夕暮れと幼馴染
ランディア村の東に位置するワンダル平原は、山がある西側とは対照的に低い土地が続いており、半日ほど進むと海にたどり着く。
海では、魚などが取れるものの、ランディア村で漁業が発展しないのは、海の向こう、実質的には海に入った一歩先から魔物が支配しており、うかつに出かけようものなら命がないからだ。さらに海の魔物も陸地に上がってくることは滅多にないため、ワンダル平原は人も魔物も誰もいないのが普通であるが、珍しくこの日は人も魔物もどちらも存在していた。
「トゥリエ、大丈夫か?」
「うん!」
沈みかけの夕日に照らされた土壁からトゥリエがピョコンと顔を出す。
ワンダル平原にはカドルの胸元ぐらいの高さの土壁がいくつか点在していた。
不自然なほどに等間隔で配置されたそれらは、もちろん自然にあるものではなく、トゥリエの魔法によって生み出されたものだった。
(もう少し時間がまともな罠を仕掛けられたんだけど……いまさらか)
回復魔法を受けた反動によって仮眠をとったカドルが起きたのは空に赤みがさしたころ。
体調的には万全になった反面、少し早く起きて、罠を仕掛けることも考えていたカドルだったが、気づいたらギリギリまで寝てしまっていた。
クレアがいればたたき起こしてくれたのだろうが、万が一のことを考えてルビーへと避難するため、愛馬(?)のブラックペッパー号に乗ってランディア村を発っているはずだった。
「魔物のほうはどう? こっちに来てる?」
「ああ。日が沈みきるまでにはおそらく見えないけど」
「そっか……」
ポツリと呟き、遠くを見つめるトゥリエ。
その琥珀色の目には僅かな緊張はありつつも、怯えや過分な気負いは見えない。
今日はずっとトゥリエの様子を伺っていたカドルは落ち着いていることに安心する反面、昼からの短時間でよくここまで回復できたものだと素直に感心していた。
(トゥリエを頼んだとは言ったけど……ここまで立ち直らせるとは)
カドルが眠る直前、クレアに頼んだのは朝の一件で自分を責めているであろうトゥリエを落ち着けることだった。
最悪の場合、無理矢理にでも一緒にルビーまで避難連れて行ってもらうことをクレアにお願いしていたため、起きた時にトゥリエがいた時点で落ち着けることに成功していたのはわかっていたが、それでも今の落ち着いているトゥリエを見た時は、実は数日経ったのではないかと疑ったほどだ。
「……トゥリエ」
「? 何?」
「いや、あの、その……大丈夫か?」
「大丈夫だよ……って、さっきも聞いたよね?」
「えっ? そ、そうだったな」
あははと苦笑いをするカドル。
しどろもどろな対応になったのは、クレアになんて言葉をかけられたのか聞こうか迷った結果、それは今やることではないと気付き、直前で思い留まったから。
けれど、そんなカドルの不安に気づいたトゥリエは、自身の胸元に手を置き、クレアがくれた言葉を思い出すと、ふんわりと笑った。
「……本当に大丈夫だから。クレアちゃんとカドルが信じてくれる限り、わたしはわたしを信じられる……そう、わたしは心で決めたから」
「! そうか」
トゥリエの笑顔を見て、カドルの心にあった迷いが消える。
これ以上の心配は、クレアにもトゥリエへの信頼への侮辱だと判断したカドルは思考を魔物を倒すことに切り替えた。
やがて夕日がゆっくりと地平線へと消えていく。
トゥリエはすでに作った土壁に身を隠しており、反対にカドルは土壁の前に立って精神を集中させていた。
今頃、ランディア村に行われているスティーブの一回忌では、英雄の功績が尊ばれ、そして喪われたことが偲ばれているだろう。
(今回こそ守りきるんだ)
今日は決して喜ぶべき日ではない。
しかし、だからこそ今日という日にこれ以上の悲しみを増やすわけにはいかないとカドルは強く決意する。
(これ以上、今日を誰かの命日にもさせてたまるか!)
カドルは気持ちを奮い立たせるときのルーチンワークとなっているミサンガを巻いた右手を握るという動作を行ったとき、
ズキッ!
(痛っ!?)
ヴォルガーによって左手につけられた傷跡が主張するかのように疼き始めた。
(今、痛みが出て良かった……いや、良くはないけど、頼むから戦っているときは出てきてくれるなよ)
起きた時から熱を持ち続けるそれは、周期的に痛みを発し、カドルの思考の邪魔をする。
だが、我慢できないというほどでもなく、また戦闘中なら脳から出るアドレナリンによって気にならない可能性はあるものの、今すぐに左手の傷を治す手立てがない以上、次の痛むことが致命的な隙にならないことを祈ることしかできない。
(……魔印付けられたところから痛み出るってクレアは言ってなかったけど、そういうものなのか? いや、そうだとしても……)
やり直す前を含め、カドルにとって魔印は聞いたことがある程度であり、直接関わるのはほとんどなかった。
そのため、カドルは自分の左手の不調の原因を魔印が付けられたことによって生じていると結論付けた一方で、カドルの直感は嫌な違和感、いや、既視感を訴えていた。しかし、
……ュン、ヒュン、ヒュンヒュンヒュン!!
その正体を探る前に空中を回転しながら急速に近づいてくる物体によってその思考は隅に追いやられる。
「! トゥリエ、頼む!!」
「万物を構成する粒子よ。冷と乾によって顕現せよ。土塊よ。彼の者に力を。中土の頑強」
トゥリエの能力向上魔法がかかったのと同時にカドルは自身の短剣を両方抜き、クロスするように構えることで飛来してくる物体、もとい魔物を受け止める構えをする。
馬が走るより速く飛んできた青亀は、スピードを緩めることなく、固い甲羅をその構えられた刀身にぶつけた。
ガン! ギギギギギ……
剣と甲羅の勝負は、回転をしていた分の威力で甲羅が少しずつ押し込んでいくものの、回転が弱まるにつれて力が拮抗していき、やがて回転が止まると同時に完全に進む力を失う。
「っし!!」
動きが止まった甲羅に対して、カドルは空中に向かって押し上げることで攻撃をする隙をつくる。
狙うは、甲羅の腹側に青く光る青亀の魔核。
「快盗乱麻!!」
カドルは両手の短剣から交差する斬撃を放ち、一気に決着をつけようとしたが、
バシャ!!
甲羅の手足の部分から噴射された水の膜によって斬撃は吸収される。
「くっ! 快盗乱麻!」
それでもカドルは再度斬撃を放ったことによって、水の膜を破り、魔核に剣を届かせることに成功する。が、
カン……
連続の上、水を破ることにより威力を失った攻撃では、青亀の体を弾くことが精いっぱいであり、魔核を傷つけることはできなかった。
(水甲の外装……予想はしていたけど、やっぱり、厄介だな)
ひとまず距離ができたカドルは、青亀の甲羅の弱点である腹が地面に面していることもあり、追撃を行わず、出方を伺う。
一方の青亀は飛んできたときから甲羅の中に引っ込めていた手と足、そして髑髏の形をした顔を出した。
「人間コロス……地のヤツラコロス……我コソが、海時王……」




