避難民と奴隷
*天歴980年 人間領 スレイン王国 シャケル*
スレイン王国とスペリア王国の国境付近にとある街があった。
その街の名はシャケルといい、そこまで大きな街ではなかったものの、領民思いの領主によって平和な街が築かれていた。
しかし近年、ある問題がシャケルの街で問題となっていた。
「……などの出費により、支出が増えたため、このままではこの街の財務はいずれ立ち行かなくなることが考えられます」
領主の館にある会議室のほうで、街の経理を取り仕切っている男性が沈痛な面持ちでシャケルの財務状況を報告した。
その顔が優れないのは、街の経理を担当している者として財務状況が悪くなっていることに心苦しさがあったのだが、悪化の原因はすでに判明しているため、男性を責める者などいなかった。
「だから言ったのだ、すぐにこの街でも奴隷制度を受け入れるべきなのだとな」
同じ会議室にいた小太りの男性が細長く先っぽが渦状に巻かれた髭を弄びながら、自分の対面にいる男性へ嫌みったらしい視線を向ける。
「しかし、これはある意味転機であることを示しているかもしれません。どうです、アルバート様? この際、我が街でも奴隷制度を施行するというのは?」
小太りの男性は、シャケルの領主であるレオン・アルバートへと視線を移す。
視線を受けたこの街の領主、レオンは、ふむ。と相槌を入れると、考えこむ。
ここ数年、魔物の活動が活性化し、スレイン王国のあちこちで魔物との小競り合いが発生していた。
幸いにもシャケルの街は魔物領との魔物領とは遠いために戦地になることはなく、今のところ平和を保っている。しかし、シャケルが平和だからといって影響がないはずはもちろんない。スレイン王国内で平和な街は、今まで国に納めていた税に加えて援助という名目で様々な支援をしなければならず、その中には追加の徴税だけでなく、戦闘地域からの避難民の保護というものもあった。
ただ、追加徴税については、魔物との戦いにより属性持ちの魔核が戦地から手に入るため、そこまで高いものではない。一方で、避難民の扱いは難しく、というのも戦地から避難してくる者で親族などの伝手がある人はそこにお世話になればいいのだが、大半はそうではないため、疎開先の街から提供される衣食住に頼ることになっている。わざわざ疎開先の街が負担を負ってまで衣食住を提供する理由は、同じ国民であることはもちろんだが、それ以上に放置したことによる浮浪者の増加や治安の悪化を危惧してのことだ。
だがその結果、街の財政は当然の如く圧迫され、経理担当が頭を抱えているということがスレイン王国の各地で起こっていた。
そんな中、スレイン王国の国王は、そういった街への援助の代わりに過去にあったある制度を復活させた。その制度こそ奴隷制度。
その内容は、犯罪の大小を問わず、物を盗んだならその弁償を、誰かを傷つけたならその治療費とその怪我による不利益の賠償金を、一週間以内に払えない者に対してその身分を最低でも十年間、奴隷にまでおとすというものだった。
「……奴隷制度など、今の世で認められるわけがない!」
小太りの男性の対面に座っていた青年が義憤に駆られて席を立つ。
その行動に驚く者が半分、また始まったと内心呆れた者が半分おり、このやり取りが何度も繰り返されたものであることを表していた。
「またかね、カイル君。私の言葉は、アルバート様に聞いているのであって、君に聞いているわけではないんだが」
「いえ、私は市民を代表する立場としてここを退くわけにはいきません。奴隷制度なんて非人道的な制度、絶対にこのシャケルで施行してはいけないのです」
「また「非人道的だから」か。前にも説明した通り、奴隷制度は避難民を無理矢理奴隷にするわけではない。犯罪を犯して罪の償えない者を人手の足りない貴族や豪商の下で働かせるだけだ。働き手が増えれば税収は上がるし、犯罪を犯した者を街が養う必要になくなって支出が減る。これのどこに問題があるのかね?」
「問題あるに決まっています。どんなに言い繕っても、奴隷という人身売買を認めてしまうことは治安の悪化の原因になります。事実、奴隷制度を受け入れた街では奴隷におちた人を買い漁って貴族に売るという奴隷商人紛いが横行しているようです。さらに、最近では奴隷を確保するために孤児になった子供たちを騙して犯罪者に仕立て上げるような輩も出てきたという話がある現状、奴隷制度を施行することはシャケルの治安を悪くすることにしか繋がりません」
見るからに高価そうな服やきらびやかな装飾品で着飾っている小太りの男性と比べてツギハギすらあるカイルの身なりは明らかに差はあったが、一歩もひかずに言葉を続ける。
「皆さんも考えてください。自分の妻や子供が戦場から関係のない遠い土地に逃したのに、そこで奴隷として扱われていることがあったらどんな気持ちになるか。それでも奴隷制度に賛成ですか?」
「お得意の感情論か。青臭い君の理想をかたるのは結構だが、ところでカイル君。国が認めている奴隷制度を批判するということは、国を批判すると同じ意味なのだが、君はそれがわかっているのかね?」
「わかっていますよ。ですが、奴隷制度の施行については、強制ではなく、各街に委ねられています。だったら、やらないということの選択肢をとってもいいはずだ。
それに、国を思う者が国を批判してはいけない法律はないはずです」
「……ふん、偽善者が」
小太りの男性の呟きは聞き取られることなく、この日は奴隷制度については、保留という結論になった。
(ふう、なんとかなったか……しかし、アルバート様の気持ちも少しずつ変わってきている。
以前は否定していたが、近ごろは……いや、ここで疑うのは良くない。どちらにせよ、私の意見は変わらないのだから)
数時間後、会議を終えたカイルは帰路へと足を進めていた。
会議によってカイル自身の精神は削れ、行きがけの居酒屋で一杯飲みたい気持ちはあったものの、真っ直ぐ家へと帰ることを選択する。
その理由は、彼の家にいる愛する妻とそして、今年生まれたばかりの息子に早く会いたいがためである。
(……カドル、お前が大きくなるこの街は、お前が誇れるような街になるようにお父さんが頑張るからな)




