夢と地重王
「あれ? ここは……?」
白い空間の中にカドルは立っていた。
天井もなく、壁もないただ広い空間にいきなり放り込まれたため、何が何だかわからず、事前の記憶を思い返す。
「たしか今日はスティーブさんの命日で、それでトゥリエに会って、魔物の二人組に会って、クレアに状況の説明と青亀の対策の相談をした。
その後、回復魔法を受けて減った体力を戻すために夕方まで仮眠をとったはず……」
最後の記憶が寝たことなので、現状は夢の中であるという結論にたどりつく。
真っ白な空間というよく物語とかではあるけれど、実際にはありえないところにいることから、納得できる反面、カドルは嫌な既視感を感じていた。
なるべく早くこの空間から抜け出たほうが、いや、目覚めたほうがいい。
そう思ったカドルの判断は間違いではなかったが、しかし、遅かった。
「やあ、今朝ぶりだね。……まあ、君は覚えていないだろうけど」
何もないところから突然男が現れる。
男がにやにやとした笑みを浮かべているのもあったが、それ以上にカドルの直感が目の前にいる男に対して心の底からの嫌悪感を抱かせていた。
「お前は誰だ……?」
「おや? まだ気づいていないのかい?
今まで丁寧に食べてきたとはいえ、初めましての挨拶は三百回以上したし、君はさっき自ら気づいていたじゃないか」
「何を言って……」
「一年前の今日、君は何と戦った? 何を殺した? 気絶する前、君の体を包んだカルマは、一体誰の魔核だった?」
「!」
カドルは男の正体がわかった瞬間、確かめることもせず、男に向かって一目散に駆け出した。
「お前が、地重王……お前が……スティーブさんを殺したのかあああああ!!」
一気に男に肉薄したカドルは、強く握りしめた拳を力の限り、にやにやしたままの男の顔をめがけて繰り出す。
しかし、
「その目、その表情……いい憎しみだね……けど、」
カドルの拳は当たることなく、体ごと男をすり抜けてしまった。
「なっ!?」
「残念。ここは夢の中だから、僕に触れることはできないよ」
攻撃を当てることしか考えていなかったため、カドルを空振った勢いでまともに受け身をとることもできずに転がる。
「だいたい、僕が殺したって言ってたけど、勘違いも甚だしいなあ。
スティーブを殺したのは僕じゃなくて茶猪、それと守りきれなかった君でしょ」
「勘違いなんかじゃない……スティーブさんを殺したのは茶猪たちとそれを率いていた茶猪王、そして俺の全員だ!」
触れられない以上、どうすることもできず、カドルはせめて睨みつけながら立ち上がる。
(見えてはいても触れられない。転んでも痛みはない……ふざけた態度をしてるけど、夢ってことはどうやら本当みたいだな)
ぶつけようのない怒りを抑え、改めて地重王の姿を見る。
仮にも魔王候補ということだから化け物のような姿を予想していたが、意外にも頭に生えている角と菱形の瞳以外は人間とそう遜色はない。
だが、カドルの知っている限りの女王種のフィルシーとヴォルガーを思い返してみると、その主にあたる地重王が人の形をしていてもおかしくはないのだろう。
(そういえば、やり直し前にクレアが戦った魔王ってこいつだったのか? というか、こいつについてクレアに話せば……!)
「クレアって子に僕のこと話そうとしても無理だよ。だってこの夢から覚めたら君はここでの出来事を忘れているし」
(心が読まれた!? いや、ブラフの可能性も……)
「違う違う、ブラフなんかじゃないよ。最初に君が思った通り、心を読んだっていうのが正しい答えさ。
その証明に今、君は心を読むことが僕のスキルだと思っただろ?
あっ、ちなみに心を読むのは僕のスキルじゃなくて、食事の副次作用なだけだから、スキルという考えは間違いだよ。残念だったね」
「……ずいぶん、ペラペラとしゃべるんだな」
「さっきも言った通り、夢から覚めたら君はここでのことを忘れているからね。いくらここで秘密をあかそうが、後で困ることはない……むしろ、君の苦悩というスパイスが僕の食卓を鮮やかに彩るのさ」
小馬鹿にするような態度で話す地重王は、威厳こそないものの、悪役というには十分なほど憎たらしい。
(たしかに起きた時に何も覚えていないなら意味がないけど……)
「地重王にとって俺の悪夢は食事なのか?」
「悪夢が食事? 違うよ。魔物にとって一番の食事はあくまでカルマだよ。それにしてもどうせ覚えていないっていうのに無駄なことを聞くね」
(……やっぱり)
さきほどから、地重王はこの夢のことは忘れるものだと、夢の中での言動は無駄だと繰り返している。
記憶が消えるということは、おそらく本当なのだろう。でなければ、今こうして正体を明かしてしゃべっているはずがない。
一方で、こうして地重王が自身の優位性を繰り返していることについては、それに相当な理由があると思っており、地重王は嘲笑ったことからカドルは自身の考えに確信を持った。
「……当てられちゃったか。たしかに、君が考えている通り、僕が食事をしても完全に消去できるってわけじゃない。表面的には思い出すことはないけど、既視感を覚える程度は残るよ。
まあ、記憶が消えるのはあくまでカルマ得ることのおまけみたいなもんだし、君が気づいたように思い出さない程度に残せば、無意識下への刷り込みになる。
あの日、僕が出した誰一人見捨てず村を救う案を、君がそのまま口に出したみたいにね」
「! あれは、お前が考えたやつだったのかよ……」
目覚めてスティーブの翌日にクレアを怒らせてしまったやり取りを思い出す。
当時は特に疑問には思わなかったけれど、護衛団の出発を遅らせるため、村にあえて被害を出すという案が自然に口に出ていたことはカドル自身にとっても理由がわからないことだった。
「あえて嘘をつかないのも、こうして自ら解説をしているのも、見破られたことによる動揺から優位性を崩さないためさ。
……で、君がさっきからずっと考えていることに答えてあげよう。代わりに僕のお願いを一つ聞いてくれないか?」
「そんなの、聞くわけ……」
「いいや、君は聞くさ。何せ、僕のお願いは君にとっても利益があるからだ。
君にはそのまま言った方が効果的だから端的に言おう……力が欲しくないか?」
物語でよく聞くような誘い文句を地重王は飾らずに言った。
「トゥリエを守りたいんだろう? クレアを救いたいんだろう? さきほど、自分の無能さを実感したばかりだろう?
このままでいいのか? また繰り返すのか? 父さんの遺言を守らなくていいのか?」
中に一年いたということもあり、カドルの弱点がわかっている地重王は、さきほどまでのにやけ顔から一転、真剣な表情で的確に弱点をつく。
(……こんな見え見えの揺さぶりに、ひっかかってたまるか)
一方で、カドルは冷静に思考を働かせるように努めていた。
何せ相手は魔王になるかもしれないやつだ。用心をいくら重ねても足りないことはないのだから。
「……君が心配しているのは、僕に良いように操られないかってことだろう?
安心したまえ。僕に人の体や心を操るような能力はないし、力といっても君に渡すのはただのスキルだ。使うかどうかは、君が決めればいいし、もし君が心からいらないと思ったときは、僕の方でスキルを消しておこう」
先ほどまで煽っていたのとは対照的に、少し声のトーンをおとしてくる。
スキルの譲渡などカドルは聞いたことがなかったが、地重王の様子を見るに嘘は言っていないようだ。
しかし、地重王のこちらにとってうますぎる話しに裏があると疑うのは当然だし、なかったとしても、のるべきではないとカドルの論理的な思考も直感も同時に訴えている。
けれど、
「ッ……聞くだけだ。やるかどうかは…………」
力の誘惑に抗えず、カドルは相手の要求を確認するという建前が口を動かさせた。
そしてそれを自分でも自覚しているからこその罪悪感が、さきほどまでずっと地重王をとらえていた目をそらしてしまう。
その瞬間を待ち望んでいた地重王はニヤリと笑った。
「ようやく目を離してくれたね……これで交渉成立だ」
直後、一瞬で距離を詰めてきた地重王にカドルは左手を握られる。
「な、何を勝手に……熱っ!? ……熱いっ!??」
先ほどまで痛覚がなかったはずの左手に握られた感触と熱が同時に流し込まれる。
「くっ!」
「おっとっと」
カドルが左手を振り払うより早く、地重王は手を放す。
地重王に掴まれていた左手は、見た目こそ特に変わっていないものの、今も熱を持って暴れており、カドルは無駄だとわかっていても右手で押さえてしまう。
「っ……、いったい、何をした? ……俺を、騙したのか?」
「騙してなどいないさ。スキルを渡すというのは本当だし、どう使うか、もしくは使わないかは君の自由だ。
ただ、人間の君と魔物の僕とで直接スキルのやりとりはできないから、君の左手の中に僕のカルマの一部を混ぜる形にしたのさ。
そのうち、女王種がつけた魔印と融合してそのうち僕のスキルの劣化品が誕生する。それが君に渡したかったスキルだ」
「俺は、聞くだけだと……」
「おや、そうかい? 君の心の中じゃとっくに覚悟を決めていたはずだけどな?」
「っ!」
そんなはずはない。とカドルは思うが、それを自身に証明するための手段は存在せず、言葉が出なくなってしまう。
「さて、スキルも無事挙げられた渡せたことだし、早速使い方を教えてあげようか。
え? 使い方を教えても忘れるんじゃないかって? さっきも言った通り、深層心理に刷り込めば、自然と使えるようになるさ。
というわけで、君がめでたく手に入れたスキル、魔核換装の使い方なんだけど……」




