馬と衣装
*天歴990年 人間領 スペリア王国 ルビー*
この日、カドルとクレアは珍しくランディア村から出て、近くの都市であるルビーに来ていた。
わざわざルビーに出たのはもちろん、クレアが無理矢理言い出したのが発端である。
「うぷっ……」
馬に揺られ続けた結果、気持ち悪くなったカドルは、街の手前の森の近くで吐き気を押さえていた。
「なっさけないわねえ。せっかくブラックペッパー号に乗せてあげたのに。
ねえ、ブラックペッパー号?」
「ヒ、ヒヒーン……」
一方で同じ馬に乗っていたクレアは平然としながら、スレイン王国の国章であるスイレンの紋が入っている馬具を外し、袋にまとめて茂みの陰に隠す。
ブラックペッパー号とは、クレアがスレイン王国から抜け出す時に乗っていた馬であり、ランディア村に着いてからもウェラスト山のほうでずっと隠して飼っていた。
「……俺が馬に乗るの苦手だって知っているだろ」
神託はまだ受けていないが、盗賊という天職の素質があるカドルは視力や視野角が良い反面、それが揺さぶられる乗り物にはめっぽう弱いという弱点があった。
「そうだったしら? まあ、ブラックペッパー号も自分の名前を冗談扱いされて、ちょこっっっと怒っていたのかもね」
(怒っていたのはお前だろ。しかも全然ちょこっとじゃなかったし……)
なぜか飼い主に怯えているブラックペッパー号を不思議に思いながらゆっくり気持ちを落ち着けるカドルであった。
馬と馬具の隠蔽が終わるころにはカドルの体調もある程度回復し、二人はルビーの街に繰り出した。
「そういえば、今まで聞かなかったけど、どうしてルビーに来ているんだ? しかも、今回は俺まで連れて」
ここ最近、クレアだけでランディア村をふらっと出てどこかに行っていることはしばしばあったものの、ちゃんと帰ってくることから特に心配していなかったカドルだが、今回は巻き込まれて半ば無理矢理連れてこられたため、理由くらいは聞いておきたかった。
「それは……あっ、まずはここで服を買うわよ! 話は中でするわ」
答える前にクレアは店に入っていき、服を物色する。
先に話をしてほしかったカドルだが、ルビーに泊まることはせず、今日中に用事を済ませて街を出るということは事前に聞いていたので素直に付き従う。
「まずはこれね。どうかしら?」
候補は決めてあったのか、いくつか服を持って試着室に入り、次々と着替えてカドルに見せていく。
「どうかしらって、服なら別にここで買わなくてもトゥリエの家からもらっているだろ?」
「普段着はね。でも家庭教師が普段着だとまずいでしょ」
「家庭教師!?」
予想外の回答が来たカドルは素っ頓狂な声をあげる。
声が大きかったため、店の中にいる他の客や店員がカドルのほうに視線を向けるが、子供だとわかると、すぐに自分の興味や仕事に戻っていく。
「なに大声出しているのよ。ばか」
「わ、悪い。けど、急に家庭教師なんてどうして……お金か?」
「それもあるけど、一番の目的はトゥリエちゃんに魔法書を読める環境をつくることよ」
トゥリエの魔法を扱う能力の向上のため、クレアが魔法書を求めていることはカドルもしっていたが、それが家庭教師とどうして結びつくのかがわからず、疑問が浮かぶ。
「この辺に魔法書があるのは、ネーブ辺境伯のところしかないでしょ。
ちょうど最近、ネーブ辺境伯の長男の家庭教師を探しているらしいのよ。
んで、採用試験はいくつかあるけど、応募条件はないから、応募しようかなってところね。
家庭教師なら勉強って言って本を借りることぐらいできるだろうし」
一錬習得のスキルのおかげで戦闘に関することは教えるのが下手なクレアだが、知識や思考力についてはスキル関係なく得たものなので、教養を教えられる程度には知識もは持っている。
やり直し後は、演技の件も含めたびたび指導を受けるカドルだからこそ、家庭教師としてはクレアの能力に疑いはなかったのだが、明らかな懸念が一つあった。
「……それ、今のお前が行って受かるのか?」
精神的にはともかく、肉体的・身分的には今のクレアはたかが十歳の村人である。
能力はともかく、年齢や身分で門前払いされてもおかしくはない。
「さあ? けど、このあたりで一番偉いはずの貴族様の長男の家庭教師を公募で募集かけるくらいだし、向こうにも何かしら事情はあるんでしょ。
ただ、教えるほうより若いとさすがに受からないと思うから、とりあえず応募するときは十四歳で通すし、やばくなったらいつでも逃げられるように『アレク』って偽名も使うつもりよ」
「なるほど……あっ、それなんかいいんじゃないか?」
しゃべっている間も着替え続けていたクレアの衣服の組み合わせがカドルの目にとまる。
それは黒と白を基調にコーディネートであり、丈も短くクレアの普段着ている服装に近い。
「どうして?」
「動きやすそうだし、なんかお前らしい感じがする」
「ふーん……じゃあこれはなしね」
カドルの勧めた服をクレアは元の場所へと戻す。
「お、お前……」
「ばーか。今回、存在を偽装するんだから、クレアらしい服なんて選ぶわけないじゃない」
「あっ……」
その後もクレアは服を着替え続け、やがてクレアとしてはあまり着たことのない薄緑の上着かつ、ゆったりめなスカートの組み合わせを選ぶ。
ちなみに選んだ服装については、まったくと言っていいほど、カドルの意見は反映されなかった。
「そういえば、お金はどうするんだ?」
クレアに連れられて入った店は、特別豪華というわけではないが、品ぞろえは良い。
前回の魔王討伐の旅でもクレアとフレンの荷物持ちとしてそこそこ店を回り、目利きをしていたカドルにとっては、クレアが選んだ服の購入が確実に家計の危機になることが予想できた。
「お金ならあるわよ、ほら」
しかし、クレアがそう言って取り出した硬貨の巾着が心配を吹き飛ばす。巾着の中にある硬貨の種類は見えないが、その量はクレアの言う通り、余程散財はしない限りは心配する必要はなさそうだ。
「それだけのお金、いったいどうやって?」
カドルの知る限り、クレアが働いているところは見たことなく、二人の生活費の全てはカドルの畑仕事によって賄われている。それ自体にカドルは文句はなかったが、明らかにへそくりや内職でためられるような金額だったので、困惑する。
「魔核を売ったのよ」
「魔核って、そんなのどこにあったんだ? それに無属性の魔核を売ったところでたいした額にはならないはすだろ……?」
生活の基本資源である無属性の魔核は、その生産から流通、販売については、特定の商人や紹介が独占しないように国が管理しているものの、少量程度なら個人での売買も許されている。
だが、カドルの言った通り、無属性の魔核は各街や村の自治体から配給されるということもあり、魔核の売買で儲けを出すということは難しい。そのうえ、カドルが持っていた魔核は猪の厄災の日に使い切り、クレアは奴隷という立場だったので魔核なんて持っているはずはないとカドルは考える。
もし魔核があれば、猪の厄災の日から次の魔核の配給日までの一ヶ月間弱、火を起こすこともできないような生活をクレアが許すはずないと思ったからだ。
「猪の厄災のときにあんたが倒れた後、風蝙蝠を倒した話はしたでしょ? そのときに土と風の魔核を手に入れたのよ。
まあ、魔核からカルマが抜けきるまでに時間がかかったから、使うわけにも売るわけにもいかなかったのは辛かったけどね」
魔物は一体につき一つ以上魔核を持っているものの、はじめの魔核は必ず無属性である。
そして、魔物がカルマを得て、成長した魔物の魔核は、属性持ちと呼ばれ、希少価値が高くなる。
特にネーブ辺境伯の領地はランディア村をはじめ、魔物が少ない地では、属性もちの魔核の流通が少ないため、高い金額で売ることができた。
「もちろん、魔核の売り上げだけじゃ足りないから、多少の配達をちょっっっだけブラックペッパー号に頑張ってもらったけどね」
(いや、ちょっとは嘘だろ……そうか、だからあいつはあんなに)
カドルたちがルビーに来るまで、クレアに怯えながらも、ほとんど休みなく走り続けたブラックペッパー号の苦労をなんとなく察し、同情するカドルであった。
「でも、なんか都合がいいよな」
「何が?」
「魔法書を持ってそうな相手がタイミングよく家庭教師を探していることだよ」
「当然でしょ」
「は?」
「私は勇者よ? どんだけ都合が良いって言われようが、世界は私を中心に回っているに決まっているじゃない」
(……本気で言っているのか? いや、本気で言っているんだろうな……)
「あんた、後で覚えておきなさいよ」
「しまった!?」




