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村長と水たまり

 眉間に皺を寄せるディアンマ村長であったが、これは二人にとっても予想通りであり、カドルはクレアに言われたことを思い出す。


『たとえ猪の予言を当てた実績があったところで、一回嘘をついたあんたが何かを信じてもらえる可能性はないわ。だから、最後はあんたの本音を、あんたの言葉を言いなさい』


 なぜクレアがそんなことを言ったのかはカドルにはわからない。だが、おかげで腹をくくることができた。

 ここから先の台本はない。カドルは一呼吸を入れた後、渇いた口を湿らせ、言葉を紡ぐ。


「スティーブさんが亡くなってしまったのは僕の責任です。

 僕が嘘をついたから、僕の嘘でスティーブさんを殺してしまったんです。

 許されるとは思っていません……でも、僕は……俺は、どうやってあの二人に謝ったら……!」


 座っているカドルのズボンに水滴がシミをつくる。

 カドルはそれに気づくと自身の中で溢れ出ている感情を押し殺すように手を強く握る。

 鎮魂式で泣き崩れる二人の親子を見ておきながら、その原因を作ってしまった自分が、それだけのミスを犯してしまった自分が泣くのは卑怯だと思った。


(俺には泣く資格なんてないのに……)


 カドルが心を押し殺すまで数分かかった。

 その間、誰もしゃべることなく、一日中泣き続けていた空が最後の雨を振り絞ったように少しづつ静寂を取り戻していく。


 やがて、カドルの体の震えが止まったころを見計らい、ディアンマ村長は口を開いた。


「……茶猪(グランド・ボア)の残党が村に襲来するということはあると思うかね?」


「確実なことはわかりません。けど、おそらくはもう出ないと思います」


 やり直す前のときでも十体より多く茶猪がいたという話は聞いたことはなく、またランディア村を滅ぼした後、茶猪の集団が忽然と姿を消したことをカドルは知っており、後続の憂いはないと考えていた。


 ディアンマ村長はカドルの返事を聞くと、大きく息を吐き出す。

 その顔からようやく皺がとれていた。


「……わしは、最低の村長じゃ。あの日、村人であるはずの君の言葉を……いや、『君を』信じられなかった。

 その結果、わしは大事な村の民を失った。君の罪の半分はわしの罪じゃ。だからこそわしが君を勝手に許すわけにはいかぬし、贖罪の方法も教えることができない。

 ただ、今度こそわしは『君を』信じようと思う。ひとまず今夜、ここで話してくれたことについてはわしのほうで預かろう」


 ディアンマ村長は手を短く二回たたく。

 すると扉の向こうから給仕が現れ、焼き菓子を二人の席の前に置く。

 それに紛れて村長の家の周りにいた人の気配がなくなったが、カドルもクレアもあえてそれを追求することはなかった。


「今日は朝から疲れただろう。それを食べたら家に帰って、しっかり休みなさい」


 こうして村長からの事情聴取が終わった二人は解放され、帰路につく。

 雨こそやんでいたものの、厚い雲が空を覆い、月はその姿を見せようとしない。

 歩く二人はそれぞれフード付きの雨外套を着ており、さらに朝から長く続いた雨でできた水たまりの間をぬいながら進む必要があるため、カドルが前、クレアが後ろという隊列をとっていた。


「あ~、つっかれたわ~」


 芝居から開放されたクレアは、大きく伸びをする。

 カドルは位置関係上、その顔は見れなかったが、先ほどまで貼りつけていた笑顔は崩れているであろうことぐらいは予測できていた。


「……悪かったな」


「本当よ。あんたが最初からうまく立ち回っておけばこんな面倒なことには……」


「そのことじゃなくて、いや、そのこともなんだけど……前にお前の時間遡行の魔法について聞いたこと……軽々しく聞くようなことじゃなかった」


 カドルは猪の厄災の日の翌日、クレアを怒らせてしまったことを思い出していた。

 その日は結局クレアを怒らせた理由がわからず、また仕事から帰ってからクレアは今日のための設定作りに取り組んでいたため、カドルは今日まで謝ることができないままだった。


「俺はこの村のことしか知らないけど、実際にはこの村だけじゃなくて多くの村や街が今も魔物の被害にあってるんだよな。

 何度もやり直したお前はその内のいくつかを知っていて、きっとこの村に来なければ救えるはずの命もあって、だけど今回のお前はそれを見捨てる決断をしてこの村に来た」


 クレアの決断を責める人はいないし、そもそも責められる人もない。

 そのため、見捨たことに対することは罰せられることもなく、決断をしたクレアのみが救わなかった人への咎をやり直すたびに背負っていくことになる。

 そのことをカドルは今日の鎮魂式で泣き崩れるシャーレとサフィールの姿を見て初めて気づかされたのであった。


「それなのに、俺、自分のことしか考えてなくて……その、ごめん」


 後方の靴が水たまりを踏む音が止まり、つられてカドルは足を止める。

 カドルは振り返ることなく、クレアの言葉を待った。


「ばーか。下らないことで謝っているんじゃないわよ」


 クレアは一気に加速し、カドルを追い抜く。

 その後、クレアは反転すると、意地悪そうにニッコリ笑った。


「けど謝ってくれるなら受け取るわ。

 ただし、誠意を見せたいなら言葉だけじゃ軽すぎるわよね?」


「……お金はないんだけど」


「あんたが稼ぐ程度の金額なんて今さら欲しくないわよ」


「うぐっ……じゃ、じゃあなんだよ」


「あんたの人生よ」


 クレアがピンと伸ばした指がカドルをロックオンする。

 一見すると、勘違いしそうなセリフではあるが、クレアがそういう意味では言っていないことをカドルは知っていた。


「あれ、本気だったのかよ」


「当たり前でしょ。そのために私はわざわざここに来たんだから」


 カドルが目覚めてからの間、畑仕事や設定合わせや芝居の練習でゆっくり話す機会はなかったものの、カドルは一つだけクレアに聞いていたことがある。

 それはなぜクレアがやり直し直後にカドルの住んでいる村にまで来たのかということ。

 自身が必然の結末ディスティニー・エンドの影響は受けない特異点であることは聞いたものの、それはこの村に来る理由にはならない。

 ではなぜ、と聞いたカドルにクレアは端的にその理由を言った。


「あんたには主人公(ヒーロー)になってもらうわよ。勇者の(私という)妹を持ち、魔王を倒したっていう主人公(ヒーロー)にね」

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