戦い方と生き方
*天歴987年 人間領 スペリア王国 ルビー*
ルビーの中心にあるネーブ辺境伯の屋敷に一人の少年が歩いていた。
その歩みの荒々しさは、少年の心の怒りを表しており、そのまま父の書斎のドアを勢いよく開ける。
少年の父親こそこの家の主であるネーブ辺境伯その人であった。
『親父!』
『……オルター、仮にもネーブ家の者ならノックして入れ』
突然入ってきた息子に対し、ネーブ辺境伯は一瞬目をやったが、すぐに手元にある書類に目を戻した。
『……昨日、母さんが死んだ』
『ああ、センバスから聞いている。安心しろ、葬儀の手配はすでに……』
『なんで来なかった?』
少年の母が、自分の妻が亡くなっているというのに、仕事の手を止めないネーブ辺境伯に少年のいら立ちが増す。
『なんで昨日、母さんが死んでからうちに来なかった!!
母さんは信じていたんだぞ!! いくら仕事人間のあんたでも、俺らをこの家から遠ざけいるあんたでも、家族だって……』
少年の怒りに悲しみが混じり、声を震わせる。
昨日、死んだ母の横で散々泣いたが、それで気持ちが切り替えられることなど、なかった。
しかし、その涙も平坦に吐き出されたネーブ辺境伯の一言で引っ込む。
『それがどうした?』
『……は?』
『それがどうしたと言っている。私が行けばあいつが蘇ったと言うのか? 喜ぶというのか?
そんなものお前の幻想だ。死者に会うのなど、葬儀のときぐらいで十分だろう?』
『……それがお前の本音かよ』
少年は顔を伏せ、父親から背を向ける。
『帰るのか? せっかく来たんなら弟に会っていけ。お前が私の後を継ごうが、あいつが継ごうが、兄弟なんだ仲良くしていて損は……』
『うるせえ!! ……いいか親父、俺は絶対お前の後を継がねえ。お前みたいにはならねえ。俺は、俺だけの功績で絶対にお前を超えてみせる、絶対にお前を否定してやるからな!!』
父を憎む力を原動力として、少年は部屋を去るのであった。
*天歴990年 人間領 スペリア王国 ルビー*
「……ちゃん」
「ん……」
「坊ちゃん!」
「ん……ああ、じいか」
オルターが目を覚ますと、見慣れた自分の部屋の天井が見えた。
時間はすでに夕方になっており、西日が部屋に差し込む。
「坊ちゃん、体調のほうは大丈夫ですか? うなされていたようですが」
センバスが心配そうにのぞき込む。
見ていた夢はもう覚えていないが、かいていた汗の感じからするにいい夢ではなさそうだ。
だが、オルターは覚えていない夢より、目の前で看病してくれていたセンバスの心配を和らげることを優先する。
「ああ、大丈夫だ。それと、坊ちゃんと呼ぶな」
「ふふ、それが言えるなら大丈夫そうですね」
オルターはセンバスから渡されたスープをゆっくり口に運ぶ。
家政婦が来ている時間帯なので、ついでにつくってもらったのだろうと予測しつつ、ゆっくりのその温かさを味わうのであった。
「体の調子はどうですか?」
「……百錬一撃使ったせいで体のあちこちが痛え……ってか、なんか今回はアゴのほうも痛えんだけど」
オルターは、ズキズキと痛む自身のアゴをさする。
百錬一撃を使っ後、手足の筋肉痛になるのは、珍しくなかったが、アゴが痛むのはさすがに初めてであったので、自身の体の状態に戸惑っていた。
「まあ、それはそうでしょうな」
一方のセンバスは、何故か納得したかのような返しをする。
「……で、どうして俺はここにいるんだ?」
起きてから記憶を思い返し、オルターは自身が決闘を行ったことまでは覚えていたが、その途中から記憶が途絶えていることに気がつく。
センバスは、どう説明しようか悩んだが、下手に誤魔化しても気づかれて、機嫌を損ねるだけだと判断し、率直に伝えることにした。
「負けたんですよ。坊ち……オルター様は」
「……負けた? 俺が? いったいどういうことだよ?」
オルターが覚えている限りでは、勝負の優勢は明らかにオルターだ。
そして、止めの一撃を繰り出したところまで覚えているのに負けたということはにわかには信じられないことだった。
「気絶した直前のことは覚えていますか?」
「あのガキに最後の一撃を食らわせたことは覚えているが……だめだ、その後が思い出せねえ。なんで止めをさしたほうの俺が負けたんだよ。あのガキ、なんかスキルでも使ったてのか?」
「いえ、彼はスキルなんて使っていませんでしたよ。どこから説明しましょうか……そうですね、まずオルター様の最後の一撃、あれは決まっていませんでした。正確にいえば、当たりはしましたが、止めを刺すまでには至らなかったと言うべきでしょうね」
「嘘だろ? 割と本気で攻撃したぜ?」
「攻撃が当たる前に少年の斬り上げとぶつかったでしょう。あれで小太刀を折りましたが、その分威力が落ちました。それと、軌道もそれて、肩の外側のほうに外れていましたしね」
たとえ防御が貫けても防がれたらその分だけ威力は減る。
当たり前のことだが、狩りの経験はあっても戦闘の経験が乏しいオルターにはそれを気づけなかった。
「……止めをさせなかったことはわかった。だが、俺はあいつにいつ気絶させられたんだ? 攻撃を受けた記憶はないんだが」
「オルター様が気絶したのは袈裟斬りが当たった直後です。まあ、平たくいえばカウンターをくらったということですね」
「カウンター? あの状況でどうやって出したんだよ」
相手の攻撃に合わせてカウンターをするというのはそう簡単にできるものではない。
何もないところから飛んでくるものではないし、タイミング的にもシビアだ。
しかも、当時のゼロ距離かつ、向き合っている状況では、カドルが攻撃しようものなら、オルターが見えていないとおかしい。
「すでに出していましたよ。覚えているでしょう、少年の斬り上げを」
「? あれは俺の一撃で砕いただろ?」
「ええ、小太刀のほうは。ですが、その後の右手の動きは覚えていますか?」
「いや……ま、まさか!?」
「そうです。残された右手で放たれたアッパーカット。それがオルター様の顎を打ち抜いたのです」
アッパーという言葉に反応し、思わず顎を触るオルター。
多少の痛みは残っているとはいえ、起きるまで覚えてないほどきれいに意識をかられたことは、カドルの急所を打ち抜く戦闘技術の高さを証明していた。
(アゴの痛みは、そういうことだったのかよ)
「小太刀が折られてすぐに拳に切り替えた当たり、狙われていたんでしょうな。
肉を切らせて骨を断つ。言うのは簡単ですが、あの歳でそれをやってのけるのは大したものです」
「……やけにあのガキの肩を持つじゃねえか」
「肩を持つ? まさか。
いいですか、オルター様。あの少年の戦法……いや、戦い方は決して真似をしないでください」
カドルを評価の高さに拗ねかけたオルターだったが、センバスは極めて真面目な声でいった。
「あれは、今を生きるために未来を削る戦い方です。あんなことを続けていたら彼は遠くない将来、大切なものを失うでしょう」
センバスは人生には命をかけなければいけないときや引けないときが存在することを知っている。
しかし、それはただの決闘で行うものではない。今回のケースでは、途中で棄権するべきだったということは、敗者のオルターより勝者のカドルのほうが負傷の程度が大きいことが証明していた。
(蝋燭の火は使い切る直前がもっとも火力がでるとはいいますが、あの少年の戦い方いや、生き方はまさにそれ。否定するつもりはありませんが、あのような生き方をする者で五年より長く生きた人間はいないはずなんですがね。彼女はそれに気づいているはずなのに、どうして……)
そして今回の決闘、センバスはカドルよりクレアにより恐怖を覚えていた。
カドルの命を削る危うい戦い方をクレアは見過ごすところか、より危険という崖のふちに追い込んでいるように見えたのだ。
クレアが決着前に見せた本音は、カドルを勝ちを疑わない信頼ではなく、カドルに勝ち以外を認めさせない狂気だったのだから。
(あの様子だと、たとえ人質をとったところで、彼女を縛り付けることはできないのでしょうね)
契約はしたものの、もしものためにクレアの手綱を握られる弱点を知っておきたくもあったが、人質ではそれにならないとセンバスは悟る。自身の正体がばれていてもいなくても、クレアにとって(少なくとも表向きは)身内であるはずのカドルを素性すら隠すことなく決闘にノコノコと連れてきたのは、それをアピールするはずなのだから。
「じい、どうした? 黙り込んで?」
「いえ……そういえばオルター様、どうしてアレクの家庭教師についてそこまで反対していたのですか? 珍しくオルター様の要望通り女性だというのに」
家庭教師を応募の件でオルターの要望を聞いたとき、真っ先に言った条件を思い出す。
さすがに要望を素直に聞いたらただでさえ男しかいない応募者がほとんどいなくなるため、無視していたのだが、それゆえに要望が通った形であるクレアを拒絶したことがオルターには意外だった。
「たしかに俺は女を要望した。しかし、あいつには、足りない……」
「はい?」
「乳が足りないっ!! 俺は家庭教師に能力なんか求めていない! たとえどんな無能であろうが、ボン、キュッ、ボンのお姉さんであれば、俺は反対派しなかった!」
率直に欲望を漏らすさまは子供らしいが、さすがにそれだけのために今回のことを起こしたと考えるとセンバスはこめかみを押さえて呆れ果てるしかない。
「家庭教師に何を求めているんですか。それに子供なら今後成長する可能性もありますでしょうに」
「いや、あいつ背丈が成長しても乳だけは成長しない! 人を見る目がたしかな俺が言っているんだ! 間違いない、あいつは大人になっても貧乳だ!!」
それは人を見る目ではありませんと思いながら、とりあえず、このことをクレアに聞かれなくて安心するセンバスなのであった。




