休日と目標
鎮魂式の翌日、前日に降っていた雨でできた水たまりが畑から抜けきらず、その日カドルの畑仕事はキャンセルになった。
突然できた休日だったが、カドルはこれを機に今まで後回しにしていた詳しい事情をクレアに聞くことを決めた。
カドルとしては渋られるだろうと予想をしていたが、意外にもクレアはすんなりと応じてくれた。ただし、カドルは一つの条件をつけられていたが。
「説明をするのはいいんだけど、あんた私が今まで言ったことどこまで覚えてる?」
「だいたいは覚えていると思うけど」
「だいたいって何よ、だいたいって。私がせっかく教えてあげているんだから一言一句覚えなさいよ」
「お前はどこぞの王様だよ」
「残念だったわね、王様どころか勇者様よ。
まあいいわ。前提として、私がどうして何度も時間逆行をしているのか、覚えているわよね?」
勇者様からのプレッシャーがカドルにかかる。
「えっと、確か始まりは前回の蒼月祭の日だよな? あの日に急にガーナーがお前を襲うようになって、でも実はガーナーだけじゃなくて皆が、世界がお前の命を狙うようになって、お前はそんな必然の結末を回避するために何度も時間逆行をしているんだよな?」
「そうよ。ちゃんと覚えていたようね。まあ、当たり前だけど」
クレアはカドルがちゃんと覚えていたことに満足し、その後の説明を引き継ぐ。
「私は時間を巻き戻すたびにできるだけ多くのことを変えるようにしていったわ。勇者として任命される国を変えたり、パーティメンバーを変えたり、今回のように本来滅ぶはずの村や街を救ったりね。けれど、前にも言ったけど、どれだけやり直しても一回も必然の結末を避けられたことはなかった」
ちなみに前回は誰にも顔をさらさない状態で魔王を討伐する縛りプレイよ。と、クレアは自嘲する。
「ただ、他にも変えられないことはいくつかあって、その一つが、私以外で魔王を倒せなかったのよ」
「それは、そういうものなんじゃないのか?」
前回の世界では生きることが第一優先で、最低限の読み書きと計算くらいしか学がなかったカドルでも、知っているおとぎ話では魔王が勇者以外に倒された話は聞いたことがない。
「お前だって前回は俺たちを置いて戦っていたじゃないか」
前回の魔王城での決戦時、クレアはラミアをカドルたちに任せて一人で魔王と戦っている。
「あれは魔王から魔核を取り出しているところを見られないためよ。魔王の魔核ってだけで欲しがるコレクターは腐るほどいるし、そうじゃなくても誰かさんみたいに悪気はなくても追ってくる手がかりにされちゃうこともあるしね」
「……あれはお前ならガーナーたちが急におかしくなった理由を知っていると思ったんだよ」
実際にはクレアこそあの日の異変に振り回されているとはカドルは思ってもいなかったのだが。
「それに勇者しか倒せないって何よ。私は変な毒でも持っているかっての!」
(……別の意味で変な毒は十分持っていると思うけど)
「何か言った?」
「いや、何も……」(危なかった……)
芝居をする必要があったとはいえ、カドルはちょっとしたことでも顔に出すとクレアに考えていることをある程度読み取られるようになっていた。
まあ、考えが読み取られないように無表情が上手くなったのも演技を磨いた成果なのだから一概にはマイナスだけではないのかもしれないが。
「つまり、別に勇者じゃなくても魔王程度、倒せる実力があれば誰でも可能ってわけ」
「魔王程度って、それがどれほど……けどさ、それだとお前がさっき言っていたお前以外魔王を倒せなかったということと矛盾しないか?」
「別に矛盾はしていないわよ。さっきのは理論的に倒せないってことはないって話だし。単純に今まで私以外でそこまでの実力に到達した人がいなかってだけだから。
んで、私の今回の試みとしては、あんたを私以外で初めてその領域まで成長してもらうわよ。
ちなみに言っておくけど、魔王が瀕死になるまで私がボコってあんたがとどめを刺すって作戦はなしよ。以前試したけど無駄だったから。
あくまであんた一人で倒してこそ意味があるんだからね」
「どういうことだ?」
「魔王を倒したことが勇者じゃないって認識を世界に意識づけるのよ。
前回みたいに顔を鎧で隠したり、一人で旅に出て人知れず魔王を倒しても必然の結末が止められなかった以上、表面的な隠蔽は効果がなかったみたいだしね。
だから今度は根本から大きく変える。魔王を倒すのをあんたにするし、それを周りに認めさせるためにあんたの主役にする。勇者をあんたの妹に設定するのも箔付けの一部よ。魔王を倒したのが誰とも知らないぽっと出の盗賊より、勇者の兄ってしたほうが納得しやすいでしょ。
んで、今まで変えられなかった運命の改変を重ねて最終的には必然の結末を変えるのよ」
ゴールすら見えない必然の結末に対して、正解かどうかわからなくてもなんでも試す。クレアが今までずっとやってきたことだった。
「話はだいたいわかった。けど、俺が魔王を倒すまで成長するって、そんなに簡単にいくものなのか?」
クレアの意見に反対するつもりはない。
もともと前回の世界でもカドルは嫌々戦っていたわけでもなければ、魔物から人を守ることに使命感を覚えていた。
しかし、いやだからこそ、カドルは盗賊という天職を得てから以降は戦うための努力を重ねた自身の実力が、前回の時点では魔王どころかその配下のラミアにすら遠く及ばなかったことを自覚している。
もちろん今は二十歳の精神のまま十歳になったので努力は早くに始められるし、旅や戦いに関する知識だってあるが、それでも上らないといけない山は険しく、そして高い。
「もちろん簡単にはいかないでしょうね。
だけど、それが何? 今回だけで上手くいかないならまた時間逆行するだけよ。あんたの一生を何回、何十回、何百回、何千回犠牲にしたとしてもね」
クレアの赤い瞳から狂気にも近い覚悟が光を放つ。
そういう目をした人物の行動を止められないことは嫌というほど知っている。
ただ幸いなのはそれがカドルの信念とは反していないことだった。
「最終的な目標は、必然の結末を変えること。当面の目標は、あんたが魔王を倒すこと。
んで、これからやることとしては、あんたをこの村で鍛えることよ」
「この村でか? どっかのギルドに行って、雇ってもらったほうがいいんじゃ」
村にいることに不満があるわけじゃない。家があるという点でも安全面では信頼できるだろう。
だが、もともとが寂れた村であり、魔物も出ないため、できることは限られている。
それなら街へ、せめて魔物の討伐と魔核の収集を請け負っている冒険者ギルドに行った方がいいというのは当然の考えだ。
「まあ、私も本当はそうするつもりだったんだけど……隣の子、トゥリエって言ったわよね」
「? ああ」
突然話がトゥリエのことになり、カドルは困惑しつつも肯定する。
「猪の厄災の翌日、あの子が来たわ。あんたは覚えていないだろうけど、その日はあんたの手をずっと握っていたのよ」
クレアのもったいぶった言い回しをカドルはいぶかしく思う。
トゥリエに心配かけていたのはわかっていたが、なぜ今その話になるのかカドルにはわからない。
ただ、何か言うことを悩んでいることはわかった。
「……あんたの手を握るあの子の体から魔力が漏れていたわ」
「!」
「魔力が暴走する可能性もあったから、回復魔法を教えてあげたのよ。失敗しても魔力を発散させることができるからね。
けれど、彼女は成功させた。それも中級の魔法を」
「まさか!?」
「あの子の天職は、いや、神職は僧侶よ。それも相当な才能を持ったね」




