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勇者と教育係

天歴(テンレキ)990年 人間領 スペリア王国 ルビー*


 スペリア王国の北東にルビーという都市があった。

 都市ルビーは、王都とランディア村などの国境付近の結ぶ地点にあり、それら一帯の領主として土地を治めているのがネーブ辺境伯という男性。

 ネーブ辺境伯が住んでいる邸宅は都市の中心にあるが、ルビーのところどころにネーブ辺境伯管理の住まいがあり、そして離れの住まいの一つに一人の少年が住んでいた。


「あー、暇だーーー」


 少年は屋根で寝転がり、空を見上げる。

 暇だと言いながらも心がここにあらずといった状態の少年こそ、ネーブ辺境伯の長男であるオルターその人であった。


「オルター様。そんなところにいたら危ないですぞ。お降りくださいませ」


「じいか……」


 燕尾服を着た壮年の男性、センバスの忠告を聞きつつもオルターは寝そべったまま金色の髪をいじる。


「聞こえておりますか? もしそこから落ちるようなことがあれば、 皆が心配しますぞ」


「心配? 俺が落ちたところで誰が心配するんだよ。本家の皆も親父も、(あいつ)のほうが大事なのに」


 長男であるはずのオルターが父であるはずのネーブ辺境伯と寝食の住居を別にしているのは理由がある。

 オルターの母親、ネーブ辺境伯の側室だった女性は、平民の出身であり、数年前に亡くなっている。反対にオルターの異母兄弟(すぐ下の弟)にあたるウェルターの母親は、ネーブ辺境伯の正室の女性であり、伯爵家出身の人間である。

 そのため、いくらオルターが長男といえど、ウェルターを後継者として推す者が多く、そういった者たちの思惑によってオルターは離れに追いやられていた。


「まあ、俺もわかっているんだよ。どこぞの馬の骨ともしれず、まだ天職もない長男(ガキ)よりかは、いくら無能であっても家柄があって天職が導きし者(ノーベラー)である次男(次期当主)のほうが大事……」


「坊っちゃん!」


 オルターの皮肉をセンバスの声が遮る。

 いくら赤ん坊の頃から世話になっているとはいえ、さすがに怒られるかと思っていたが、オルターが屋根に出た窓から顔をみせるセンバスは、意外にも悲しげな顔をしていた。


「私が心配します。だから、そんなことは言わないでください」


「……わかったよ。だから坊っちゃんって呼ぶな」


 オルターは少しバツの悪そうな顔をすると、出てきた窓から部屋に戻る。

 オルターが住んでいる屋敷は、ネーブ辺境伯の蔵書庫も兼ねてあり、広さがそこそこある一方で、住んでいるのがオルターとセンバス、朝夕来る家政婦以外は誰もいないため、静かなのが常だった。


「で、じい。何のようだ? まさか俺に注意するためだけに声をかけたわけではないだろ?」


「……オルター様、新しい家庭教師が決まりました」


「家庭教師? 親父もじいも相変わらず懲りねえなあ。どこの貴族(馬鹿)だ?」


 この世界において、平民でも多少の読み書きはできるものの、他者に教育できるほど教養がある者は少なく、そのほとんどが貴族に限られる。さらにそういった教養のある者でもたいていは相当の職を持っているか王都にある学院にいるため、貴族が放蕩息子をネーブ辺境伯のゴマすりとして送ってくるぐらいだ。

 そして、そういった場合ですら家庭教師先がオルターだと知ると、長男でありながらぞんざいに扱われている者に尻尾をふっても意味がないと判断し、何らかの理由をつけて呼び戻す。

 オルター自身は、そういった事実は直接は聞いてはいないものの、繰り返されるぞんざいな扱いによってその事情は読みとれるほど十三歳という歳は幼くない。


「それが……」


「はあ?」


 それでも今度来る教育係の情報は、さすがに予想外であった。




 センバスから家庭教師の話を聞いて三日後、オルターの屋敷で机を挟み一人と二人が相対していた。

 二人のほうは、この屋敷の主人であるオルターとその従者であるセンバス。そして、一人のほうは、アレクという赤い長髪に仮面をした少女だった。


「オルター様、おはつにお目にかかります。アレクと申します。直接顔を見せず、仮面越しのあいさつになって申し訳ございません。ですが、この下の顔は火事で醜くただれてしまい、とても人様にお見せできるような状態ではないのでご容赦ください」


 アレクが常に仮面をつけていることは、オルターも事前に聞いていたのでそれ自体には問題はない。

 しかし、そうでない部分、少女自身は十四歳とオルターより年齢が一つ上であることは聞かされていたが、体格が明らかに小さい。しかし、アレクの顔が見えないため、面と向かってそれを指摘することは憚れた。


「仮面については、許そう。で、私の家庭教師ということは、アレク殿とお呼びしたほうがいいかな?」


「とんでもございません。卑しくも私は平民の出。オルター様に敬称を付けていただくなど、恐れ多くてとてもとても。お言葉も普段お使いになっているものでかまいません」


「じゃあ、アレク。率直に言うけどさ、お前は何が目的なんだ?」


「目的なんて大それたことはございません。ただ、私は仮面の下の火傷のこともあり、家に引きこもって座学ばかりをしていました。そんな私も十四になり、働こうと思った折にオルター様の家庭教師の件を知り、試験を受けた結果、ネーブ辺境伯の思し召しもあり、今日この日を迎えることができました」


(なるほどねえ。たしかに受け答えは子供のそれじぇねえか。まあ、ここら辺は予想していて、丸暗記している可能性が高いだろうがな)


 アレクと名乗る少女の言うことはもちろん鵜呑みにするつもりはなかったが、少なくともどこかしらの貴族の差し金や、貴族に取り入ろうとする輩ではないだろうとは思っていた。

 貴族の差し金だったとしても明らかに怪しまれるような人物は送ってこないだろうし、貴族に取り入ろうとする輩でも火傷を負って仮面が必須と言っている少女を気に入られることなどないはずなのだから。


「なるほど事情はわかった。だが、悪いな。俺にはどうしてもお前に教育係が務まるとは思えないんだよ。だけど、お前もせっかく試験を受かったのに、おめおめ帰るわけにはいかねえよな? そこで、ゲームをしねえか?」


「ゲームですか?」


「ああ。俺が今から出す問題にお前が答えるという単純なやつだ。考える時間はそこまでねえが、なあに、俺の家庭教師となるための試験に比べれば簡単に解ける問題ばかりだ。ただし、一問でも間違えればお前は契約期間となっている一年分の給金をもらう代わりに、二度とこの家の敷居をまたぐなよ」


「……それで、信じていただけるのであれば」


 またかと呆れているセンバスをしり目にオルターは前もって用意していた問題を出題する。


「王都や都市の住民権を得る方法は?」


「スレイン王国でということでしょうか? それでしたら、一年間その街の居住税を払い続けた実績を持って住民申請をすることですよね」


「……スレイン王国で現在、市場に流通している無属性(コモン)魔核(コア)の総採取量の内訳は?」


「養殖のスライムからが9割、魔入洞(まにゅうどう)からが3分、出自不明(その他)が7分」


「五つの異なる魔核(コア)のうち、2つを取り出す時の組み合わせの数は?」


「取り出す順序が関係ないなら10通り」


「2キロの重さの矢を時速50キロの速さで射る力で、1キロの重さの矢を射ると速さはどうなる?」


「だいたい70キロの速さになりますね」


「キハダ、ヒメフウロ、ヨモギ。この三つの中で薬効の面で違うのは?」


「ヨモギ。これだけが打撲傷でなく、止血の薬効です」


「天歴720年、凶作によって起きた一揆は?」


「……天歴720年は、凶作による一揆はないかと。近い年代としては716年と722年のものがありますが」


 用意していた問題を全て答えられ、オルターは押し黙る。


「オルター様。彼女の家庭教師としての能力に問題はないということでよろしいですかな?」


 一方でセンバスはアレクの行動に感心していた。それは、問題に答えられたという点もそうだが、問題に答えたことに対して。

 お金の面だけで考えれば、さっさと間違えてお金をもらってとんずらをこくべきなのに、アレクは律儀に全部正解することで、彼女が金だけで動くような人物ではないことを示したからだ。


「ぐっ、ま、待て! まだだ!」


「……オルター様」


 往生際の悪いオルターにセンバスはややたしなめるような口調で呼びかける。

 たとえ今即興で問題を作ったところで、目の前の少女がわからないような問題は生み出せないことはオルターにもわかっていた。

 だが、貴族のプライドとして、平民の小娘相手に負けっぱなしが許せるほど、十三歳という歳は大人ではない。


「け、決闘だ! そこで俺が負けたらもう何も言わん」


 そうして、出された悪あがきにセンバスはため息をつくしかなかった。

 暗く、一本の蝋燭の火のみが頼りの部屋で、壮年の男性・センバスが一人悩んでいた。


「……さて、どうしたものか」


 センバスが悩んでいたのは彼が仕える主の長男に教える家庭教師を選別するため。

 だが、選別とはいっても、すでに行った試験の結果から選出された人物を承認するだけなのだが、その人物こそセンバスを悩ましていた。


「能力だけを見るなら申し分なし。しかし、彼女はあまりにも……」


 最終選抜に残った少女は、その出で立ちこそ、仮面をつけていて奇妙なものの、知識や佇まいは問題ないどころか、候補者の中では断トツで優秀である。

 しかし、それゆえにセンバスが気にかけていたのは、まだ年端のいかない少女の得体の知れなさ。

 試験で面接は行ったものの、少女の人間性については、測ろうとしてかわされており、センバスに二の足を踏ませていた。


「……おじいちゃん、まだ起きてるの?」


「ローゼ、起きていたのか。お母さんはどうした?」


 明かりをつけていたのに気づいたのか、センバスの孫にあたる少女・ローゼが暗闇から姿を現す。

 どうやらトイレのために目覚めたようで、ローゼの母親、男性にとって亡き息子の妻に当たる女性が遅れて姿を現した。


「こら、おじいちゃんの邪魔をしないの。すみません、お忙しいのにローゼが邪魔をしてしまって」


「いや、いいんだよ……そうだな、ローゼだったらどんな人に家庭教師やってほしい?」


「うーん……赤髪のお姉ちゃんみたいな人だといいね」


「! あ、赤髪……!?」


 センバスとしては、戯れにすぎない質問だったが、ローゼからの返答に驚く。

 センバスを悩ませている少女こそ、スペリア王国には滅多に赤髪という特徴を持っていたからだ。


「ふふっ、ローゼったらすっかり迷子のときに助けてくれたお姉ちゃんのことが好きになったみたいね。

 あっ、すみません。よくわからないですよね?」


「い、いや……その話、詳しく聞かせてくれないか?」

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