっちもそろそろ感覚が戻った……ここからが本番だな)
一方で、カドルのほうも連続で快盗乱麻を使った反動と、青亀の腹の魔核に弾かれたことによる痺れから回復したことを確認した。
「悪いな。お前が海時王になることはねえよ……なにせ、あんたは今ここで俺に倒されるんだからな!」
再度短剣を構えた後、カドルは緑血魚の群れと青亀へと突っ込んでいった。
*天歴990年 人間領 スペリア王国 ランディア村 クレア(とカドル)の家*
雨でカドルの畑仕事が流れたある日、カドルはクレアから魔物の三つの勢力について教わっていた。
「……って感じで、魔物のほうも三つに勢力が分かれていて、それぞれの擁立する魔王候補を育てているってわけ」
長い赤髪を後ろに束ね、フレームだけの眼鏡をかけるという姿で教えるクレア。
髪はまだしも、なぜわざわざ眼鏡をかける必要があるのかと疑問をぶつけたところ、そのほうが雰囲気が出るというのがクレアの返しだった。
前回の旅の時は、ずっと鎧を着ていたため気づくことがなかったけれど、案外恰好から入るのかもしれないとカドルは認識を改めていた。
「なあ……天空王と海時王も地重王みたいに復活のために村や街を襲っているのか?」
魔物の勢力争いについて話を聞いたカドルは真っ先に心配したのは、同じように襲われている村や街がないかということだった。
「まあそうね。けど、地重王のようなケースは特殊よ」
「特殊?」
「だってそうでしょ? 襲う街ぐらいは選別してるでしょうけど、仮にも地重王の魔核を持っているのに、今回みたいなたいした護衛もいないって明らかにおかしいじゃない」
猪の厄災の日、茶猪王に埋め込まれている魔核が地重王のものだとわかったとき、クレアはカドルが倒せたことより、一緒にいた魔物が茶猪と緑蝙蝠しかいなかったことに驚いていた。
「たしかに……どうしてなんだ?」
「知らないわよ。私、今までのやり直しでは十歳に地重王の魔核持った魔物を見るってことなかったし。
調べようにも十五歳までは勇者の証明がないから情報は集まらないし、できた後は逆にパーティーメンバーに知られないように動いていたし……さすがに何かしらの方針はあるとは思うんだけどね……」
クレアは今回も空・地・海の三勢力があることについては、カドル以外のパーティーメンバーには話すつもりはなかった。
「……地重王のほうが特殊としたら、天空王と海時王はどうやってカルマを集めているんだ? 空の一派と海の一派は同じ方法で集めているのか?」
「二つとも別々の方法よ。地重王のほうを特殊って言ったのは、地の一派みたいに魔核をノコノコと自分たちの領域の外にもっていかないから。
空と海のほうは、まあそれぞれ形成している社会の違いを反映しているって感じね」
「社会……たしか、空の一派が全体主義、海の一派が個別主義、地の一派がその中間って話だったよな?」
カドルは先ほど教わったばっかりのことを、確認がてら口に出す。
「種族ごとのヒエラルキーが確立されている空の一派の場合、配下の魔物たちは人間を捕獲して、天空王の器にする魔物のもとへせっせと運んでいるのよ。
親鳥が雛鳥に餌をあげるみたいにね……いわば雛鳥型って言ったところかしら」
「雛鳥型……」
字面だけ見るとほほえましいものだが、実際に餌となっているのは人間だと考えると残酷な方法だ。
「逆に海の一派は種族自体はあれど、そこにヒエラルキーなんてないからゲームで決めているわ」
「ゲーム?」
「そう。といっても、もちろん楽しいものではなくて、海時王の器を希望する個体同士が種族間、おそらく同種族同士であっても殺しあって、最後に勝ち残った一人が晴れて海の一派の海時王として君臨する……いわば共食い型ね」
「共食い型……けど、そんなことしたら、勢力として数が一気に減らないか?」
「おそらく、そこらへんも考えなんでしょうけど、予選があるのよ」
「予選?」
「……七年後にある本戦までに一定以上の人を殺し進化すること……そんな糞みたいな予選がね」




