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魔核と入浴

 特訓の後は、かいた汗を露天風呂で流すのが三人の習慣となっていた。

 だが、もちろん活火山でもないウェラスト山では天然の温泉が湧いているわけでもなく、自ら用意する必要がある。


「トゥリエちゃん、お願いします」


 クレアは黒いショートパンツのポケットから村の配給として(カドルが)もらった小さい魔核(コア)の欠片を取り出すとトゥリエに渡す。


「うん……万物を構成する粒子よ。(レイ)(カン)によって顕現せよ。土よ、壁を形成せよ、土の周壁(アースウォール)


 トゥリエの詠唱と呼応するように魔核が輝くと土が隆起し、壁が作られる。

 だが、トゥリエはあえて腰の位置で止めると、今度は一面だけ上がっていた土を四角になるようにせり上がる土をのばし、囲いを作る。

 やがて囲いの土が全て同じ高さになり簡易的でありながらも小部屋ほどの面積はある浴槽へと変わる。そこでトゥリエはいったん魔法を中断させ、すぐに再度魔力を練り直す。


「万物を構成する粒子よ。(レイ)湿(シツ)によって顕現せよ。水よ、潤いをもたらせ、水の雨溜(アクアパドル)


 空中に水溜まりが出現し、土でできた浴槽に注がれる。穏やかに流れる白滝は月の光を反射しながらそのかさを増していく。

 やがて浴槽いっぱいの水がたまると、水面を波打つ波紋も減っていき、やがて水面に綺麗な月が現れる。


「トゥリエちゃん、お疲れ様です。水漏れもしてないですし、下級(ノービス)の魔法はもう完璧ですね!」


「クレアちゃんありがとう。でも私なんて水と土の属性がちょっと使えるだけで他はまだまだだよ。クレアちゃんみたいに全属性の魔法が使えるわけじゃないし」


「いえいえ、私なんて器用貧乏なだけですよ。魔力の量もぜんぜんですし。あっ、魔核ありがとうございます。すぐに温めますね」


 トゥリエから魔核を返却されると、今度はクレアが詠唱に入る。


「万物を構成する粒子よ。(ネツ)(カン)によって顕現せよ。火よ、敵を焼け、火の憤熱(フレイム・ヒーター)


 詠唱が終わったクレアが魔核を投げると、先ほどトゥリエがためた水のを落ちていき、浴槽の中心に設けられた窪みに落ちる。

 そして、魔核は赤く発光すると、その中心から熱を発生させ、水温をぐんぐん上昇させる。


「ちょっと待てば適温になると思います。じゃあ、準備しましょうか」


「う、うん……」


 クレアはベージュの上着を脱ぐと、赤い髪がばさりと広がる。


「ふわぁ、クレアちゃんの髪ってやっぱり綺麗だね」


「そうですか? ……そう言ってもらえると嬉しいです。でもこれもトゥリエちゃんとさんのおかげですね。この服もそうですけど、いつもいろいろくださって本当にありがとうございます」


「お礼を言われるほどのことでもないよ。お姉ちゃんのお古をあげているだけだし」


 もともとが数ヶ月前までは奴隷だったため、傷んでいたクレアの髪だったが、ランディア村に住むようになって、トゥリエとその母であるが面倒を見てくれたということもあり、だいぶ髪のツヤがでてきていた。

 最初はただお隣というだけで、いろいろ施してくれるトゥリエたちの一家をクレアは不思議に思っていたが、もともと女系で末っ子であるということと、どうやらトゥリエの優しさは家族から譲り受けたものであるらしい。

 トゥリエはクレアに服をあげるとき、姉の服は肌にピッタリつく服より少しゆったりした服のほうが自身の好みにあっていると言った。それは嘘ではないだろうが、それでも虫食いさせないほど丁寧に保管しているものをあっさりあげられるほど家族皆が性格が良かった。


「なら、尚更トゥリエちゃんたちと姉妹になれたみたいで私嬉しいです!」


「クレアちゃん……! わ、わたしのことはお姉ちゃんって呼んでもいいからね!」


 一方でトゥリエのほうも末っ子ということがあってか、姉の立場というものに憧れがあり、クレアのお世話をやくことに喜びを感じていた。


「……ところでトゥリエちゃん、お召し物はまだ脱がれないんですか?」


「ふぇっ!? ぬ、脱ぐよ? 脱ぐけど……」


「人目なら大丈夫ですよ? ここは普通の山道から外れてますし、カドル兄さんも見張ってくれていますしね」


 トゥリエは知るよしもないのだが、クレアたちがいるその場所はカドルが茶豚王と死闘を繰り広げた獣道の奥にある岩崖の近くだったりする。

 そのため、この道を知っているのは、そこで戦ったカドルとそれを見ていたクレアぐらいしかいない。


「それは、そうだけど……」


(やっぱり二ヶ月そこらじゃ羞恥心は消えないか。戦うこともそうだけど、早く……ううん、焦りは禁物よね)


 特訓や入浴などを多少面倒でもウェラスト山で行うのは魔法を使うところを誰かに見られることを避けるという目的があるが、それ以上にトゥリエに旅に慣れてもらうという目的がある。


 魔王討伐の旅では当然毎日宿に泊まれるということはなく、野宿が続く日が出てくる。その場合には悪辣な環境であってもしっかり休められる能力が戦闘と同じくらいに必要になる。その中でも睡眠や飲食など、生理的欲求に基づくものなら追い込まれれば慣れるものだが、入浴や着替えなどの羞恥心や戦いや命に対する心構えなど精神的なことについては意識的に変えていく必要がある。


 もちろん精神的な面についてはいきなり変えようとすると歪みが生じてしまうため、カドルと模擬戦をさせたり、こうして山の中で一緒に風呂に入ったりなどして少しずつ慣らしていくことがクレアの考えだった。


(でもいつまでもこのままじゃいけないし……そう、だからこれは仕方ないことよね)


「ひゃっ!? く、クレアちゃん!? いったいなに、んっ……」


「いえいえ、トゥリエちゃんが脱ぐのに時間がかかっているみたいなので、少しお手伝いしようかと」


 トゥリエの背後に回ったクレアはトゥリエの胸部を白い服の上から優しく揉む。

 同世代と比べてそれなりに発育のいいトゥリエの胸は、クレアの手によって形を変えていく。


「お、お手伝いって、あっ……そこは違っ」


「ほらほら、早くしないと風邪をひいちゃいますよ?」


「早くしないとって、邪魔しているのはクレアちゃんじゃ、んっ……も、もう! わかったから! すぐに服を脱ぐから!!」


 クレアの目論見通り、トゥリエは顔を真っ赤にしながらも自身の服に手をかけ、脱ぎ始める。

 だが、


「トゥリエ、大丈……夫、か?」


 声を聞き、駆けつけたカドルの目に映ったのは、涙目になりながら上半身がほぼ脱ぎかけのトゥリエと、トゥリエに抱き着いて大事なところは隠れているがしっかり全裸になっていたクレアだった。


「きゃ、きゃあああ!!」


 夜の山に少女の甲高い悲鳴がとどろき、眠っていた鳥たちも驚いて起き、遠くへ飛び立つ。

 せめてもの幸は、その悲鳴がその場にいた三人以外には誰にも聞かれなかったことだろう。


「ご、ごめ……」


 無駄だとわかりつつも、せめてもの謝罪を言おうとするカドルだったが、それは直後に来た威圧感によって無理矢理閉ざされる。

 その威圧感の主であるクレアはいつの間に身に着けていたのか、体をタオルで巻きつけ張り付けた笑顔で立っていた。


「兄さん、なんでこんなところにいるんですか?」(何か? 言い残すことは?)


「……ごめんなさい」(……せめて一撃で楽にしてください)


 その夜、ウェラスト山には少年の悲鳴も聞こえたという。

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