決闘と百錬一撃
(……ようやく許可が出た)
クレアの合図を確認したカドルは逆手に持った小太刀を順手に戻し、了解の意を示す。
今回の決闘については、あまりに早く終わってらまた難癖をつけられかねないということで、クレアの許可が出るまで戦いを長引かせるように言われていた。
(勝利条件はリングアウトか、相手を気絶させること……まあここは前者が無難かな)
カドルがいくら鍛えているとはいえ、半年程度の修行量では肉体的な三歳差を覆すのは難しい。
それでもカドルが一撃もくらわなかったのは、経験の差と力のリソースのほとんどを防御にまわしていたからだ。
(狙うならカウンター……ここだっ!)
先ほどまで受け流していた剣閃を今度は野太刀の刃を叩くことで横に弾く。弾くことによってオルターの体勢は崩れ、生まれた隙に魔力を込めた突きを繰り出す。
「単盗直入!!」
(決めっ……!)
自身の攻撃が当たる寸前、カドルはオルターの口が動いていることに気づいた。
「……ちっ、仕方ねえな。百錬一撃!」
背筋をはしった悪寒から、カドルは直感に従い攻撃を中止し、先ほど弾いた野太刀のほうに左手の小太刀を防御の姿勢で構え、魔力も集中させる。
その判断は正解で、そして間違いで、戻ってきた野太刀の一閃は小太刀を砕き、そのままカドルの体を弾き飛ばす。
「がっ……」
(これは、やばっ……!)
このまま飛ばされると場外になると判断したカドルは、折れたほうの小太刀を捨て、空いた左手で決闘場の土台に指をかける。
石畳ゆえに指は削れ、爪との間から流れた血は土台に血の痕を残したが、その甲斐もあり、リングアウトだけはまぬがれることができた。
「へえ、今のでアウトにならないんだな。やっぱり出したのは間違いじゃなかったってことか」
オルターはカドルの行動に予想しながらも感心していた。
対するカドルはなんとか復帰できていたが、犠牲にした左手の感覚はもうなかった。
しかし、左手の状態以上にオルターの繰り出した一撃が解析できず、頭の中は混乱していた。
(今のは一撃の威力はなんだ? 魔力で肉体を強化したで説明できる威力じゃないよな。
じゃあ、魔法? いや、詠唱していなかったし……まさか、スキル? けどこんなスキル、見たこと……)
スキルはその人物の素質に沿った実力が一定以上に達した場合に発現するものである。その種類は素質に依存するため、天職によって発現するスキルはほぼ固定されているはずなのだが、オルターの見せたスキルを持つような天職などカドルは知らない。
「悪かったな、手加減していて。今のが俺のスキル、百錬一撃だ。使った後は筋肉痛になるし、見せるつもりはなかったんだがな……どうやらお前も単なるガキじゃねえようだし、もう手加減はしねえ。だからてめえもスキルを見せてみろ……持っているならなあ!!」
再度構えなおしたオルターは、カドルへと突っ込む。
今度は振り下ろされた剣筋をカドルが避けると、地面に当たった野太刀は木製でありながら石畳を破壊した。
(……あれはなんなのかしら?)
一方のクレアも表には出さなかったものの、内心驚いていた。
オルターのスキルは、クリアでさえ見たことがなく、何か仕掛けがあるんじゃないかと訝しげに観察する。
スキルを発動するオルターの動作、持っている野太刀、周囲の状況。
持っている知識の全てを当てはめてみるが、その仕掛けを見破ることができない。
「……私がどうして願いを聞く条件に勝利を付け加えたかわかりますか?」
横にいるセンバスが尋ねた。
「それは……貴族だからといって私たちが手を抜かないように配慮してくださったのでは?」
「手を抜かないように配慮したという考えはあっています。
しかし、それはオルター様を懲らしめてほしいという意味ではなく、下手に手を抜いてあなたたちの怪我が少なくすむようにという意味も含めているんですよ」
なんとか直撃を避けているカドルだったが、その動きは負傷により明らかに精彩を欠いており、左手もほとんど動いていない。
「領主の長男の使命として、誕生日のたびに領地の護衛団を引き連れて行う魔物狩り。人数も練度も毎回変わる狩りで生き延びるためにオルター様が自然に身につけていたスキルでございます」
「私たちには最初から勝ち目なんてなかった、ということですか?」
「そういうわけではありません。オルター様も代わりの対戦相手も子供だと知って最初はスキルを使うのは躊躇っていらっしゃいましたから、そのうちに勝負をつけられていれば……あるいは、彼のほうにも奥の手があるなら話は変わるかもしれません。
見たところ、彼には闘う者や奪う者系の素質がありそうですが、そこのところはどうなのですか?」
(奪取を使えばましになるだろうけど、あの無能はまあ使わないわよね)
奪う者の、そして盗賊のスキルである奪取。
オルターのスキルを正確に把握できたわけではなかったが、とりあえず攻撃の威力が上がっているならそれが振るわれる武器を奪えれば少なくとも隙は作れるであろうことは容易に想像がつく。
しかし、前回、前々回のやり直しにおいて、魔物相手であっても奪取を使わなかったことを知っているクレアには、今さらカドルが奪取を使わないことはわかっていた。
「もう止めましょうか。オルター様は頭に血が上って忘れられておられるようですが、そもそも百錬一撃は対人戦で使うようなスキルではありません。このまま続けていればとりかえしのつかないことに……」
「大丈夫! ……だと思います」
言葉を遮ったクレアにセンバスは少し失望したような目を向ける。
「引き際ぐらいわかっていると思いましたが、私のかいかぶりでしたかな?」
じりじりと後退していくカドルはやがて決闘場の端に追い詰められる。
決着のときは近かった。
「私戦いのことはよくわからないんですけど、クレアちゃんに言われたんです。『たとえ負けることになってもカドルお兄さんを最後まで戦わせてください』って。それと、」
オルターの止めの一撃が、カドルの左肩から袈裟斬りの軌道を描く。カドルも右手に持った小太刀を左下から斬り上げで対抗するが、刀同士がぶつかり合った瞬間、カドルの小太刀だけが衝撃に耐えきれず、砕け散る。
「『私のお兄さんは無能ですけど、強いだけの雑魚に負けるようなら最初から期待していませんから』ってね」
折れた小太刀の欠片が力なく宙を舞い、やがて頂点に届くと重力に従って地面に落ちる。
木片が石畳にカランとぶつかったとき、決闘場に立っていたのは一人。
「痛てて……結局、後者になっちまったな」
勝者であるカドルは、斬られた左肩をさすりながら、仰向けで気絶しているオルターを見つめながら呟くのだった。




