祝宴と安酒
「……まったく、あいつは何を考えているんだ!!」
スペリア王国の城下町にあるとある居酒屋。
店に入るなり、酒を頼み、ガーナーはさきほどの鬱憤を晴らすように一息で飲み干すと、やや大きな力でグラスを机にたたいた。
「……落ち着けよ」
夕暮れ時で他の客もそこそこ入っており、そこまで目立つようなことではないが、行儀としてはよくないことを気にしたカドルが注意をする。
魔王を倒した勇者一行は、本来なら王宮のほうで宴があったのだが、さきほどの件もあり、朗らかな会食をできるはずもないため、ガーナー、カドル、フレンの三人はわざわざ城下町にまで来ていた。
「落ち着いてられるかっ!? ってか、お前はなんであのとき、止めたんだよ!」
「……さすがに王の前で喧嘩させるわけにはいかないだろ。
それよりご飯食べようぜ。久しぶりの香辛料の効いた料理だ」
ガーナーの怒りはまだ収まっていなかったものの、スパイスの効いた香ばしい肉料理の香りが鼻孔をくすぐる。
その抗えない誘惑に負け、一口食べ始めると口は言葉を出す器官から食べ物を入れる器官へと変わる。
旅の道中、日持ちする乾物か、ろくに下処理を行わない(行えない)ただ腹を膨らますための食事が基本であり、魔王の討伐後も2~3ヶ月かかる道のりを数週間で戻ってきたため、まともな食事にありつけるのは本当に久しぶりだった。
「でも、クレアどうしちゃったんだろうね……そりゃ、旅の中でもカドルへの対応はちょっと淡々としているかなってところはあったけど、でも……それでも帰ってくるまでは普通に接していたじゃん」
ある程度食べ終わったところでフレンがポロリとこぼす。
フレンの言う通り、カドル自身としてもクレアに対してそれほど悪印象は持っていない。
旅の道中でもクレアのカドルへの事務的な反応が多かったが、それでも最低限の意思の疎通はあり、今回のように悪意を持って言葉をぶつけられることは初めてだった。
そして、同じ女性同士ということもあってパーティーの中ではクレアと一番仲良かったフレンは、今回の件については心を痛めていた。
あの場ではしゃべれずにはいたものの、謁見の間から下がった後、フレンはクレアの発言の意図がを聞こうとしたのだが、クレアはやることがあると言い、姿を消した。
「知らねえよ。もともと初めて会ったときからずっと鉄仮面をつけているような変な女の考えていることなんてわからねえよ」
「そ、それは顔に酷い火傷があるって説明してたじゃん!」
「そんなことは知っている。だけどよ、あいつは結局一度も俺たちの前で素顔をさらさなかったんだぜ?
今さらどんな傷であろうと俺たちの誰が気にするかってのによ……」
空腹がなくなり、少しは気持ちも収まったのかガーナーのトーンもおち、幾分か冷静になっている。
ガーナーの言う通り、クレアは初めてパーティーを組んで以降、一度も人前で鎧や兜を脱ぐことはなく、その姿を見たことのある者は誰もいない。
ご飯を一緒にとるときも着脱式となっている口元部分だけを外すだけの徹底ぶり。
仲間である三人は前述の説明もあり、割り切っていたが、ただカーネル王の前でも兜を脱がないため、一部の大臣にはクレアを隣国のスレイン王国の脱走奴隷であり、その烙印が顔に残っているから外さないのだと言う輩もいたりする。
「でもさ、私としては、クレアの言葉もそうだけど、カドルの言葉のほうが意外だったな……ねえ、どうして自分の望みを捨ててまでクレアの望みを聞いてもらうように頼んだの?」
フレンはおそるおそるという目で盗賊に迫る。
「別にあのとき、言った通り、一番の功労者が何もなしってわけにはいかないだろうし、それに……」
「それに?」
「……、いや、なんでも」
「それにカドルとクレアの望みがない状態だと、俺らも辞退しないといけないってことを気にかけて、だよな?」
カドルが言いかけた言葉をガーナーが引き継ぐ。
発する言葉は直情的なことがたびたびあるが、周りが見えていないということはなく、むしろパーティーメンバーの中では一番周りに気を使ってくれている。
今もさっきも怒っているのも誰かの怒りを代弁してくれているんだとカドルにはわかっていた。
(こういうところをガーナーは、クレアに信用されているんだろうな)
カドルはガーナーのことを尊敬しつつ、少しうらやましく思う。
「まあ、功績で言えば魔王もその側近の蛇のやつも討伐したのはクレアだし。それも正しいかもしれないな。
ここ一年、あいつと肩を並べて戦った記憶がないし……」
カドルは三人がかりで足止めが精いっぱいだったラミアを一刀のもとに切り伏せたクレアを思い返す。
魔王討伐の旅を始めたころは、勇者一行はチームとして戦っていたのだが、月日を重ねるごとにクレアは急激に成長を遂げていき、それにつれて戦いのやり方は変わっていった。
一年たつことろにはクレアはパーティのエースとなった。二年たつころにはクレア一人でパーティーの二人分の役割が担えるようになった。三年たつころには他の三人はバックアップをするだけになった。そして、四年たつころにはクレアは一人で戦うようになった。
そのクレアの驚異的な成長を支えたのが彼女のスキルである一錬習得。
どんな技術的に難しい剣技や魔法でも一度目から使うことができるというスキルである。
もちろんカドルやガーナー、フレンだってクレアに追いつけるように旅の合間を縫って努力はした。
しかし、それでも一錬習得のスキルを持つクレアとの差が開くばかりだった。
結果、差は縮まらないままで魔王討伐を終えてしまったということもあり、自身の功績を誇るどころかクレアにとって自分は必要なのか自問することは三人とも同じだった。
……が、カドルとしては、今このときにガーナーとフレンの功績の否定をするつもりはないので話題を変えようと考えを巡らす。
「そ、それにしても、クレアが変わった理由は、なんだろうな? もしかすると、魔法をかけられて性格が変わってたり……なんて……」
「はあ?」
魔法という言葉に目ざとく反応するフレン。
「ほ、ほら、魔物とかも魔法を使う奴らもいるし、魔王そういう魔法ももしかしたらあるのかなって……」
カドルとしては、何気なく話題を変えようとしたつもりだったが、魔法に関する適当な発言はフレンのいる場では禁句だったことをその時になって思い出す。
魔法の専門家であるフレンは、その誇りゆえ、魔法を万能なものとして扱われることについては、沸点が低いという性格をしていた。
「そんっなの、ありえないから! いい? 魔法っていうのはね、万物を構成している物質粒子と特性となる魔法粒子をかけ合わせて発動するためのものであって、『熱、冷、乾、湿、』の特性から魔法の属性は『火、風、水、土』の四つしかないのは人であろうが魔物であろうが同じだから、人を操れるような属性なんて……いや、魔王の持つ属性はどの属性でもないって聞いたような……ううん、クレアのカルマ払いしたときも魔力自体は普通だったし、そもそもクレアですら操れるような魔法を持っているなら魔王がやられているこの状況がおかしいし……」
酔いの助けもあって、最初こそはカドルに対して怒っていたものの、すぐにひとり言のようにぶつぶつつぶやくフレン。
ガーナーとカドルはこの状態になったフレンには本人の中で結論が出ない限り、何を言っても無駄だとわかっているため、諦めてエールをおかわりをする。
「ところでよ、お前はこれからどうするんだ?」
「どうするって?」
「復興のことだよ。土地の権利どころか、金もない状態で、復興なんてできっこないだろ」
「たしかに難しいかもしれない。けど、できないってことはないさ。
それに金があるかは関係ないよ。ランディアを……俺の故郷を復興させるのは、俺の夢だから」
「……まったく、大した馬鹿だよ。お前は……」
一途なカドルにガーナーは満足そうに笑う。
(どうしてこいつの天職が盗賊なのかねえ……)
クレアはカドルのことを無能と評していたが、ガーナーはそうは思わない。
たしかにカドルは奪う者の代表的なスキルである奪取を使ったことはないし、愚直で不器用な性格は盗みを生業としている者たちと比べて不向きな性格だといえる。
だが、それでも自分のできることを常に探し続け、こうして魔王討伐の旅を生き残っている。
ただ、それだけに彼の天職が盗賊であることはガーナーにとっては皮肉にしか見えなかった。