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第三の罠と茶猪王

「ブモォ」


 暗闇の中から茶猪王(ボア・キング)がその巨体を揺らしながらカドルにゆっくり近づいていく。

 その足は丸太よりも太く、その体は熊よりも大きく、その牙は剣よりも鋭い。


「!」


 カドル背中の固い感触に振り替えると岩壁があった。

 どうやらカドルの中の第六感が警鐘を鳴らし、無意識のうちに後退させていたのだった。


(なんだ、あれは……?)


 だが、恐怖の中だからこそ茶猪王の様子を深く観察するカドルは違和感に気づく。

 違和感の元となっているのは茶猪王の額に埋め込まれている魔核(コア)の色。

 一般的な魔核の色として知られているのは赤、黄、緑、青、そして白色の五つにも関わらず、茶猪王の額には黒曜石のように光沢をまとった黒色が地上の月とでもいうかのように煌々と輝いていた。


(黒色の魔核なんて存在するのか?)


 見た覚えのない色に輝く魔核にカドルは困惑する。

 だが、実際には黒色に光る魔核をやり直す直前で何度か見ていたはずなのだが、当時はそれを認識する余裕がなかったのだろう。


 魔物の魔核の色は、その魔物がどの属性のスキルを扱うのかということを示す指標でもあった。

 赤なら火、青なら水、緑なら風、黄なら土(白の場合は、属性は無い)。

 魔物と戦うときは例え初見であっても魔核の色を見ることでそれぞれの属性を知り、対処ができるのだが、黒という見たことのない色ではそれをすることもできない。


『神職の中でも盗賊(あたしら)技能(スキル)も能力も戦闘向きじゃねえからな、死にたくなければ相手の手の内を知らねえ状況なら戦わず、逃げろ』


 カドルはやり直す前に師事していた盗賊(師匠)の記憶を思い返す。

 彼女はカドルにとって尊敬できるとはとてもじゃないが言えない人物ではあったが、それでも彼女から教わったことは多く、その中でも珠玉の教えの一つとして覚えていた言葉であるが、今のカドルがそれを守る状況でもなければその気もない。


(やっぱり、あの日襲ってきたのは個体(こいつ)だ!)


 目の前の宿敵に対する怒りは、恐怖心を飲み込み、残り一本となった短剣を構え、戦闘態勢へと移させる。


「ブモオオオ!」


 茶猪王もカドルの姿を確認した瞬間、その巨体を揺らし地面を凹ましながら突撃する。

 真正面から受け止められないと察し、避けようと動きかけたカドルの脳裏に一つの心配ごとが浮かぶ。


(茶猪王(こいつ)がここにいるということは、残りの茶猪共(やつら)は? ……まさか!?)


 最後尾にいたはずの残り三体の茶猪(グランド・ボア)の姿が見えず、最悪のケースが頭によぎる。残った茶猪が故郷であるランディア村に向かっているとカドルが結論を出すには過去の記憶からを鑑みれば悲観的ではないだろう。

 だからといって、目の前の茶猪王を見過ごすわけにも引き連れて合流させるわけにもいかないと判断したカドルは一つの決断を下す。


(三つ目(最後)の罠を起動するしかない……)


 カドルが三つ目の罠として用意していたのは背にした崖の上に設置した岩や石。

 岩々は崖の端に置いてあり、茶猪や茶猪王が勢いよく岩崖にぶつかれば岩雪崩が発生するように設計したものだ。

 一方でこの第三の罠を起動するためには、猛スピードで突っ込んでくる巨体をすれすれまで引き付ける必要があるため、安全性を考えればできるだけ使用を避けたいカドルであったが、現状一番早く茶猪王を倒し、茶猪を追うには取れる選択肢は他になかった。


(今だっ!)


 茶猪王が目前にまで来た瞬間、体のバネを解放し、横へと飛ぶ。


「くっ!」


 茶猪王の牙がギリギリで足にかすったものの、なんとか避けることには成功し、勢いそのままに茶猪王は岩壁に衝突する。


 岩壁に伝わる振動によって用意されていた岩々は狙い通りに茶猪王へと降り注ぐ。


「壁にぶつける程度じゃお前を殺せないことは知っているさ……けどな、その岩の量は避けきれないだろ」


 最悪、魔核は外しても身動きがとれなくなればと踏んでいたカドルだったが、土塊の外装(グランド・アーマー)を発動していない状態ならそのまま岩雪崩で押しつぶせると期待しつつ、茶猪王の直前にまで迫った岩を見ていた。


 だが、カドルは考えるべきだったのだ。なぜ目の前の宿敵が茶猪王が使えるはずの技能である土塊の外装を発動していないのかを。そして、茶猪王の額に輝く黒色の魔核の理由を。


「……なんだと?」


 最初に落ちてきた岩々が茶猪王に当たる直前、移動する向きを変え、上へと昇っていく。

 昇る岩と落ちる岩でお互いにぶつかり合った結果、岩の軌道が次々と逸れ、茶猪王とは関係ない場所へと落ちていく。

 急激に方向を変える岩にカドルは当初、風を操っているのではないかと思ったが、岩をも動かすような風の流れは感じられず、またやり直し前の経験からも茶猪はもちろん、茶猪王でさえも風を操るような個体の存在は見たことも聞いたこともなかった。


「! ……ぐっ」


 ぶつかった岩のうちの一つがカドルのいる方向へと落ちてくる。

 岩を再度飛んで避けたカドルであったが、着地した瞬間、削られたほうの足に激痛が走り、顔を歪めた。


「ブモオ!」


 その隙を狙わんとばかりに茶猪王が壁際から離れ、再度カドルに向かって突進をしてくる。


「くそっ!」


 今の状態では、避けられる可能性が低いと判断したカドルは、折れた方の短剣を茶猪王に向かって投げた。

 投げた短剣の柄に魔核の欠片が釣り糸によってくくりつけられており、すでに魔力の過剰供給を終えていたそれは白く発光し、爆発寸前の状態にしてある。


(いけるっ……!)


 投げられた短剣は一直線に茶猪王の顔を目がけて飛んでいく。

 くくりつけた魔核の欠片が爆発すれば自身も爆発に巻き込まれるとわかっていたカドルは、防御の姿勢をとった。


 しかし、短剣は茶猪王に当たる寸前、岩雪崩たちに起こったのと同じように軌道を上に変え、空中を昇っている途中で魔核の欠片が爆発を起こす。

 空中で発生した爆風はカドルはもちろん、茶猪王に届くことなく霧散していく。

 だが、今のカドルはその様子を悠長に見ている余裕はなかった。


「ブモオオオ!!」


(しまっ……)


 とうとう障害物がなくなり、止めることができなかったカドルは茶猪王の突進をまともに受けきれるはずもなく、小さい子供の体はあっさりと吹っ飛ばされ、月明りの届かない雑木林の中を数メートル進んだ後、木の幹に背中からたたきつけられる。

 木にぶつかったカドルの体から力は抜け落ち、糸が切れた操り人形のように四肢を投げ出してその場に座り込むのであった。

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