女王種と魔物化
魔物から魔印を受けた場合、一年以内に解除できないと死に至る。
それは魔物の討伐を生業としている冒険者や魔物の被害にあっている地域では、周知の事実であるとともに、一部勘違いされている知識でもあった。
というのも、魔印は人間を含む動物にとって有害なカルマを埋め込まれることにより、その体は少しずつではあるが、確実に蝕まれ、魔印があるところから体の機能は失われていく。
そのため、魔印を消さない限り死ぬことは避けられないのだが、その速度は魔印の位置によって違い、最終的には脳や心臓などの重要器官に近くにあれば、半年程度で死ぬのだが、手足など体の先のほうになると、進行に時間がかかり数年は生きられる。
では、なぜ一年以内という条件が流布されているかというと、一年以上経つと魔印が完全に対象の体に巣くい、僧侶や賢者の瘴気解呪をもってしても、死を止めることはできないからだ。
そして、女王種の魔印を受けた場合、この問題はさらに深刻さを増す。
「女王種の魔印は受けちゃいけないって言った理由、覚えているわよね?」
「……女王種の場合、カルマの侵食スピードが桁違いに早い……それと、女王種の魔印は人間を魔物に変える力があるんだよな」
前回の魔王討伐では、旅の注意事項などは基本的に年長のガーナーが説明する役をしていたのだが、魔印については珍しくクレアが説明したことだったため、カドルはそれを覚えていた。
「ちゃんと覚えているようね。まあ、私が教えたから当たり前なんだけど。
あのときにも言ったけど、一度でも魔物化してしまえば、そこから戻る術は見つかってないし、人間社会で生きることもできなくなるわよ」
人と魔物は意思の疎通はできても共存はできない。
その理由は、魔物は本能的に人を襲う習性があり、それはたとえ魔物が元は人でもあっても逃れることができない習性だからだ。
「魔物になった当初は人としての意識がはっきりしていても、時間が経つにつれ、徐々に人としての記憶を、自我を失っていき、やがて人を襲うようになる…………もし、あんたが魔物化した場合は、私が殺すわ。
だから、あんたは後の気にせず、目の前のことに集中しなさい」
「ああ、よろしく頼む。それと、ありがとう」
「なんでありがとうを言うのよ……バカ」
その後、魔印の話は一旦打ち切り、目下の問題である青亀の対策へと話は変わった。
だが、幸いにもカドルは青亀との戦闘経験があったため、対策の方針も早めに立てることができた。
「今回、相手が青亀なのはある意味幸運だったのかもね。
海のある村の東から来るってわかるし、青亀同士で群れをつくる習性がないから戦力を分散する必要がない。なにより、攻撃が単調だから下手に立ち回らない限り、そうそう命の危機まではいかないってところがましだわ」
クレアがしゃべっているのをよそにカドル自作の駒を用意する。
前回の旅では、戦闘における作戦は基本的にガーナーがたてていたが、今回はカドルに魔王を打ち取らせるという目的があるため、この一年間はカドルが作戦指揮を行うようにとクレアは言った。
そういう経緯もあってカドルは戦う舞台になるであろう土地の地図上に味方と敵の駒を並べていったが、並べられた駒を見て、クレアは怪訝そうに眉をひそめた。
「……あんた、これ正気?」
駒は味方と敵が一直線上に並べてあり、クレアはそれ自体には文句はない。
だが、味方側の駒の位置が近いため、トゥリエの数メートル先の位置でカドルは敵と戦う必要があるのを気にしていた。
「この距離だと能力向上魔法の恩恵は大きいけど、トゥリエちゃんの攻撃魔法による援護はほとんど望めないわよ?」
能力向上魔法は術者と対象との距離に反比例して強くなる半面、現状の距離だとトゥリエが魔法を撃ったとき、カドルが巻き込まれる可能性が高くなる。
能力向上魔法と攻撃魔法それぞれの効果を両立させるなら、トゥリエとカドルの間隔を現状の案の二倍ぐらい空けるべきなのだが、カドルはあえてその選択をしなかった。
「……今回、トゥリエには攻撃用の魔法を撃たせない。
あまり詳しく説明しなかったけど、さっきトゥリエは魔法を……敵に向けて撃った。そしてそれがきっとトラウマになりかけている」
自分を巻き込みかけた。ということはカドルは言わなかった。
トゥリエの性格上、魔物が相手とはいえ実践で攻撃用魔法を撃つことに躊躇いを覚えるであろうことはクレアとカドルには予想がついていた。
だから一年弱の間、ウェラスト山でカドル相手に組手を行うことで相手に向かって魔法を撃つ経験は重ねてきたものの、あくまで訓練でしかない。
それでも魔物が出てこないランディア村では、それ以上のことはできないため、実戦経験は来年以降を計画していたのだが、この日、最悪の形でそれが崩れてしまった。
(……もともとの原因は俺だし、気にするな。とは言ったけど、トゥリエの性格的に無理だよな)
取り乱し、体を震わせていたトゥリエをカドルは思い出す。
フィルシーたちがいなくなった後、時間が一番かかったのは、トゥリエを落ち着けることだった。
初実戦。人型……それも心を通わせかけた魔物。そして、カドルに向けて撃ってしまったこと。
あらゆる要素がトゥリエの精神に負担をかけていた。
それでもカドルが励まし続けたおかげで、とりあえずは落ち着けることは成功していたものの、さきほど別れるときも笑顔を見せなかったことから引きずっていることはたしかであり、トゥリエにこれ以上の負荷をかけるわけにはいかない。
本来なら今回の青亀との戦いにも連れていかないほうがいいのだが、青亀は現状のカドルでは倒せないし、かといってクレアに戦わせるわけにもいかない。何より、トゥリエ自身が魔物の来襲を知っている以上、無理を推してでもついてくるのは予想できていたため、せめてこちらの目の届くところにいてくれたほうが安全だと判断した。
「それなら仕方ないわね……けど、あんた青亀のスキルを前に何か策はあるの? 能力向上魔法があれば水甲の外装は壊せるだろうけど、青亀の煙体まで傷つけることはおそらく無理よ」
「そのことなんだけど……」
さきほど、クレアとトゥリエが瘴気解呪について話している間、考えていた作戦を話す。
作戦を聞いたクレアは再度怪訝そうな顔をしたが、今回のやり直しについては、戦いにおける作戦はカドルに一任することを言い出したのはクレア自身のため、承諾することに決めた。
「その作戦でいくならちゃんと属性持ちの魔核は回収しなさいよ。
手ぶらで終わったら骨折り損どころじゃないんだからね」
「ああ。それと、お願いがあるんだけど……」
回復魔法を受けた反動により、眠気が限界に近いカドルは、トゥリエに関するお願いをクレアに託す。
勘違いならそれでもいい。
ただ、もし考えが当たっていたら、それに対する回答を自身は持っていないことをわかっていたカドルは、クレアに頼ることを決めたのであった。
補足:魔印を付けられた体の部位を切り取ったり、潰したりしてもその部位は回復魔法が効かない状態のままなので、そこから体が腐っていく。




