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旅人と墓参り

天歴(テンレキ)991年 人間領 スペリア王国 ランディア村*


 朝早く、太陽が地平線から姿を見せ始めた頃、ランディア村を二人の旅人が歩いていた。


「ふわぁ……ねむい」


「……大丈夫、でしょうか?」


 旅人は全身を覆うローブに身を隠しながら、まだ誰もいない村を歩く。

 農家の朝は早いというものの、ランディア村で育てている作物の繁忙期は過ぎており、農閑期に入りかけている季節には朝早くに出かける者は少なく、二つの影はゆっくりと足を進めていく。


 その姿は一見すると、二人の女性ということ以外珍しくないように見えたが、実際には彼女たちは人間ではない。その体は()(にく)(ほね)でできている人間とは違い、()(えん)(しん)でできている存在、つまり魔物であった。


「ああ、さすがに一ヶ月続けばな。それより、フィルシーのほうはどうなんだよ?」


 人狼の少女、ヴォルガーが目をこする。

 いつも逆立てている彼女にとっては珍しく髪がねている状態であり、人ならざる者の証明である獣の耳がぴょこんと出ているが、彼女が着ているローブのおかげで外に漏れることはない。


「いえ、はい……エルフは睡眠をあまりとらない……種族なれば、問題ございません」


 対するエルフの女性、フィルシーの特徴である長く尖った耳もローブに隠れている。ただ、彼女の場合、袖から見える左手には包帯が巻かれているため、外から見られないようにさらに深くローブで全身を隠していた。


「……ったく、月の石記(つきのしらべ)に反しないためとはいえ、わざわざ朝早くに行動しないといけないなんて面倒くさいったらありゃしねえぜ」


「ふふっ」


「……なんだよ」


「いえ……それでもリッチー様の助けに、志願していただけるなんて……やはりヴォルガー様はお優しいですね」


「ばっ、べ、別にそんなんじゃねえよ!」


 顔を赤くして照れるヴォルガーを見て、フィルシーは柔らかく笑う。


「ちっ、さっさと昨日聞いたところに行くぞ。早くこの村を離れねえと追いつかれちまう」


「はい……そうですね……」


 追跡者に追いつかれないようにこの日のうちに村を離れることを予定していた二人は、そそくさと歩を進めるのであった。




 ランディア村の墓地にあるとあるお墓に一人の黒髪の少年が立っていた。

 少年の目の前にあるお墓は、簡素でありながらもきれいに手入れがされていている。

 まだ作られて一年弱しかたっていないというのもあるが、朝早くから来ていた少年の手によって清掃もされているあとがあった。


「……カドル、おはよう」


「! トゥリエか……おはよう」


 カドルが振り返ると、亜麻色の髪に白い髪留めを付けた幼馴染の少女、トゥリエが立っていた。


「私もお花いいかな?」


「ああ、ありがとう」


 トゥリエはその手に持っている花を両手に持った状態で瞼を閉じる。

 スペリア王国では、命日でのお墓参りには花を胸元に引き寄せ、黙祷をささげる習慣があり、トゥリエもそれに則った形で、土の下に眠るスティーブ悼んだ。


「スティーブさんも、おはようございます……もう、一年になるんですね」


 目を開けた後、トゥリエの持っていた花束がすでに置いてある花束の横に置かれる。

 今はまだ二つしか置かれていなかったが、今日が終わるころにはたくさんの花束で埋め尽くされるであろう。


「……どうしてこんな時間に?」


「きっと、カドルと同じだよ?

 あの日、スティーブさん、助けてあげられなくてすみませんでした」


「!」


 トゥリエの口からやや震えた声で懺悔が告げられる。

 約一年前、死にかけたカドルを助けるため、トゥリエは魔力を使い果たし、スティーブを助けることができなかった。カドルは起きてから、トゥリエの泣いている姿を見たことはなかったが、それがどれほど彼女の心を痛めたのかは、起きた直後の腫れた目を思い返すだけで察することはできる。


 判断ミスを犯した自身はともかく、トゥリエまで罪悪感に巻き込んだ罪をカドルは自覚していた。


「……でも、だからこそ、わたし、決めたんです。わたしに誰かを助けられる力があるなら頑張ろうって。強くなろうって。自分の力が足りなくて泣いているだけなのはもう嫌だから……」


 懺悔と共にたしかな決意を呟いたトゥリエは目の前のお墓を真っ直ぐ見つめる。


(クレアがトゥリエのことを一番評価しているのってきっとここなんだよな)


 クレアがトゥリエを気に入った理由に「いい子」という言葉を使っていた。

 それは、もちろんトゥリエの優しさの意味があるだろうが、それ以上に辛いことがあってもそれで折れず、前を向けるからこそクレアはトゥリエをいい子だと評価していたんだろうとカドルは最近になってようやく気づくことができた。


 カドルとトゥリエは墓参りを終えると、二人一緒に墓地の出入り口へと向かっていく。太陽は地平線から半分ほど出始め、そろそろ村の皆も起き始める時間帯へとなっていた。


「カドルも……」


 墓地の出入り口となっている段差を下りる直前、トゥリエは口を開いた。


「ん?」


「わたしじゃ頼りないかもしれないけど、わたし強くなるから。カドルを助けてあげられるようになるから……だからカドルもわたしのことを頼ってね?」


 先ほどスティーブのお墓の前で見せたときとは違い、不安そうな目でカドルを見つめるトゥリエ。

 カドルにはその理由がわからなかったが、ひとまずトゥリエの不安を晴らすことを優先する。


「トゥリエはもう十分強いよ。頼りにしているし、助けてもらっている。だからそんなこと言わなくたって……」


 カドルは嘘偽りのない本音を伝えるが、トゥリエの瞳から不安が消えることはなかった。


「違うよ、だって……!」


「もし……そこのお二人……少し、よろしいでしょうか?」


 だが、トゥリエの言葉は最後まで続くことなく、凛とした声による割り込みに入る。

 カドルとトゥリエが声のした方向に振り向くと、そこにいたのは全身を旅用のローブで全身を覆った二人組の旅人だった。

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