執事と作り話
ネーブ辺境伯お抱えの護衛隊が住んでいる寮の修練所に決闘場が設けられていた。
決闘場は、石畳で四角に囲われており、地面より少しだけ浮いた場所になっている。
普段は護衛隊が模擬戦を行うために使われている場所だったが、今日は護衛隊は休日となっており、この場にいたのは護衛隊ではない人物だった。
「すみませんね、オルター様のわがままに付き合わせてしまって」
アレクがオルターと面談してから数日後、決闘場に立つ二人の人物を眺めながらセンバスは隣にいる仮面をつけた赤髪の少女・アレク、もといクレアに話しかける。
「いえ、お気になさらないでください。それよりこちらこそ、代理をたててすみません。戦いはあまり得意じゃないくて……」
クレアはオルターの決闘の申し込みは受け入れたものの、自身が戦うことはせず、代理をたてることを願い出た。クレアに一泡ふかせることが目的だったオルターは反対しようとしたが、家庭教師としての職務内容に戦闘なんて関係ないことと、何よりセンバスが有無を言わせぬ圧力によりそれを許可させていた。
クレアとしては、決闘自体を止めさせてくれたほうがありがたかったものの、仮にもセンバスは従者であるため、人前ですでに出てしまった主人の発言自体を撤回させることは難しいのであろう。
(まあ、マイナスばかりじゃないものね。これに勝てば目的だったトゥリエちゃんに魔法書を読ませる機会ができるし。馬鹿貴族に付き合ったかいがあったわね)
度重なるオルターの非礼のお詫びとして、センバスから勝利を条件に一つだけ願い事を言う許可をいただいていた。願い事の内容に制限は言われなかったものの、魔法書の閲覧だけにとどめたのは謙遜などではなく、あまりに無茶な要求をすると、反感を買うことは目に見えているからである。
決闘場で対峙していた二人はやがてお互いの得物に手をかけ、直後にぶつかり合う。
共に武器は木製であるものの、オルターは長刀である野太刀に対し、相手方は小太刀を一つは順手で、もう一つは逆手で構えている。
「ところで彼は?」
クレアの代わりに戦うことになった少年、カドルをセンバスはやや心配そうに見つめる。
性差はなくなったものの、カドルの年齢は(外見的には)十歳の少年なので、普通に考えると体格差から勝負は明らかだ。
実際にオルターの攻撃に対し、カドルは真正面から受け止めることはなく、逆手に持った小太刀で受け流しながら耐えている。
「私の知り合いに可愛い美少女がいまして、あっ、その子クレアっていうんですけど、その子のお兄さんのカドルっていう子です。今回、私の代わりに戦ってくれるということでお願いしたんです」
もちろんクレアはそんなことは気にせず、戦いの後にのみ気がいっている。
相手が魔物や経験を積んだ戦士であるならいざ知らず、ただの貴族の子供など、敵としては眼中になかった。
「クレア、ですか……そういえば、ランディア村のクレアって子も、あなたと同じ赤い髪を持っているそうですな」
「!」
立派に蓄えた白髭をさすり、視線は決闘場に向けたままのセンバスだったが、クレアはたしかにこちらの挙動を見られているのがわかった。だが、そんなことで今さら焦るほどクレアの精神は幼くない。
クレアも決闘場のほうに目を向けながら口を開いた。
「流石ご存じだったんですね。私はクレアちゃんとお互い同じ色の珍しい髪をしているってことで仲良くなれたんです」
「……あなたの出身はランディア村の隣のカルディア村とお聞きしましたが、カルディア村の人たちに聞いて回っても仮面をした少女も赤い髪をした少女も見たという証言は得られていないんですが、これはどうわけなんでしょうね?」
「本当ですか? まあ、私は長らく家に引きこもっていましたし、買い物もフードを被って人目を避けていたので、村の皆から忘れられていてもしょうがないですね」
アレク=クレアとばれたことがわかりつつも、クレアは演技を続ける。
もともと身辺調査がされるのは予想済みであり、それを承知でクレアは動いているのだ。
「あくまで白をきるつもりですか?」
視線自体は変わらないものの、センバスの纏う雰囲気がいっそう険しくなる。
(お願いを聞いてくれるというから、やけに気前がいいと思ったけど、そういうわけね)
「何をおっしゃっているのか、わかりかねますが、私の答えは変わりません。
それと、これは私が過去に読んだ推理小説で犯人が言っていたセリフにこんなのがありました。
『99%偽証とわかっていても、1%の証拠が出ない限り、疑惑は疑惑でしかない。そして、その状態で探偵が犯人を追い詰める場合は、揺さぶりをかけてその1%を引き出そうとしているのだ』と」
オルターの横薙ぎの一閃をカドルは逆手の小太刀で上方へ受け流し、空いた胴にもう片方の小太刀を突き刺す。その一突きでオルターの体は後方に飛んだものの、魔力によって身体強化された肉体にダメージを与えられるほどではなかった。
「……その小説で、探偵はこう言ったんじゃないですか? 『1%の証拠がなくてもお前を牢屋にぶち込むことはできるぞ』と」
「そうですね。ですが犯人はこう返しました。『それができるなら最初から君はそうしているだろう。しかし、それが簡単にできないほど君の、いや、君たちの立場は危うい』と」
言葉を返さないセンバスにクレアは自身の予想が当たっていることを確信する。
「犯人はその後も続けました。『正直にいいたまえ。君が一人で私に会いに来た理由は、私を捕まえるためでもなければ、真実を知るためでもない。私が君たちの敵か味方か、はっきりさせないさせたいだけだろう』と」
オルターとカドルの影は再度、肉薄をする。
オルターは野太刀を必死になって振るうものの、カドルの逆手の小太刀による防御を崩すことはできない。大振りの攻撃を繰り返すうちに、オルターの体力がなくなり、剣閃は鈍くなるのだが、カドルは攻勢に転ずることなく、魔力の入っていない突きや蹴りで一定の距離を保つ。
「……それで、『そうだ』と答えた探偵に犯人は何をいいましたか?」
「『私は敵でも味方でもない。そもそも私の目的は君たちにはない。
ただ、約束しよう。君が私の安全と自由を脅かさない間は、私が君たちと契約をしている間は、君たちの不利益になる行為は一切しない』……と犯人は言ったそうです」
「『その言葉を信じられる根拠は?』」
「『言葉以外は何も……ただ、少なくとも、他の権力者や他国の間者との接触がないことくらいはそちらでも調査済みなのでは?』」
その言葉を最後にセンバスは空をあおぎ、クレアもこれ以上追求はせず、二人の間に沈黙が流れる。
センバスの中で様々な葛藤はあったが、やがておもむろに口を開いた。
「……探偵が犯人と契約ですか。酷い物語ですね」
「そうですね。本当、今まで見た中で一番の駄作だったと思います」
二人で即興作の酷さを笑う。
クレアはたしかにセンバスの纏っていた雰囲気を和らいでいることを感じた。
「坊ちゃんのこと、よろしくお願いいたします。アレク先生」
「はい。微力ながら誠心誠意、オルター様の教師として勤めさせていただきますね」
クレアは被っている仮面の位置を右手で左右に揺らしながら修正する。
それは、事前に打ち合わせで決めていたカドルへの合図だった。
(……さて、そろそろいいわよ。勝負を決めなさい)




