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家族と迷子

「次は仮面ね」


 服が選び終わってもクレアの買い物は続き、変装用の仮面を含む様々なものを買いに街をめぐる。

 もちろん買ったものは、全てカドルが持っていた。


「……もしかして、俺を街に連れてきた理由って荷物運びか?」


 買ったもので両手がふさがりつつあるカドル。

 クレアが事前に店を決めて入ったおかげで、買った量のわりに時間はそこまでかかっていなく、日が高いうちにルビーの街を出ることはできそうだ。


「ばーか。それだけのためにわざわざ連れてくるわけないでしょ。

 逃走経路の確認。忘れてないでしょ?」


「あ、ああ……ん? お、お前、何をするつもりだよ!?」


 知らない土地に来たらすぐに探知して逃走経路を確保すること。

 カドルが前回の旅に出た当初、ガーナーに初めて教わったことであり、最も言われたことだったため、今も新しい街や普段来ない場所に来ると、自然にやるほど身に、正しくは魂に刻まれている。

 カドルの探知は視覚によるものなので、見えないところは探知できないのだが、買い物でいろいろ連れまわされたため、大方の道は把握していた。


「別に私からは何かするつもりはないわよ。

 ただ、やばくなったら逃げるって言ったでしょ。そのための逃げ道の確認はしておくのは当然じゃない」


「ということは……」


「家庭教師の試験期間中、あんたも一応、この街にいなさい。んで、何かあったときは、頼んだわよ」


「! わかった。任せろ」


 クレアが珍しく頼みを言ったことにカドルは驚きつつも快諾したのであった。




「あんたはちょっと待っていなさい」


 買い物を全て終えたクレアは、広場の噴水にカドルを置いて、自身は雑踏に戻る。

 どうやら家庭教師の申し込みの要項について変更がないか、再度街の掲示板のほうに確認しに行ったようだ。


「うわーーーん、ママ、ママァ……」


 不意に、子供の泣き声が聞こえ、カドルは声のする方向に目を向ける。

 そこにはカドル(の肉体年齢)より2つ、3つ年下と思われる少女が一人で泣いており、周りに保護者らしき人がいないことから、カドルはすぐに少女が迷子であることがわかった。


(クレアは……近くにいない……)


 クレアが待てと言われ、移動することを伝える方法がない以上、その場を動くべきではないし、道はともかく街の人を良く知らないよそ者のカドルが下手に首を突っ込むより、他にも少女の泣いている姿に気づいた大人の誰かに任せたほうがうまくいく可能性は高いだろう。


「クレア、悪い!」


 しかし、その誰かを待っていられるほどカドルは賢くなかった。




「ひっぐ、えっぐ……」


「大丈夫。お母さんはきっと見つかるから」


 迷子のもとについたカドルは少女をあやすのに奮闘していた。


「ほら、お兄ちゃんがこれをあげるから泣くのはもうやめよう」


 もともと誰かをあやすということに慣れていないカドルは奮闘してから数分後、お菓子で釣るという作戦をとる。

 もともとお菓子はクレアのものであり、見つかると文句を言われる可能性が高いのだが、リスクをとった甲斐もあり、少女は落ち着き始めていた。


(あげたお菓子の分、後でばれないように買っておかな……)


 食べるところさえ見られていなければ、後でこっそり買い戻せばいいと考えていたカドルだったが、世の中はそんなに甘くなく、背筋がぞくりと悪寒がはしった。


「兄さん、そっちの迷子(いもうと)にかまかけてもいいですけど、こっちにも(いもうと)がいることを忘れていませんか?」


「く、クレア……」


 カドルが恐る恐る振り返った先に立っていたクレアは、顔こそ笑顔だったが、第三者から見てもわかりやすく怒っていた。


「ひっ……!」


 漏れ出た怒りが少女に伝わり、せっかく泣き止みかけた少女の目に再度涙がにじむ。

 一方のクレアは、少女と少女が持っているお菓子に気づくと、少女に近づいた。


「お、おい、クレア、この子は……」


「……驚かしてしまってごめんなさい。それ、美味しいですか?」


 少しだけかがみ、クレアは少女と視線を合わせる。

 そのときの笑顔のままだが、さきほどとはうって変わって、威圧感はなくなっている。


「う、うん」


「よかった。私もそのお菓子、大好きなんです。ゆっくり味わって食べてくださいね」


 さきほどまでの怒りが嘘かのように穏やかな顔で少女がお菓子を食べ終わるのを待つクレア。

 ただし、その間、カドルとクレア二人だけの裏の会話で文句をクドクド言われたのは言うまでもなかった。




「お母さんとどこではぐれたか覚えていますか?」


 少女が食べ終わった後、クレアから話しかける。


「ここ」


「そうですか。ちゃんと別れた場所で待っていて偉いですね。どこかの誰かさんとは違って……」


「うっ」


 怒りは収まっていないものの、とりあえず落ち着いたようで、クレアの猫のかぶり方はいつも通りに戻っていた。


「どっちから来ました?」


「あっち」


 少女が街の北側に指をさす。


(北から来たってことは、そのまま南に行っている可能性が高いわね。もし、戻ってきているなら、同じ場所に留まっているこの子に気づかないのはおかしいし)


 クレアは自分と荷物、少女はここでとどまり、カドルに少女の母親を探させに南側へと向かわせることに決める。


 少女と母親の名前、特徴を確認した後、カドルは街の南側へと走っていった。


「……そういえば、今日はお母さんと一緒におでかけをしていたんですか?」


 少女の子守をすることになったクレアは他に情報を引き出すために少女に問いかける。

 迷子になったとき、母親しか呼んでいなかったことは、カドルから裏での話で聞いていたため、でかけた相手は母親だと簡単に想像できた。


「うん……お父さんがいなくなって、お母さんも仕事で毎日帰ってくるのが遅いの。

 でも、今日は久しぶりにずっと一緒にいてくれるって約束したのに……」


「大丈夫ですよ。あなたのお母さんはきっとその約束を守ってくれます」


 また泣きかける少女をクレアは勇気づける。

 一方で、約束という言葉をトリガーに、クレアの脳裏には自身の家族の記憶が浮かんでいた。


『約束だ』『約束よ』


「っ……」


 小さいころの温かく、優しかった両親との記憶。

 だがその温かさは、約束が破られた今となっては、クレアの心を苦しめ、辛くする原因でもあった。


「お姉ちゃんはいいよね、お兄ちゃんがいて。私も兄弟が欲しかったな……」


「あれは……そういうのとは違いますよ」


「? あのお兄ちゃんは、お姉ちゃんのお兄ちゃんなんでしょ?」


 兄妹関係を否定するクレアを不思議に思った少女の問いをクレアは慌てて取り繕う。


「それはそうですけど……いろいろ難しいんです。血だって繋がってないですし」


「血が繋がってないと家族じゃないの?」


「そうではないですけど、血が繋がっていないなら、目的がお互い変わったときに別れはきます。

 お互いに目的なんてなくても一緒にいられる、それが家族ですから」


 クレアは自分もカドルもお互いがお互いの目的のために一緒にいるだけだと自覚している。

 ゆえに全てかが終わった後は、クレアもカドルも別々の道をいくんだろうなとはなんとなく思っていた。


「うーん……」


「……難しい話でしたね、忘れてください」


 悩んでいる少女に気づくと、クレアは愛想笑いを浮かべる。

 いくらでも誤魔化しはできたはずなのに、素直に言ってしまったことを少し後悔する。

 これから少女に聞かれても当たり障りのない回答をしようと心に決めた。

 しかし、


「……そうかな?」


「え?」


「『目的がなくても一緒にいられるから家族』じゃなくて、『目的がなくても一緒にいたいと思えるから家族』じゃないかな? お姉ちゃんはお兄ちゃんと一緒にいたくないの?」


「! そっ、それは……」


 当たり障りないの回答はできず、かといって本音を話すこともできず。


「私は……」


 その後に続いたクレアの言葉は、広場に響く噴水の音でかき消されるのであった。




 やがて少女の親が見つかり、カドルたちのおせっかいは無事に終了した。


「ごめんね、娘が迷惑をかけて」


「いえ、僕は大したことは特に……」


 少女の親は、お礼にと二人を夕食を誘ってくれたのだが、今日中に街を出ることを予定していたため、丁重に断った。


「お姉ちゃん」


「ん? 何?」


 別れのきわ、少女がクレアと向き合う。


「お兄ちゃんとは仲良くしないといけないよ? たった一人の家族なんでしょ?」


「……そうですね。兄さん、さっきはすみませんでした」


「!? あ、ああ……気にしてないから大丈夫だよ」


 人前では猫を被っているとはいえ、クレアに頭を下げられたことに動揺するカドル。

 そんな反応をしてしまったがために、また裏の会話で文句を言われると思ったのだが、それすらもなく、カドルはますます困惑するのであった。




 親子と別れた後、カドルとクレアはルビーを出て、水源が確保できる川の近くで野営の準備をする。

 村で買った携帯食料を食べ、寝床を確保し、二人は床に就つく。

 魔物も野盗も出ない地域だったため、寝ずの見張りはせず、最小限、誰かが近づいてきたとき、鈴の音が鳴る程度の罠をはった。


「……やっぱり、家族っていいもんだな」


 寝る直前、今日一日を振り返ったカドルはなんとなく言ったが、クレアの性格からして否定されることを予想していた。

 しかし、


「そうね」


 意外にもクレアが肯定したことにカドルは少し驚く。

 だが、迷子の親子と別れる前に裏もなく頭を下げたクレアを思い出すと少し納得した。

 クレアの家族との思い出は、決して悪いものだけではなかったのであろう。


「……もし、お前がよければ、別に演技(皆の前)じゃなくたって、『兄さん』って呼んでもいいんだぞ?」


「! ……ばーか。あんたみたいな兄はこちらからお断りよ」


 それ以降、二人はしゃべることはなく、夜は静かに更けていくのであった。

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