洞窟と前勇者
ランディア村の西にあるウェラスト山に二体の魔物がいた。
二人は夕日がさす山の中に洞窟をつくって入っており、その日の夕食である魚と兎肉の下処理がされた状態でつるされていた。
「フィルシー、そろそろメシにするか」
「……つーん」
周りに人はいないため、フードを外して声をかけるヴォルガーとは対照的に、フィルシーはフードを深く被ったままだった。
「おーい」
「……つーん」
「いや、あのさ」
「……つーん……フィルシーは拗ねている……でございます」
(子供かよ!)
フィルシーの態度の原因は、自身が強行してカドルに魔印を付けたからであることはわかっていたが、それにしても齢五百を超えるエルフの態度としてそれはどうなんだとヴォルガーは思う。
「……元人間だった私が言うのがなんだけどよ、あんたは人間に甘すぎるんだよ。
あのガキは殺すか魔物にしてこちらに引き込んだほうが絶対にいいだろ」
ヴォルガーがそう判断したのは、カドルが見た目の年齢の割に動きが戦い慣れしていることもそうだが、それ以上にフィルシーが抱き着いた後にカドルが醸し出した殺気に対して警戒していた。
結果的には、その殺気を向けたのは、カドルの勘違いだったが、殺気を感じ取ったヴォルガーの直感が、彼を放っておくという選択肢をとらせなかった。
青亀に殺られるならよし。勝ったととしても魔印を付けておけば見逃してもどうせ魔物化し、後でこちらの戦力になるというのがヴォルガーの公算だった。
「私のやり方が気に入らないってなら、今ここで殺してもいいんだぜ?
六年前、あんたに人間から魔物にされたとき、月の石記に書かれている魔王復活の障害になるんだったらそうするって契約だったもんな」
「そうおっしゃるのは……ずるいです……」
ヴォルガー衝動的に行動を起こすことはあるが、それでもその行動は自分のためでなく誰かのためにしか動かない。
それはフィルシーもわかっているからこそ彼女の行動を口に出して非難することなかった。
結局、夕日が沈むころにはフィルシーは観念し、端正に整った顔をのぞかせることでカドルに魔印を付けたことについては、蒸し返さないことを示したのであった。
洞窟の中で、吊るしていた魚と兎に焚き木の火を通す。
魔物の栄養源はカルマであるとはいえ、普通の食事も食べ、味覚もちゃんとある。
「そういえば聞きそびれたけどよ。なんであのとき、ガキに抱き着いたんだよ?」
カドルの顔を見た瞬間、フィルシーがいきなり抱き着いたのは、ヴォルガーにとっても予想外だった。
あのときは、その後にカドルの敵意を感じたため、反射的に制圧し、あの後の流れになったが、そもそものフィルシーの行動について、ヴォルガーはまだ確認していなかった。
「あの子は……カドル様は、あの方に似ていらっしゃったのです」
「あの方? いったい誰のことだよ?」
「……ブレイブ様……五百年前、魔王を討ち滅ぼした勇者……ブレイブ様に似ていらっしゃいました」
「!」
ヴォルガーは驚いたが、同時に合点もいく。
普段は面立って感情を表現しないフィルシーだが、勇者・ブレイブに関してだけは彼女の感情は特別に起伏を激しくする。
だがそれも仕方のないことだろう。
なにしろ、五百年前に魔王討伐したパーティーメンバーの一人こそ目の前にいるエルフ、フィルシーその人なのだから。
「私は勇者を見たことがないから知らないけどよ。そんなにあのガキが似ていたのか?」
「はい……ブレイブ様のキリッとした双眸にすっと通った鼻梁、精悍な顔立ち。あの出で立ちこそまさに英傑と呼ぶのにふさわしく……」
目をキラキラと輝かせてブレイブのことを語るフィルシーはまさに恋する乙女の表情だ。
自身で言った通り、ヴォルガーは当時の勇者を見たことがないため、完全には否定できないものの、少なくとも知っている限りでは勇者の外見に関しての優れているという情報は聞いたことがないため、フィルシーの言っていることは、恋に盲目になった少女の脚色マシマシの評価であろうことは予想がつく。
ただまあ、仮にも魔物に与し、人間とは敵対関係にある種族の長が嬉々となってその最大戦力だった勇者を褒めたたえるのはどうかとは思うが。
(まったくこいつは……けど、フィルシーが私らの前で勇者のことを出さないのはこいつなりにリッチーに気を使っているんだよな……)
ヴォルガーは、地の一派における四体の女王種からなる四地の女王種の中でも一番若い。
それゆえ、なぜ吸血鬼のリッチーが自分とフィルシーにつっかかってくるのか当初はわからなかったが、最古参であるラミアのメルディーからリッチーは、その勇者・ブレイブに種族ごと滅ぼされかけたということを聞き、それゆえに同じ魔物であっても元が人間であるヴォルガーと勇者に与したフィルシーには思うところがあるのだろうと理解している。
まあ、だからといって、言い返しもせずに言われっぱなしにされるほどヴォルガーの性格は殊勝な性格ではなかったが。
「……そのうえ、ブレイブ様の素晴らしいところはその形貌だけでなく、その高潔な御心も……」
とはいえ、さすがに話が脱線しすぎているため、軌道修正を試みる。
「それはさすがに美化しすぎじゃねえか? っていうか、もう外見関係なくなっているし。
だいたい、あのガキはそこまで大したものじゃなかっただろ?」
ヴォルガーが見た限り、カドルの容姿は悪いというわけではなかったが、特段際立って顔立ちが良いというわけでもない。
「いえ、似ていました……その……あの……黒髪なところ、とか……」
「絞り出してそれかよ! さっきまでの説明に全く出てこなかったじゃねえか!!」
普段四人で集まったとき、まとめ役をやっているメルディーの苦労がちょっぴりわかったヴォルガーであった。
「まあ、あのガキは違うにしろ、私らが魔王を誕生させようといるように、勇者の天職を持ったやつがそのうち現れるかもしれないから気を付けたほうがいいのはたしかかもな。
そうなると一番ありえそうなのが、そのブレイブってやつの末裔……」
「いえ! それは……ありえません……」
語気を強めて断言したフィルシーを初めて見たヴォルガーは驚く。
普段のフィルシーはおっとりしていて、喜びや楽しみを見せることが多く、たまに悲しみを見せるぐらいで怒りの感情は見せたことがない。
しかし、今、見せたフィルシーの感情には明らかに怒りの感情がのっていた。
「やけに早いな。でも断定できるのか? そりゃあ、勇者の末裔の話なんて聞いたことないけど、実はひっそりと生きていたっていう可能性も……」
「私が……ましたから」
「えっ?」
「ブレイブ様は……ブレイブ様の血縁者は、私が殺しました……一人残らず。
だから……勇者の血筋が残っているなんて……ありえないのでございます」




