後悔と後悔
白い空間の中でカドルは茶猪王と向かい合っていた。
お互いボロボロであるが、すでに勝負はついており、やがて茶猪王はぐらりと倒れる。
「ブモオ……」
最後の断末魔を上げた後、茶猪王の体は崩れていき、風に還った。
「はあ、はあ……やった。やったんだ! これで村は、皆は……守れ」
「何が守れたって?」
割り込むように入った聞き覚えのない声にカドルは振り返る。
振り返った先にはカドルの見覚えがない男がにやにやしながら立っていた。
「お前は……?」
驚きながらもすぐに警戒態勢に入るが、男はそんなカドルの言動を意に返すわけでもなく、ひたすらにやにやするため、嫌悪感が増していく。
「君の言う皆に彼は入っていないのかな?」
男が言うと、どこから現れたのか何もなかったはずの空間に血まみれの姿になった男性が現れる。
男性は膝から崩れ落ちており、その顔は下を向いていたが、カドルはすぐにその正体がわかった。
「スティーブさん……?」
人形のように力が抜け、着ている鎧からはこぶし大の穴と凹みが無数にできており、そこから流れ出ている血が目の前の人物が死んでいることを決定づける。
「どうして?」
「……君のせいさ」
「えっ……?」
「君が彼を見捨てたからこうなったのさ」
「ち、違う……俺は、見捨ててなんか……」
「本当にそうかい?」
嫌味な言葉はそれが挑発しているだけだとわかっていてもカドルを縛る後悔が男の言葉を聞き流すことを封じる。
「護衛団をあの日だけなら村に引き止める方法はあった」
「……そんなはずはない。嘘を言っても、本当のことを言っても説得はできなかった。
それなのに他に方法なんてあるわけ」
「言葉で説得する必要なんてないよ。行動で移せばいい。簡単なことさ。
君が村に問題を起こせば良かったんだよ。例えば村長の家でボヤ騒ぎでも起こせば護衛団の出発を遅らせざるを得ないよね? まあ成功しても失敗しても君は村に居場所はなくなる可能性は高いけど」
「そんなことできるわけ……」
男が言っていることは極論だ。
言っている通りにしたところで出発が遅れるかわからないし、起こした問題で誰かが傷つけば本末転倒だ。
そう思っているはずなのに、口からは言葉が出ない。
「真面目ぶったところで、それ自体では誰一人救えないってことは君が一番わかっているんだろ? だからあのときに嘘をついたんだろ? そしてそれが失敗した時点で君の取れる手は僕が言ったこの方法しかなかったはずだ。君が本当に誰一人見捨てることなく救いたいんだったらね。
だけど君はできなかった。いや、やらなかった。この方法だと村にいられなくなるから」
(……違う、俺は)
「結局、君は最後の最後で村全体の安全より自分を優先したんだよ」
(俺は……!)
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「……ごちそうさま」
カドルが目覚めた翌日、猪の厄災から四日後。
朝食を終えたカドルは仕事に行くための準備をしていた。
だいぶ体は回復したとはいえ、まだ節々は痛いのだが、それでもゆっくりしていられるほどカドルの家に余裕があるわけではない。
それに今は無理やりにでも体を動かしているほうが余計なことを考えなくて済む分、カドルとしてはむしろ働いていたかった。
「ふわぁ」
やがて寝ぼけ眼をこすりながらクレアが食卓のある間にやってくる。
その姿はこの村に来たばかりの表皮を覆うだけの服もどきではなく、Tシャツにショートパンツというラフではあるが、最低限のちゃんとした恰好。
もちろんこの衣装はカドルの家にあったわけでもなければ買ったわけでもなく、トゥリエの家からもらったものだ。
(それにしてもクレアが妹か……何か変な感じだな)
ランディア村にいる間、トゥリエをはじめとした村の人たちにはクレアはカドルの生き別れの双子の妹であるということで説明を通すことにしていた。突如湧いて出てきた妹にカドルと付き合いのある人の多くはそれが嘘だと薄々とはわかっているものの、特に言及をすることはなかった。だがそれは意外にも厄介事に首を突っ込まないというマイナスからではなく、むしろ期待のプラスの側面のほうが強い。
というのもランディア村の住人はカドルも含めそのほとんどが農民で、かつ街から離れた地方ということもあり、外部からの住人がほとんど入ってこないからだ。そのため、村の人たちにとってクレアの来訪は新しい住人が増えるということで喜ばしい出来事であるからだ。
ただし、クレアは当然ランディア村に住み着くつもりはないということを除いてだが。
「あっ、クレア。俺はもう仕事に行くから後は頼んだ。朝食もあるけど魔核はないから温めなおすのは……」
「知っているわよ。あんたが寝ている間、誰がこの家を使っていたと思っているのよ」
「ははっ、そうだったな」
クレアが朝食を取り始めたころにカドルが仕事の支度をし終える。
先の戦いで魔核の欠片をちょうど使いきっていたため、部屋を照らす明かりは外から入ってくる自然光しかなく、それだけではやはり部屋は暗い。
「……なあ、クレア。お前が使った十年前に戻る魔法って、そう簡単に使えるものじゃないよな?」
家を出る直前、カドルは一縷の望みを持ってクレアに尋ねる。
「当たり前でしょ。あれは蒼月の日に、私が魔王の魔核を使って初めて成立する魔法よ。そんな誰でもかれでも使える魔法のわけないでしょ。っていうか、私以外無理よ。
それと勘違いしているようだけど『十年前に戻る』魔法じゃなくて、『十歳の頃』に戻る魔法だからね」
予想はしていた通りの答えにカドルの希望は打ち砕かれる。
魔法の発動に必要なものはもちろん、クレア自身が自分しか使えないと言い切った以上、もともと魔法の才能がないカドルにとっては到底無理だろう。
「なんでそんなことを急に……あんたって本当馬鹿ね」
カドルの意図が察したクレアは呆れた表情を見せる。
「もし俺があの日ちゃんと説得できていれば……いや、説得できなかったとしても、俺が村で問題を起こせばあの日だけでも村の護衛団も出発も遅らせられた。そうすればスティーブさんが亡くなるなんて……」
「ばっかじゃないの!」
止まらないカドルの後悔を、呆れを通り越して侮蔑の顔とともにカドルの言葉をぶった切り、距離を詰めてその胸倉を掴む。
「いい? 人間、良い事だろうと、悪いことだろうと、行動を起こすときは自分のため、自分の利益のためにしか行動を起こしちゃいけないのよ。
時間を戻せれば全てうまくいく。誰一人傷つけず、誰一人見捨てない道を選べるなんて傲慢な考えが許されるはずないじゃない!
だから私は選んだのよ。誰に非難されようと、誰にもわかってもらえなくても私は、私が望むたった一つの理想の結末を……」
「……クレア?」
これほどにまで感情が昂り、取り乱したクレアをカドルはやり直し前でも見たことがなく、カドルは何と声をかければいいかわからない。
クレアも自身の状態に気づくと、はっとしたように我に返り、手を放してカドルから背を向ける。
「仕事があるんでしょ。さっさと行きなさいよ。この無能」
いったいクレアに何があり、こうなったのかカドルにはわからない。
ただ、カドルが言ったことでクレアが傷つけたのは間違いなく、カドルは自分の状況しか考えていないことを恥じた。
本来なら家に残ってちゃんと謝るべきかもしれないが、何もわからない状況でそれをしたところで自己満足にしかならないことをわかっていたカドルは仕事に行くことに決める。
「クレア、ごめんな……それと、行ってきます」
「うっさい……いってらっしゃい」




