巡回と幼馴染
オルターとの決闘の後、カドルとクレアはランディア村に戻っていた。
その理由はもちろん、決闘で負った傷をトゥリエに治してもらうため。
夕暮れのカドルの家には、カドル、クレア、トゥリエの三人が集まっていた。
「万物を構成する粒子よ、熱と湿によって顕現せよ。風よ、彼の者に安らぎを。風の癒気」
トゥリエが発動した風属性の治癒魔法がカドルの左腕を包み、白い気流に当たったところからゆっくり治っていく。
「カドル、大丈夫? 痛くない?」
決闘から日を跨いでいるため、血は止まっているものの、黒ずんだ部分が痛々しい。
「すみません、兄さん。私のために無茶をさせてしまって」(まったく、トゥリエちゃんを心配させるとかあんた何様のつもりよ)
「いいんだ。それと、トゥリエもありがとう。大丈夫だから」(それは、俺が悪いのか?)
トゥリエからの治癒魔法を受けながら、クレアの小言を受けるカドル。
村に戻る途中、文句は散々聞かされて戻ってきたのだが、まだ言い足りなかったらしい。
「でもトゥリエさん、兄さんはすごいんですよ。ただでさえ強いのに、まだ本気は隠しているんですよ」(悪いに決まっているでしょ。奪取を使えばそんな怪我しなくてすんだのに)
「……隠している本気なんてないんだけど」(その話はもういいだろ。いくら言われようと俺はスキルを使う気はねえよ)
「またまた、謙遜して……いつか本気を見せてくださいね」(はいはい、そうですね……そこまで言うならもっと実力をつけなさい。どんだけ高尚な信念があろうが、力が足りないならそれは矜持じゃなくて、ただのわがままよ)
「期待に応えられるように頑張るよ」(……わかっているよ)
力が足りないことはカドル自身がわかっている。
今回も勝ちはしたものの、反省点は多く、到底喜べるようなものではない。
それは、相手のオルターを侮っているというわけではなく、カドルの最終目標である魔王を討伐するという目標を達成するためには、こんなところで一か八かに出るようでは、実力が到底足りないことを自覚していた。
「トゥリエ、魔法はもういいよ。ありがとう」
「えっ!? でも、まだ完治してないよ?」
「怪我をしているところをディアンマ村長に見られたんだ。翌日に完治しているのはさすがにまずい」
決闘の後、負傷したカドルに対して、センバスの回復魔法による治療の提案もあったが、ダメージが骨まで達していることが感覚的に把握していたため、完治までには時間がかかることはわかっていた。そして、治療という名目で下手に拘束されてこちらの素性を探られるよりは、強行してでも帰ることを選択し、村でトゥリエによる治療を選択したのだ。
しかし、それも家にたどりつく直前にディアンマ村長に見つかったため、即日完治というわけにはいかなくなっていた。
「心配しなくても、トゥリエが治してくれたおかげで動かせるくらいにはっ……」
問題ないことをアピールしようとして左腕を挙げたところ、痛みがはしり、動きが止まる。
だが、顔に出すとトゥリエを心配させてしまうため、カドルは左腕の痛みに耐えながら口を開いた。
「も、問題なく動かせる……それより、俺らがいない間に誰か怪我人とかは?」
「一人、収穫した作物を運んでいるときに、足を捻った人がいたって聞いたよ。でも、大したことないって話だったし、きっとカドルのほうが……」
猪の厄災以降、魔物が再度訪れるといったような危機などはなく、ランディア村は平和そのものといえるようなのどかさがあったが、戦いがなくても日常の生活の不注意などで怪我人が出ることはある。怪我人には、トゥリエが回復魔法をかければ簡単に解決するのだが、クレアとカドルはそれを禁じていた。
それは、トゥリエの天職が僧侶であることに気づかれ、教会に連れていかれることを防ぐためではあるが、それ以外にも理由は存在する。
一般的にまともに魔法が使えない人の割合が多いこの世界において、傷を一瞬で治癒させる回復魔法というのは一種の奇跡のように認識されている。だが、回復魔法は奇跡などではなく、止血や傷の修復はできても部位の欠損や病気の治療ができないなど、効果には限度が存在する。
しかし、魔法に関わりのない人たちにはその限度を知るはずもなく、中には事実を伝えても信じなかったり、治療ができないことを逆恨みしてくる人も一定数は存在する。
初代僧侶だった人物は、教会に癒す者や僧侶を保護する権利を与えたのはそうした事態を憂慮しての一面もあり、クレアとカドルもそうした事情を知っているからこそ、トゥリエが厄介ごとに巻き込まれないための予防策として村内で魔法を使わせないようにしていた。
「いや、一応巡回に行ってみよう。今日の夜、いつもの時間に行くから部屋にいてくれ」
だが、怪我人が出た場合、トゥリエが放っておけるはずはないため、例外を設けていた。
それはトゥリエが魔法を使っていることを気づかれない状況においてなら、怪我人への回復魔法の行使を許可するというもの。
具体的には、村の誰かが怪我をしたとき、皆が寝静まった時間を見計らい、怪我人の元に行って回復魔法を行うことを巡回と呼称し、たびたび行っていた。もちろん、巡回を行う場合は、トゥリエを一人ではなく、ボディーガード兼、他社に気づかれないように斥候を行うカドルも一緒である。
当然、気づかれないように怪我を治すため、誰かに感謝されるわけでもないが、その手間や報われなさがあっても村の人を見捨てることはトゥリエやカドルにはできなかった。
「……うん。でも、カドルも無理はしないでね? じゃあ、また後で」
夕ご飯の時間も近くなり、家に帰るトゥリエを玄関で見送る。
夕日に輝くトゥリエの姿に心が温かくなるも、それを残り一年半もしないうちに自身の都合によって振り回し、笑顔を失わせてしまうかもしれないことに罪悪感が生まれてしまう。
(……今さら言い訳なんてするつもりはない。ろくでもない俺ができることなんて少しでも強くなってトゥリエの笑顔を守るだけだ)
もらったミサンガを握りしめながら、トゥリエの姿が見えなくなるまで見送るカドルであった。




