家族と勇者
我が最愛の息子、カドルへ
お前がこの手紙を読んでいるころ、私はもういないだろう。
まだ八歳のお前にこれから一人暮らしを強いるのは心苦しいが、それができるだけの知識は教えたつもりだ。
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それで、私がいなくなる理由については、お前には残さない。
きっとお前が知れば私に失望するだろう。軽蔑するだろう。
だが、間違いばかりの私の人生でようやく正しいことができそうなんだ。
だから、勝手なのはわかるが、見逃してほしい。
そして、どんなお前がどんな人生を歩むか、勝手にいなくなった私が口を出す権利はないが、『人から盗まないこと』、『人を殺さないこと』それだけは約束してほしいだ。
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最後にカドル、お前も大きくなれば家族を持つだろう。
そのときはお前は家族を守れ。守れなかった私の代わりに。
私はお前の幸せを誰よりも願っている。
カイル
「何、トゥリエちゃんのいなくなったところを見てミサンガを握っているのよ。このロリコン」
トゥリエが見えなくなったのを見計らっていつもの調子に戻るクレア。
「いつまでもぼけってしてないで、さっさと玄関を閉めなさいよね。ただでさえ今日は晴れて西日が強いんだから」
トゥリエは背を向けて家の奥に向かう。
その足取りは自然さと、見慣れたその姿に、カドルはいつの間にか家にクレアがいることが当然になっていることに気がつく。
クレアが家に来てまだ半年しか経っていないはずなのだが、家に自分以外の誰かがいるという日常に、カドルは不意にこみ上げてくるものを感じた。
「……ありがとう」
「はあ? 急に何よ気持ち悪いわね」
もちろんそんな心の機微など知らないクレアは、訝しみながら振り返る。
「お前に助けてもらったおかげで今がある。俺も、トゥリエも、ランディア村の人たちも……全員ではないけど、でも、お前が諦めないでいてくれたから皆こうして生きていられる」
「……別に、前にも言った通り、私は私の目的のため、必然の結末を回避するために動いているだけよ」
「そうだとしてもだ。お前がいたから俺は最悪の結末を変えられることができた。だから……今更だけど、ありがとう」
(こいつ、自分で言っててこっ恥ずかしくないのかしら? ……まあ、恥ずかしくないから言えるんでしょうけど)
変なところで真面目なカドルは、褒め言葉や感謝の言葉を躊躇わずに言うことはクレアは知っている。
しかし、知ってはいても、やはり面と向かって言われるとおもがゆく、クレアは悶えそうになるのを必死にこらえていた。
「……まったく、なんでいつもあんたは…………」
「ん? 何か言ったか?」
顔を下に向け、ポツリと呟いたクレアの言葉をカドルは聞き取ることができなかった。
クレアとしても聞かせるつもりはなかったため、別の言葉を考える。
「……感謝が言葉だけじゃ軽すぎるって言ったのよ」
「ああ、わかってる。ちゃんと行動にも移すさ。それに……」
「それに?」
「お前の理想の結末まで付き合うって約束したしな」
『……約束だ。お前が大きくなるのを父さんはずっと見守っているから』
『……約束よ。あなたの家族ができるまで、母さんはずっと一緒にいるから』
言葉が似ていたわけではない。言い方が似ていたわけではない。何も関係ないはずなのに、失った温もりの残滓がクレアに去来した。
「クレア?」
「! ふ、ふん、それならいいのよ。せいぜいくたばらないように頑張りなさいよ、兄さん」
呼びかけられたことでクレアは慌てて意識を取り戻し、返答する。
しかし、今度はカドルがポカンとしていた。
(あれ? 私、変なこと言ったかしら?)
「に、兄さん、って……今、演技中ってわけではないよな?」
「っ!」
猫を被っている状態でもないのに兄さん呼びにしたことをカドルが指摘すると、クレアも自身の失言に気づき、顔がどんどん真っ赤になっていく。
そして、顔の赤さが夕日と同じくらいになると、カドルに背を向け、自分の部屋に向かった。
「お、おい……」
「う、うっさい! ついてくんな!!」
追いかけようとしたカドルを大声で制し、自室に入ると、ドア越しにぺたんと座り込んだ。
(最悪、最悪! 最悪!! あいつを素で兄さん呼びするなんて……)
両手を頭に置き、赤い髪を乱しながら先ほどの失態を後悔する。
クレアは一人っ子であり、他に兄弟がいるわけではない。しかし、カドルの言葉に在りし日の両親を回顧させ、自然と口に出てしまっていた。
(何回も時間逆行をして、合計すると何百年前のことだと思っているのよ。とっくに忘れてもいいはずなのに、いつも私を傷つけて……どうして、)
やり直してもやり直しても色あせない両親と一緒に過ごした日の記憶。
いっそ忘れることができればどれだけ楽だろうとクレアが思ったことは少なくない。
しかし、
(どうして、今回は……)
思い出すたびに心の傷をうずかせていた思い出が、今回に限っては温かさのほうが多いことが、そしてその理由に薄々わかっていたことがたまらなく悔しい。
そして、辛いことや苦しいことはいくらでも耐えられるように慣れたクレアでも、その感情だけは慣れていなかった。
(……)
そして、来るなと言われてもさすがに放っておけなかったカドルだったが、クレアの部屋から聞こえた泣き声を聞くと足音をたてないように離れるのであった。
(あいつ泣き声なんて……初めて聞いたな…………いや、それが言えるほど、あいつのことを知らないか)
前回の魔王討伐の旅では五年間一緒にいたものの、カドルはクレアのことをほとんど知らない。
それは、前回の魔王討伐の旅ではクレアは仮面をつけ、素性を隠した状態でも必然の結末が起こるかを影響があるかという試みを行ったこともそうだが、もとは隣国のスレイン王国から亡命した身となると明かすわけにはいかなかったのだろうとわかる。
亡命はもちろん重罪なのだが、カドルはクレアを責めるつもりも資格もない。なにせ、カドル自身もクレアと同じスレイン王国から父親と一緒に亡命してランディア村にたどり着いたのだから。
(父さん……家族ってなんなのかな)
カドルは自室のベッドに寝ころびながら、ボロボロになった紙を見上げる。
それは、カドルの父、カイルが最後に残したもので、何度も読み返したかいもあり、内容の一言一句まで覚えてはいた。しかし、カドルは未だに父の手紙に書いてあった家族の意味を完全には理解できていない。
(ガーナーなら知っているのかな? 師匠ならわかるのかな?)
もちろん、カドルが家族を知らないというわけではない。
わずかながらも両親と暮らした記憶はあるし、ガーナーや師匠の在り方を見て、多様な家族の在り方というのも知っている。
だが、一緒に暮らすということが家族というなら、守りたいと思うことが家族であるなら仲間に対して、すでに経験したカドルにとって、仲間も家族も大差がないものと思っていた。
そう、さきほどまでは。
(……家族なら、クレアを慰めることができたのかな?)
天井を見上げながら泣いているクレアの前から逃げ去ってしまった自分を思い出す。
言葉をかけなかったのは、うまい慰めが思いつかなかっただけではない。あの場で、クレアに声をかけることが、そういう行動を起こすことが、カドルの中にある何かが壊れてしまうな気がして、怖かったのだ。
そして、その何かの正体を考えることも怖かったカドルは、夜の帳が下りきるまで一人部屋にこもるのであった。
第一部 完結です。
第二部は近い内に始めます。




