記憶は真実!?
「……トゥリエを騙したわけじゃないんだよな?」
本人の了承をとれたとはいえ、相手はカドルたちとは違い本当に十歳なのだ。クレアにとっては言いくるめることなんて容易いはずだ。
ただ、トゥリエの両親も納得しているなら今さら反対したところで無駄だとということはわかっていたし、こちらから協力をすると言った以上、いまさら正義面して糾弾する気はカドルにはなかった。
「ちゃんと魔王討伐の話はしたわよ。もちろん必然の結末については伏せているけどね」
カドルは猪の厄災後に目覚めた日にクレアに十年後に起きるであろう必然の結末を含め、未来に関することを他者に口外することを口止めされていた。その理由は、未来がわかると知られることで余計な面倒ごとに巻き込まれないための自衛のためではあるが、悪い未来を変えようと動くことや良い未来を変えないために動かないことが必ずしも正しいとは限らないからだ。
『絶望しかない未来はもちろんだけど、希望しかない未来も厄介なのよ。金貨百枚を稼ぐ未来を知ることは、金貨千枚を稼ぐ未来を諦めさせることだからね』
そう言ったクレアの論理を完全に納得できたわけではないものの、じゃあ何を言えば正しいのか、カドル自身の中で明確にできていないため、基本的にはクレアの方針に従っている。
「言っておくけど、あの子はあの子なりにきちんと考えて決意したわよ。あんたはどう思っているかはしないけど……何よその顔は」
「い、いや……」
「はあ、あんたも学習しないわねえ。私の前で隠しても無駄だって言っているでしょ」
「……お前がトゥリエのことを評価しているんだなって。正直、使えるかどうかで見てると思ってた。トゥリエの性格って、ほら、良い子だろ? お前ってそういうの得意じゃないと思って」
カドルのイメージとしては、トゥリエの素直な性格は、クレアは苦手に思ってそうだった。
しかし、わりと率先してトゥリエを入れようと動いているところを見ると、カドルの勘違いだったようだ。
「何勘違いしているのか知らないけどね、私は性格が良い子は好きよ。というか、良い子を嫌うやつってどれだけ性格がひねくれているのよ」
(お前がそれを言うのか?)
「……あんた後で覚えておきなさいよ」
「しまった!?」(しまった!?)
黙ってても考えを読み取られることにクレアと話すときは仮面をつけたほうがいいかもしれないとカドルはわりと本気で検討する。
「私はね、パーティを組むときは基本的に実力より性格重視って決めているのよ。どうせ魔王なんて私がいれば倒せるんだし、一緒に旅して疲れないほうが大事に決まっているじゃない」
性格至上主義であるクレアの考えは、魔王を倒すという目的を考えれば問題しかないのだが、実際にカドルの目の前にいるのは一人で魔王を倒した人物であり、謎な説得力がある。
一緒に旅をしたガーナーとフレンについても、道中で意見を違えたり、喧嘩することはあったがそれを変に引きずったり道理に沿わないような行動をされた覚えはない。
(まあ、あの二人は実力のほうもたしかにあるわけだけど。俺よりもはるかに……)
「あっ、あんたは必然の結末に影響を受けないって点だけを評価しての採用だから、そこんとこ勘違いしないようにね」
「……そんなこと言われなくてもわかってるよ」
クレアはカドルとは魔王討伐の旅を行った回数は二回だが、その二回とも必然の影響を受けていない。カドルは今もその理由がわからなかったので、再度クレアに聞き直したこともあったのだが、クレアの回答は変わらず、自分で気づけと突き放された。
「ひとまずはあんたの天職がわかる年齢になるまではこの村にいることになるわ。あんたいくつで盗賊だってわかったのよ?」
「十二歳のときだけど、何でそのタイミングなんだ?」
きっかり何年後ではなく、カドルの神託を待ってからというアバウトさにカドルは疑問を持つ。
「理由は主に三つあるわ。
一つ目は経験を積むためよ。魔王討伐の旅までにあんたたちにはできるだけ多くの魔物と戦って経験を積ませたいけど、この平和な村じゃ無理でしょ。
だからあんたが天職を授かり次第、冒険者ギルドに登録する必要があるのよ。あそこは天職がないと登録できないし」
冒険者ギルドの登録条件は正確には十五歳以上だが、年齢を証明できるものが普及していないこの世界では、天職の有無が暗黙の了解となっている。
「私の天職がわかるのは十五歳からだし、逆にトゥリエちゃんは私が勇者だって証明できるまでは教会に連れて行かれないようにいけないからね。都合がいいのがあんたしかいないのよ」
かつての勇者一行にいた天職が僧侶の人物が設立したという逸話のある教会は、僧侶と癒す者については独占的な保護権を有しており、一度保護下に入った者については勇者や国王でさえおいそれと口を出すことができない。
それを知っているからこそ、クレアは自身の神託を受けるまではトゥリエの天職を隠し続ける必要があった。
「二つ目はお金のためよ。
さすがに畑の手伝いだけじゃ必要金額とは程遠いからね」
「必要金額って、お前旅を出る前にカーネル王に散々せびっていたじゃないか」
旅におけるお金の大切さはカドルも知っているが、クレアがカーネル王を恐喝に近いことをし、搾り取っていたため今さら必要なのかは疑問だった。ちなみにその現場が前回においてカドルが初めてクレア見たときでもあった。
「カーネルのおっさんにせびる段階にいくために必要なお金ってことよ。勇者って証明できなければそれができないじゃない。
この村から去る以上、教会で神託を受けるためには、そのときに住んでいるところの住民権を買う必要が出てくるわけだしね」
教会で神託を受けること各都市で行われており、金額も無料であるが、条件として住民として証明が必要になる。
「そして、三つめ。それは……」
クレアから話される三つめの理由。
そして、数年後に起こる事実にカドルは驚愕する。
「……なっ!? う、嘘だろ? だってあいつは……」
「前回は私が介入して運命を変えたからね。あくまで今の話は何もしなかった場合よ。
……で、これがあんたの神託を待つ理由、そしてその時にこの村を出る理由だけど、納得できた?」
「……今回もそれを防ぐ、いや、防げるんだよな?」
「それができるかはあんた次第よ。見捨てたくなければしっかり強くなって、私の言うとおりに働きなさい」
クレアの言葉を受けてカドルは自身の右手を見る。
蒼月祭の日、トゥリエのくれたミサンガがたしかにそこにはあった。
「ああ、わかった」
あのとき、掴むことができたもの、零れ落ちたもの。
もう二度と零れ落ちることがないように、掴み損ねることがないように、右手を握って強く決意を固めた。
「それにしてもあいつも、あんたも他のやつらもそうだけど、なんで神職持ちのやつらってほっておくと死にかけるのかしらね」
返答を期待するでもなく、独り言を呟くクレア。
少し疲れたような声色はやり直しを何度も繰り返した特有のもので今のカドルにはわからないものだろう。
(でも、今回はトゥリエを助けることができて良かった……前回は、前回は……あれ?)
やり直す前を含めて自身の記憶を辿るカドルはひっかかりを覚えた。
その理由は、今持っている記憶と思い出した記憶との齟齬。
存在している記憶と存在しない記憶が混在していることにカドルは困惑する。
(……前回の記憶でトゥリエの死んだことを確認した記憶がない?
……いや、俺は前回、トゥリエと一緒にいたこともなければ、しゃべったこともない!?
トゥリエに出会った今回と出会っていない前回で二つあるのはどうしてなんだ!!?)
真実その一 やり直した者はやり直す前の記憶を引き継ぐ。




